ビジネスの場で実際に生成AIを導入している会社へのインタビューをお届けします ※写真はイメージです(写真:zak/PIXTA)

昨今話題となっている生成AI。われわれの生活や仕事を大きく変える可能性を持っているとされていますが、実際に仕事に活かし始めている人はまだまだ少ないのでは。生成AIを活用するためには、どんな考え方や取り組みが必要なのでしょうか?

日本最大のAI専門メディア「AINOW」の編集長・小澤健祐さんの著書『生成AI導入の教科書』より一部抜粋・再構成してお届け。

「ChatGPTなどの生成AIが、企業をどう変えるのか」について綴った1記事目、「生成AIを『使える会社』』全然使えない会社』の差」について綴った2記事目につづき、今回は実際に生成AI活用を推進している企業(ディップ株式会社)へのインタビューをお届けします。

250名のアンバサダーで生成AI活用を推進

お話をうかがった方
ディップ株式会社 CIO 鈴木孝知さん

――日本最大級の求人情報サイト「バイトル」などを運営されているディップでは、生成AIをどのように活用されているか、まずはその取り組みを教えてください。

鈴木:ディップでは、「現場主導」「スピード」「全社横断」をコンセプトにした組織「dip AI Force」を立ち上げ、全社で生成AI活用を進めており、直近では約60%以上の従業員が生成AIを利用しています。目指すのは“考えること”を徹底的にAIへ委ね、従業員が頭を悩ませる時間を大幅に削減することです。活用に向けた取り組みとしては、大きく分けて以下の3つがあります。

ひとつめは、AIを活用した事業推進です。「バイトル」のような求人情報サイトは、生成AIの登場により「大量の求人情報から検索する・選ぶ」時代から「対話しながら最適な仕事に出会える」時代に変化していくと考えています。対話によって一人ひとりの潜在的ニーズを把握し、最適なマッチングを実現できるような事業展開を目指し、東京大学松尾豊研究室の成果活用型企業である株式会社松尾研究所と連携した共同研究を実施しています。

ふたつめは、全従業員が生成AIを活用できるような環境作り。多機能ドキュメントツール「Notion」のデータベース機能を活用した当社独自のAIポータルページを作成し、200以上のChatGPTのプロンプト(※)データベースを公開し、テンプレートを活用できる環境を構築しています。

GPT‐4に対応したSlack‐botも立ち上げ、全社員がオープンなスペースで生成AIを活用できるよう促進を図っています。現場の社員が目的にあったプロンプトを検索し、すぐに使える環境を構築することで、生成AIの活用率は一時、8割を超える結果になりました。

(※プロンプト:システムの操作時に入力や処理などを促す文字列のこと)

生成AI導入のステップ

最後は、部署ごとの生成AI活用の推進です。社内FAQのAI化、コード生成/コードレビューの自動化、議事録作成の自動化など、部署特有の業務に適応した開発が必要なケースが増えてきています。そのような特定の業務に関する6つのプロジェクトが進行しており、それぞれで利便性の高いシステムの開発を進めています。

――生成AIの導入は、どのようなステップで進めましたか?

鈴木:真っ先に取り組んだのは、ChatGPTなどの生成AIツールを活用する費用を補助する仕組みの整備です。全従業員が生成AIツールの利用費用を経費精算できる制度を整えることで、まずはトライできる環境は作れたと思います。そのなかで、「dip AI Force」の組織作りを同時並行で進めながら、ガイドラインの策定やプロンプトデータベースの整備などに取り組みました。

なによりも取り組みを始めることが重要で、使ってもらうことで多くの従業員に生成AIの可能性を実感してもらい、社内の活用推進もスムーズに行えたと感じています。

――組織作りの面で工夫したことはありますか?

鈴木:「dip AI Force」を迅速に設置し、役員がコミットすることはもちろん、全国の組織から生成AIの推進に興味があるメンバーが集まり、各部署の課題感や現状を共有できる仕組みにした点です。

また、ディップでは新しい取り組みを行う場合、全社のあらゆる部署にアンバサダーを設置して推進する文化があります。生成AI活用においては、当社史上最大の約250名のアンバサダーを全国に配置し、各部署の生成AI活用を推進したり、現場の質問に答えたりする役割を担っています。

――生成AI活用では現場との乖離が生まれてしまい、結局活用が進まないという話もよく聞きますが、その点はどうでしたか。

鈴木:ディップでは、社員各自が生成AIのプロンプトを作っているので、それらを収集し、そのなかから社内有識者の審査を経た200種類以上の「使える」プロンプトを、プロンプトデータベースで社内に公開しています。

大切なのは、公開するだけでなく、実際にそれを業務に活用してもらうこと。当初、プロンプトデータベースは、部署ごとにプロンプトがリストアップされていました。しかし、実際の業務現場の声をしっかりと取り入れるために、徹底的なヒアリングを行ったところ、例えば電話でのアポイントメント取得など、具体的な業務フローに合わせてプロンプトを分類するという要望が多く寄せられました。これに応え、業務フローに即した形でプロンプトを整理・再構築したんです。

また、社内では「どのようにして即座の成果を出すか」「生産性をどう向上させるか」というテーマで頻繁に議論が交わされています。特に、明日からの業務にどう取り入れるか、という即効性を重視した議論が行われていますね。

業界に先駆けた取り組み

――鈴木さんは、多くの企業のIT部門で社内システムに携わってきました。社内システムはどのように変化していくと思いますか。

鈴木:ディップでは、PCやソフトウエア、社内ネットワークなどの社内ITの管理や、セキュリティ対策・情報漏洩防止にAIを積極的に取り入れています。生成AIだけでなく、様々なAI技術を活用して、これまで人が手動で行っていたアラートの監視や対処をAIに委ねているんです。

インターネットができてからの約30年、企業は社内システム、社内ネットワークといった『壁』を作ることで、企業の情報財産や社員を守ってきました。それは一方で、社員に不自由を強いることにもなっています。私の願いは、システムやセキュリティの運用管理をAIが行うことで、社内ITを家での電話やLINE、ネットサーフィンと同じ感覚で自由に、しかも安全に利用できる時代が来ることです。

実現したい形は、AIが適切にセキュリティ対策を行い、怪しいアクセスをブロックしたり、社員が問題のある操作を行った場合に、適切な教育を自動的に提供したりすること。このようにAIが防御、活用、教育の3つの役割を果たすことで、社員は安心して、より快適に社内ITを利用できるようになると考えています。

完璧でない部分は適切な運用と教育でカバー

そして、この進化により、従来のIT部門が担っていた役割が変わってくるでしょう。私は、より質の高いITサービスを、より少ない人員で提供できるようになると感じています。これにより、データの活用やセキュリティの問題など、これまでの悩みが減少していくと思います。結論として、ディフェンス面の課題は、このようなAIの活用によって、次第に解消されていくと私は前向きにとらえています。


――生成AI活用においては、特に情報漏洩などのリスクが危険視されることも多いですが、どのように対応していますか?

鈴木:特に注意しているのは、機密情報や個人情報をAIに渡さないこと、そしてAIが出力する情報をそのまま信じず、適切な判断を下すことです。実際に、ChatGPTの回答をそのままプレゼンテーション資料に取り入れる人が生まれてしまう可能性は完全に否定できませんが、それは決して推奨される方法ではありません。

AIは必ずしも100%正確な答えを出すわけではないので、その点を理解し、適切に活用する必要があります。だからこそ、まずはガイドラインの整備に真っ先に取り組み、全社に向けて公開しました。また、社内向けの勉強会を複数回実施し、1000名近い従業員が参加しています。これにあわせて、AIを特定の領域に特化させて教育することで、誤った情報の出力を減少させる取り組みも進めています。しかし、完璧な方法はまだ見つかっていないので、適切な運用と教育でカバーしていくことが必要だと考えています。

(小澤 健祐(おざけん) : AI専門メディア「AINOW」編集長)