中学受験の渦中にいると、矛盾に気づかない保護者も多くいるようです(写真:すとらいぷ/PIXTA)

中学受験を描いた、漫画『二月の勝者』の作者・高瀬志帆さんと『中学受験生を見守る最強メンタル!』を上梓したばかりの教育ジャーナリスト・おおたとしまささんが、中学受験生の親がもつべき「正しい狂気」について語り合った前回。後半の今回は、折れない心を親が身につける方法についてお二人に聞きました。

親の本末転倒力が爆上がり!?

おおた:前編(『中学受験生の親がもつべき「正しい"狂気"」の正体』)では『二月の勝者-絶対合格の教室-』に出てくる「狂気」という言葉の真意を答え合わせしました。「正しい狂気」を、私の本では「折れない心」とか「最強メンタル」と呼んでいます。

高瀬:ようやく答え合わせができました。

おおた:第18集でまるみちゃんの母親が見事な狂気を発揮して、その結果、第19集でまるみちゃんはまた一回りも二回りも人間として成長しました。ではなぜ、まるみちゃんの母親はここまで強靱な狂気を身につけることができたのでしょうか。

高瀬:これ、結構難しくて。やっぱり渦中にいると自分では気づけないんだと思います。だからこそおおたさんの本を読んでもらいたいと言いたいところです。客観性をもってもらいたいので。

おおた:「ひとのふり見て我がふり直せ」ということですね。『二月の勝者』もその意図で描かれていると思います。

高瀬:今回のおおたさんの本ですごいなと思ったのが、初っぱなの相談の見出し。「無理せずそこそこの一貫校に入って早慶くらいには行ってほしい」って文章の矛盾のインパクト。

おおた:もちろんギャップがいちばん大きいところを見出しにしているんですけど。最後の相談は「主体性を持ってほしくて、エクセルで管理してます」です。

高瀬:おおたさんならではの皮肉があちこちで利いてますよね。

おおた:この本を書いていて、「本末転倒力」という言葉を思いついて、本文でも使っています(笑)。

高瀬:でも誰かと対話でもしない限り自分ではなかなか気づけないんですよね。中学受験って後半になればなるほど対話の機会が減っていくのは構造上のバグだと思います。

ママ友の情報網も大事なんですけど、もう少しフラットな立場のひとの意見を聞ける機会があるとほんとはいいんですけどね。一方で、中学受験が終わると、冒頭の座談会のように、まるで憑き物がとれたようになるじゃないですか。

正しい狂気を宿すための第一歩

おおた:終わるとわかるんです。まずそれを知ってほしくて、中学受験終了組の座談会を第1章にもってきました。

高瀬:おおたさんの本にしても私の漫画にしても、「怖くて読めない」って言うひとがいますよね。でもそこは目を背けちゃいけない。覚悟を決めていただきたいなと思います。


高瀬志帆(たかせ・しほ)/漫画家。週刊『ビッグコミックスピリッツ』で『二月の勝者−絶対合格の教室−』を連載中(画像:高瀬志帆さん提供)

おおた:それが正しい狂気を宿すための第一歩かもしれないですね。だって、いずれ自分たちの身に起こることですからね。他人事として少しでも予行演習しておいたほうがいざというときに困らないはずです。

高瀬:つい暴走しちゃうのは誰でもあることですけれど、子どもの人生は子どものものだからという軸をどこかにもっておけば、結果はだいぶ違ってくるかなとは思います。

おおた:きっと頭では子どもの人生をコントロールしようだなんて誰も考えていないんだけれども、うまく導いてあげることが自分の責任だと、愛情ゆえに思ってしまうんですよね。

高瀬:ネットとかだと、子どもの中学受験の結果をまるで自分の手柄のように発信するひとが目立つわけですよ。だから、うちの子の成績が伸びなかったら自分のせいかなと勝手に責任を感じてしまう。

おおた:自分を客観視するために、ほかのひとたちもみんなそれぞれに苦しみを抱えていることがわかる物語や事例を知ることが大事だという話をここまでしてきたわけですが、一方で、苦しいときはしっかり苦しむことも大切だと思うんですよね。苦しんでいることを悪いことだと思わないほうがいい。

高瀬:それはありますね。

おおた:だって、まるみちゃんの母親だって、まるみちゃんが不登校になったりという経験を経て、あの狂気を身につけたわけですよね。冷静になるという意味では客観的な視点をもつのも大事だと思いますが、親としての正しい狂気を身につけるには、やっぱりしんどさと真正面から向き合うしかないんじゃないかな。

親が親であるがゆえに味わえる苦しみなんだから。だから、小6の11月とか、親にとっていちばんしんどい時期を、小手先でうまくやろうと思わないでほしい。

高瀬:そうかもしれないですね。

おおた:どうしても苦しいときは、子どもの横顔を見るといいと思います。私の本の表紙がまさに、まったくやる気のなさそうな子どもの横顔なんですけど。

高瀬:この表情を見たら「何してんの!」って思っちゃうでしょうね。

中学受験は車酔いと似ている?

おおた:でもこの子だってきっと何も考えていないわけじゃない。

高瀬:そうなんです! 不合格を前にして、膝から崩れ落ちちゃう母親と、その横でヘラヘラしている子どもの話がおおたさんの本に出てきますよね。これがすごく象徴的で。笑ってる場合じゃないときに笑っているっていうのは、相当きついってことですよね。

おおた:心理学的には反動形成って言うんですけど、つらすぎる状況では、人間って無意識に笑っちゃうようにできてるんです。そうじゃないと、心が壊れるから。この表紙にはそういうストーリーを込めています。

高瀬:すごくいい。


おおたとしまさ/教育ジャーナリスト。著作は80冊以上。近著に『中学受験生を見守る最強メンタル!』(光文社)がある(画像:おおたとしまささん提供)

おおた:車酔いと似ていると思うんです。目の前ばかり見ていると気持ち悪くなるから、ときどきあえて視線を遠くに向けてみる。

中学受験で模試の結果ばかり見ていたら、ときどき、子どもの6年後とか、10年後とか、30年後とかを考えてみる。

そのときに、親の豊かな人生経験が役に立つはずです。いろいろ傷つくこともあったけど、なんとかやってるじゃないかって。だからこの子も大丈夫だって。傷つくことは悪いことじゃないって。

高瀬:悪い意味での狂気を引き出す「内なる魔物」の正体は親自身の人生の古傷であって、それを癒やすには、結局自分をゆるすことが大切だと、おおたさんの本に書かれていますよね。

それは「しょうがないじゃない!」って開き直ることじゃなくて、「自分にもどうしようもなく弱い部分がある、だから子どもにも弱い部分が当然あるし、パートナーにもあるだろうし」と認める。

おおた:自分の弱さに寄り添う強さがあればいい。

高瀬:ついカーッとなっちゃうときって、親は子どもに怒っちゃっているように見えて、実は鏡に怒ってるんですよね。自分のコンプレックスを投影したり、自分と同じところで子どもが困っているのを見て過剰に反応したり。でも、感情的になりすぎちゃったなと思ったら素直に謝ればいい。

おおた:素直に謝ってみると、子どももすごく優しく受け止めてくれるじゃないですか。そうすると、親自身も自分をゆるしやすくなると思います。

無料塾「スターフィッシュ」はどうなる?

高瀬:まだ割と素直に話せる小学生の時期にそういう関係性をもてていると、思春期も完全な断裂にならない程度に乗り越えられるかなって思っていて。腹を割ってぶつかった経験自体は最終的には悪いものにはならないと思います。


おおた:『二月の勝者』のコミック最新刊の今川さんや原くんの親御さんは、それが入試本番という土壇場になるまでできなかった。

もうちょっと手前の11月くらいまでで現実から目を背けずにいられれば、狂気あるいは最強メンタルをもうちょっと早く身につけられたとは思いますね。

高瀬:そんな気がします。

おおた:今川さん親子も、原くん親子も、第1志望合格はもう無理なんですけど、「二月の“笑”者」になるという意味では、ギリギリセーフです。

高瀬:今日はこういう対談だから偉そうにしゃべりましたけど、そういう自分自身、もっと狂気がほしいなと日々思ってます。

おおた:私もです! 中学受験とか子育てのこととかを知り尽くしていて何事にも動じないんだろうと思われがちなんですけど、そんなわけないですよね。


高瀬:とんでもないですよね。自分で描いていて、自分にグサグサ刺さっているんで(笑)。もうブーメラン。

おおた:おんなじです! 「あのときはごめんな」って泣きながら書いていることありますもん!

高瀬:あります! あります! 

おおた:全然達観してないから……。私たち作者も痛い痛いって思いながら描いている。そこが今日最大の共感ポイントでしたね(笑)。

さて、コミックは2月5日の夕方まで来ていますが一方で、黒木が主宰する無料塾の「スターフィッシュ」の動向も気になります。

高瀬:それもこのあとしっかり描きますから、楽しみにしていてください。

(高瀬 志帆 : 漫画家)
(おおたとしまさ : 育児・教育ジャーナリスト)