中国で最も裕福な人物となり、チャイニーズドリームを体現した恒大集団の許家印会長。他方、その傲慢で見えっ張りな態度は近しい関係者によく知られていた(写真:ロイター/アフロ)

2年間の累積損失は約16兆円。中国の不動産バブルが崩壊の瀬戸際にある中、深刻な経営危機に陥っているのが不動産大手の恒大集団(エバーグランデ)だ。9月28日夜、創業者の許家印会長が、違法行為の疑いで中国当局の「強制措置」の対象となったことが発表され、世界中に衝撃が走った。

河南省の貧村出身の許家印は、どのように「恒大帝国」を築き上げ、中国一の富豪にのし上がったのか。そして、その金満経営はどこで破滅へと向かい始めたのか。中国の調査報道メディア「財新」が不動産王の知られざる生涯を明かす。


2023年7月4日、許家印は恒大サッカークラブの経営会議を開き、「今年はランクをキープ、来年は昇格」という目標を打ち出した。

恒大クラブは「金元サッカー(莫大な資金力で優秀なサッカー選手を集めるサッカークラブ)」の代表格であり、アジアで最も権威のある「AFCチャンピオンズリーグ」で過去2度優勝している。

しかし、不動産業界の低迷と恒大の不祥事露呈により同クラブは多くの選手を失い、現在は若手選手が中心となっている。そのため、許家印が掲げた目標はとても信じられない話に聞こえる。

高圧的な態度と傲慢な口調が特徴

この時点で、恒大の海外債務再編計画はまだ債権者との交渉段階にあった。実際、その2週間後の7月17日夜、同社は2021〜2022年度の決算報告書を同時に発表している。

2021年の危機以降、恒大の債務超過の規模は拡大し続け、過去2年間の同社の累積純損失は8120.3億元(約16兆円)に達した。恒大がサッカークラブに投資する資金はもうないはずだ。

「会長は何も変わっていないよ」。当時、恒大の社員は、許家印のメッセージについてそうコメントした。許家印の話し方は、社内外を問わず、高圧的な態度と傲慢な口調が特徴で、謙虚さや慎重さはまったく見られない。

しかし、彼が人々を驚かせるような発言をする機会はもう二度とないだろう。恒大は9月28日夜、許家印が違法行為の疑いで法律に基づき強制措置の対象となったことを発表した。ついに彼の時代が終わったのだ。

許家印は1958年に河南省周口市の農村で生まれた。20歳で大学入試に受かり武漢鋼鉄学院(現・武漢科技大学)に入学し、卒業後は河南省の舞陽鉄鋼会社に配属され10年間勤務した。

1992年、許家印は深圳の貿易会社に転職した。2年後、許家印は不動産分野への参入という会社の使命を帯びて広州へ向かった。彼が担当した最初のプロジェクトは1995年に着工した。

中央政府は1996年、不動産を新たな消費と経済成長の牽引役として育成すべきであると提案した。この年38歳だった許家印は恒大不動産を設立。そこから彼の運命の歯車が回り出した。

恒大不動産が開発した最初のプロジェクトは「金碧花園」で、着工からわずか2カ月後の1997年8月に低価格で先行販売を開始し、当時最も有名な「日光盤(即日完売物件)」となった。こうして許家印と恒大は「世間での地位」を確立したのだ。

不動産にとどまらない「野心」


中国の不動産政策に歩調を合わせ恒大は急成長した(写真は恒大集団のウェブサイトより)

彼は後に「同年用地取得、同年建設申請、同年着工、同年完成、同年完売、同年センセーション化、同年入居、同年収益化」という「8つの同年」をまとめた。すなわち、中国の不動産業界で言う「高回転」である。

恒大不動産は急成長し、2004年には中国国内の不動産企業の売上高トップ10入りを果たした。2009年11月5日、恒大は香港証券取引所に上場。許家印は479億香港ドル(当時の為替レートで約5700億円)を手にし、同年中国本土で最も裕福な人物となった。

彼の「野心」はこれだけにとどまらない。

2013年のAFCチャンピオンズリーグ決勝戦では、恒大クラブのユニフォームの胸に「恒大氷泉」の広告を入れ、許家印のミネラルウォーターブランドは瞬く間に人気を博した。その後、恒大は同じような手法を用いて「恒大乳業」と「恒大食用油」を売り出した。

恒大の多角化戦略は進化を続け、2015年にはヘルスケア事業を手がける恒大健康が上場を果たした。同年、恒大は保険業界への本格参入を発表、生命保険大手の中新大東方人寿を買収し、社名を「恒大人寿」に変更した。

2016年、恒大はインターネット金融事業に参入し、「恒大金服」が正式にスタートした。

最盛期には、恒大集団は中国恒大、恒大健康、恒騰網絡、嘉凱城、恒大淘宝、恒大文化と国内外の上場企業6社を傘下に擁し、事業範囲は住宅、商業、観光、ホテル、サッカー、音楽、ミネラルウォーター、農産物、整形外科病院などの分野にまで及んだ。

ただ、恒大集団の中核事業は依然として不動産だった。その事業規模を拡大するため、許家印は金融機関に照準を合わせた。

2016年と2019年、恒大は増資を通じて盛京銀行(遼寧省に本拠を置く都市商業銀行)の支配株主となり、持ち株比率は36.4%に達した。ここ数年、盛京銀行は直接または間接的に中国恒大に「資金を注入」し、その資金規模は1000億元(約2兆円)以上に及んだとみられる。

同業者からすぐに冷笑を浴びた

2017年末、許家印はEV(電気自動車)をはじめとした新エネルギー車の事業に参入。2020年9月には恒大健康を「恒大汽車」へと社名変更した。

ただ技術、人材、経験が不足していたため、許家印は、「恒大の自動車製造は独自の道を見つける必要がある」と発言。「買買買、合合合、圈圈圈、大大大、好好好(資金で技術力を買う、他社と協力する、顧客を囲い込む、会社の規模を大きくする、ベストを目指すこと)」を提唱した。

これらの発言は、自動車業界の同業者からすぐに冷笑を浴びた。許家印の製造する車は金に物を言わせたものにすぎず、遅かれ早かれ痛い目に遭うだろうと見られていた。

許家印に近い関係者は、許家印が事業の規模拡大に固執しているのには、資金調達の目的があったと考えている。

許家印は恒大汽車の株価をとくに気にかけており、さまざまな機会を見つけては購入を勧めていた。この関係者は、「恒大汽車の株主も麻雀を打ちに来た(ギャンブル感覚で出資しに来た)だけではないだろうか」と語っている。

2020年は恒大にとって最後の「ピーク」であった。財務報告書によると、2020年における恒大の売上高は7232億元(約14.5兆円)で、営業利益は5072億元(約10兆円)に達していた。

会社の規模が大きくなるにつれ、許家印は次第に他人の話を聞かない「恒大帝国の皇帝」になっていった。許家印に近い関係者の話によると、恒大は許家印のために、河南省出身の退役軍人を中心としたボディーガードを多数配置しているという。

許家印が移動するときはつねに「護衛用の車が少なくとも1台、場合によっては2台用意されている」。許家印が自分で運転する場合は「護衛用の車が前後に1台ずつ必要になる」とのことだった。

執務室には純金で作られた大きな犬


許家印は次第に他人の話を聞かない「恒大帝国の皇帝」になっていった。写真は2008年、恒大の上場直前に広州本社で複数の投資家のインタビューを受けた際のもの(写真:ZUMA Press/アフロ)

許家印は非常に見えを張る人物である。「客や部下が許家印に会う際には、ボディーガードと秘書の2つの関門を通過する必要がある。さらに彼の執務室には純金で作られた大きな犬が置かれており、ゴミ箱1つの値段も1万元(20万円)以上する」と前出の関係者は明かす。

さまざまな場面に許家印のスタイルは取り入れられていた。中国で著名な骨董品コレクターの馬未都はテレビ番組で、2人が出会った場面について言及したことがある。

「彼はスポーツウェアの上からコートを羽織っていた。部屋に入ると肩を揺らし、『パッ』と聞こえたかと思うと、誰かが後ろからコートを拾った」と馬未都は語った。

広州市の元役人は、許家印から初めての面談を申し込まれたとき、許家印のスタイルについて聞いていたため、あえて妻を同伴させたと明かした。

「案の定、部屋に入るとすぐに、許家印のほかに(若い女性で構成される)恒大歌舞団が大勢いたのが見えた」と彼は振り返り、「許家印は夫婦そろって訪ねてくるとは思っていなかったようで、すぐに恒大歌舞団の団員たちを追い出した」と語った。

体裁にこだわる許家印は世論における自分のイメージをとくに重視していた。

2016年10月、恒大は社内バスケットボール試合の動画を公開した。この動画では、許家印が率いる幹部チームが社員チームを45対44で破った。だが、社員は見せかけのディフェンス姿勢をとっているだけで、結果的に60歳近い許家印が32得点を記録し、MVPに選出された。

ある関係者によると、以前、許家印が病院で健康診断をした際、許家印が不快そうな表情を浮かべながらベッドに横たわっている姿を病院のスタッフに撮影されたという。

この写真が出回った後、恒大は世論の関心をそらすためにこのバスケットボールの試合を企画した。だが、むしろネットユーザーから恒大の企業文化を嘲笑する声が上がった。

許家印はメディアにおけるイメージを非常に重視していた。社外でスピーチを行う際、恒大のブランディング部門は許家印のお気に入りのメディアの重要な広告をほぼすべて買い占め、さらに許家印の出張日程に合わせ、滞在地域でのイメージ報道を強化するようメディアに要請していた。

多くの幹部は責任を取り辞任した

現在の許家印は別の意味で有名となった。

2022年3月21日、不動産管理部門を手がける恒大物業は約134億元(約2700億円)の預金が銀行によって強制的に差し押さえられ、恒大、恒大物業、恒大汽車の上場企業3社が同時に香港証券取引所から取引停止となったことを明らかにした。

2023年2月15日、恒大は2020年12月から2021年8月までの間、恒大物業の定期預金を第三者企業の銀行融資申請のための担保保証として繰り返し利用してきたことが判明した。

第三者企業は資金を得た後、その資金を借り入れまたは投資という手段を通じて恒大に返金していた。恒大の多くの幹部はこの責任を取り、辞任した。

恒大の8月25日の発表によると、許家印は資金の不正流用に関連する文書にアクセスが可能で、保管をしており、さらに一部の文書には許家印の署名もあったという。

これについて許家印は「自分は恒大の財務と資金業務を直接担当しておらず、これらの文書も自分で精査していない」と反論した。また、「決済承認のために関連文書が上がってきた際は、責任者が署名をしている。自分はこうした幹部の監督能力を信頼しており、自身の署名はプロセスの一部にすぎない」とも主張している。

しかし元従業員は、「恒大社内で幹部が許家印に隠れて100億元以上の資金を不正流用する事件を起こすとは考えがたい」とコメントし、許家印の弁明には懐疑的であった。

許家印の犯罪行為と事件の関連は?

2023年6月から8月にかけて、株取引の再開要件を満たすため、恒大の上場企業3社はそれぞれ2021年から2023年中間期までの決算報告書を多数作成した。注目すべきは、この報告書に「収益の前倒し計上」という異例の会計処理が施されていたことだ。

中国では一般的に、開発業者が物件を開発前に先行販売する。その際に受け取る前受金は通常「契約負債」勘定に含まれる。住宅の引き渡し後に初めて前受金が営業収入に振り替えられ、利益が計上される。


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恒大はこれを前倒しで収益として計上することで、負債比率を大幅に低下させ、銀行からの融資を受けやすくしたとみられる。一方、監督管理委員会は複数の財務報告書に基づき、恒大の会計処理は大株主(許家印を含む)への迅速な配当分配に有利であると指摘した。

許家印の犯罪行為が上記の事件と関連があるかどうかは、今後、公式に発表される予定だ。

(財新記者:王婧)
※原文の配信は10月1日

(財新編集部)