「ジャパン・レール・パス」のようにJR各社の垣根を越えて特急・新幹線に乗れるフリーきっぷがあれば……(写真:w-ken0510/PIXTA)

JRグループは訪日外国人向けに販売している「ジャパン・レール・パス」を2023年10月1日購入分から値上げした。日数により発売額は変わるが、最廉価版の普通車用7日間有効のパスが改定前2万9650円であったものが改定後は5万円となった。約1.7倍である。

価格の改定だけでなく内容も変更があった。これまでは東海道・山陽新幹線の「のぞみ」、山陽・九州新幹線の「みずほ」には乗車できなかったが、「のぞみ・みずほ利用券」を購入すれば乗車可能となった。

値上げだが利便性も向上

日本政府観光局の統計によれば、2023年8月の訪日客数(推計値)は215万6900人で、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年同月に比べて85.6%の水準にまで回復した。今回の値上げは、コロナ規制緩和後の海外客需要を見込んで適正な値上げをしつつ、利便性も向上させたという点でバランスが取れた改定と思う。

約1.7倍もの値上げとはいいつつ、日本人の感覚からすると、JR全線7日間有効の普通車パスが5万円というのは安価のように思う。私もよく利用する「大人の休日倶楽部パス」は、海外からの客であれば買えて通年利用可のジャパン・レール・パスと異なり、50歳以上の会員でしか購入できず、有効期間も極めて限られている。

そのため、海外からの観光客を必要以上に優遇して日本人にとって不公平ではないか、という声も聞かれる。

もともとジャパン・レール・パスが相当に廉価であったので、値上げしたといってもまだ条件的に優遇されており、かつ、円安下のドル換算では割高感もない。正規の運賃や料金を支払って日頃日本の鉄道に乗っている者からすれば、むしろ観光客から多くとれと言いたくなるということもあるだろう。

鉄道利用での不公平禁止は、鉄道事業法第16条第9項第1号で規定されている。

「国土交通大臣は……(中略)……次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該鉄道運送事業者に対し、期限を定めてその旅客運賃等又は旅客の料金を変更すべきことを命ずることができる。

一 特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものであるとき。」

これは運賃や料金で特定の旅客に対して不当な差別的取り扱いをすることを禁ずるというものである。

不当な訪日客優遇なのか

著名な北総鉄道の運賃変更命令申立事件の東京地裁判決でも原告が主張の根拠の1つに使っている(当時は第16条第5項第1号)。同判決では「特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするもの」という趣旨は「当該旅客運賃が合理的かつ正当な理由なく、特定の旅客を個別的に優遇又は冷遇するもの、たとえば、鉄道事業者が旅客の信条や宗教等によって異なる旅客運賃を適用する場合を指すものと解するのが相当」と判断されている。

日本在住の日本人は廉価なジャパン・レール・パスを使えないから、海外からの客を優遇して日本人を不当に差別している、という主張もわからなくはない。が、個々の日本人を差別しているわけではなく、むしろ正規運賃を前提にして海外からの客一般に割安なパスを用意しているに過ぎない。

日本国内のフリーきっぷのようなお得なきっぷでも、発売箇所その他発売要件を用意しているものもあるから、ジャパン・レール・パスが不当に日本人の個々の乗客を差別しているとはさすがにいえないだろう。

一方で、海外からの客の立場で考えてみると、ジャパン・レール・パスを使う海外旅行者にとっては、JRやごく一部の第三セクター鉄道のみしか使えないというのは時にわかりづらいのではないか、と心配する。

たとえば、JRから特急「スーパーはくと」が乗り入れる智頭急行では使えないとか、同じように特急「南紀」が乗り入れる伊勢鉄道では使えないなどというのは、海外旅行者にとっては「Why?」となるのではないか。海外からの旅行者も多い富士山に行こうとして大月から富士急行に乗り換えれば富士急行の区間は別運賃になる。

難解な日本の鉄道事情

日本の方針として海外旅行者を大いに招き入れるのなら、ジャパン・レール・パスの利用範囲をJRの優等列車が乗り入れる路線にも拡大するとか、海外からの客の利用が多い鉄道も含めるとか(もしくはジャパン・レール・パス購入の際にその鉄道のきっぷも買えるようにするとか)、客の流れに沿った内容に拡充していくべきだろう。

近い将来か遠い将来かわからないが、ジャパン・レール・パスが電子化されるようなことがあれば、JRからほかの鉄道に連続して乗車した際に自動的にその鉄道の運賃や料金を徴収するシステムも可能になり、鉄道事業者にも利用者にも軽い負担でより便利になるだろう。

ただ、ジャパン・レール・パスの料金等の変更の話題をみて思うのは、ジャパン・レール・パスが安いか高いかとか、訪日客優遇だ、という話だけで終わるのはもったいないということである。

全国のJRを網羅するジャパン・レール・パスの利便性を向上させるなら、日本人旅行者が全国の鉄道旅を楽しめるようなきっぷづくりにも取り組んでほしいと思う。

私自身、お得なきっぷには過去何十年も世話になり思い出作りを手伝ってもらった。

今は存在しないが全国あちこちを出発駅にできる周遊券で長期旅行したこともあったし、青春18きっぷで西を目指し、舞鶴からフェリーで小樽に入り、北海道内をぐるぐる回って帰るということをしたこともあった。

18きっぷが使いにくくなった…

当時の周遊券はフリー区間に行くまで急行列車の自由席を利用することができて重宝したが、いまは周遊券も定期急行列車もなくなった。一方、春・夏・冬に販売する青春18きっぷは存続しているが、夜行の普通列車がなくなって効率的に移動できなくなったうえに、幹線ですら新幹線の代わりに第三セクター化されたため利用する動機が起きにくい。

いまでは新幹線や特急列車、かつての国鉄・JRの大幹線の中にモザイク模様に存在する第三セクター鉄道、JRからの特急列車が直通する短絡線をも利用できるフリーきっぷでないとなかなか利用しづらくなっているために、先に挙げた「大人の休日倶楽部パス」を重宝している。

惜しむらくは、これがJR東日本やJR北海道だけしか対象にしていないという点である。

青春18きっぷをJR旅客会社で販売してきたのだからJR東海、JR西日本、JR四国、JR九州も加わって全国規模のフリーきっぷを作ることが無理ということもないだろう。

青春18きっぷで利用できる全国のJRの路線が減少して、特急列車の自由席を利用できる特例の区間や、オプション券などまで用意されるようになったが、それならば現代に即して特急や新幹線、JRから経営分離されたものを中心に第三セクター鉄道にも乗車できる”新装青春18きっぷ”の発売を考えてもよいのではないか。

発売期間・有効期間が限定的でも発売されれば、廉価なジャパン・レール・パスへ不満を持つ人の溜飲も下げられる。「大人の休日倶楽部パス」のように閑散期に発売すれば需要の喚起や平準化にも役立つ。

全国鉄道旅ができるきっぷを

50代の私が少年時代、青年時代に存在した全国規模のフリーきっぷは、私があちこち旅に出るきっかけを作ってくれた。現代の鉄道事情に即した形で再登場することになれば、今の少年、青年たちも、当時の私たちと同じように全国を旅しやすくなるだろう。

今の青春18きっぷ料金の1万2050円では収まらない料金にはなってしまうが、オプション券を購入したり、第三セクター鉄道の運賃を払ったりを繰り返すくらいなら、値上げをしても釣り合いは取れる。

国鉄改革法が国鉄をJR各社に分割したのは「主要都市を連絡する中距離の幹線輸送並びに大都市圏及び地方主要都市圏における輸送その他の地域輸送の分野において果たすべき役割にかんがみ、その役割を担うにふさわしい適正な経営規模の下において旅客輸送需要の動向に的確に対応した効率的な輸送が提供されるよう」にするためとしていた(日本国有鉄道改革法第6条第1項)。

適正な経営規模、効率的な輸送の要請と、全国規模の旅行者向けのフリーきっぷは矛盾しない。JRはもちろんいわゆる並行在来線として分離された第三セクター鉄道の列車はそれぞれの結節点で有機的につながっているのだから、利用者の流れを分断することなく、同じように有機的につながるようなきっぷの登場を期待したい。


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(小島 好己 : 翠光法律事務所弁護士)