■「ワキの汗がにおう=ワキガ」ではない

「この子はワキガだと思うのですが、治るでしょうか?」

お母さんは深刻な表情で尋ねました。ワキガを理由にいじめられないか心配だとおっしゃいます。一方、中学生の娘さんは「なんでこんなところに連れてこられたんだろう?」とでも言いたげな表情で、状況がよく分かっていない様子です。

写真=iStock.com/Aleksandr Rybalko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Aleksandr Rybalko

2021年頃から、私のクリニックには、こんなふうにお父さん、お母さんが中高生の息子さん、娘さんを連れて、ワキガの相談に訪れるケースが増えています。この親子のように深刻なのは親御さんだけというケースも多いです。

中高生に関する相談が増えた理由はいくつかありますが、そもそも「ワキの汗がにおうこと」と「ワキガであること」が異なる症状だと知られていないことが、不安の背景にあるように思います。

■太古に利用していたフェロモンの名残

汗が分泌される汗腺には、エクリン腺、アポクリン腺の2種類があります。エクリン腺はほぼ全身にあり、特に手掌、足底、腋窩(えきか)(ワキの下)に最も多く存在しています。このエクリン腺から分泌される汗の99%は水分で塩分、ミネラルがわずかに含まれているのみです。

一方、アポクリン腺はワキの下、外陰部、乳輪など特定の部位にしかありません。アポクリン腺からの汗には脂質、タンパク質が含まれており、これらが皮膚表面の細菌の作用で分解され、特有のニオイを生じます。このニオイを発するのが「ワキガ」で、医学的には腋臭症(えきしゅうしょう)が正式名称となります。このニオイは人間が哺乳動物だった頃にフェロモンとして利用していた名残であるといわれています。

エクリン腺からの汗は基本的に無臭ですが、放置していると細菌が繁殖してニオイを生じます。そのため、わきのエクリン腺から分泌された汗がにおう=ワキガだと思っている人が多いのです。

■「ワキ汗」と診断される6つのケース

ちなみに「ワキ汗」とよばれているワキの多汗症状は、「原発性腋窩多汗症(げんぱつせいえきかたかんしょう)」が正式名称で、これはエクリン腺からの汗によるものです。汗かき=原発性腋窩多汗症というわけではなく、診断基準があります。それが以下の6つで、このうち2つを満たす方に診断がつきます。

・最初に症状が出るのが25歳以下(つまり若い方の病気です)。
・左右対称性に汗をかく。
・睡眠中は汗が止まる。
・週に1回以上汗をたくさんかいて困るエピソードがある。
・家族歴がある。
・日常生活に支障をきたしている。

もしワキ汗に悩んでいる場合、内科の病気が隠れていることもあり得ます。代表的なのは甲状腺機能亢進症(バセドウ病)です。バセドウ病に伴うワキ汗の場合は「続発性腋窩多汗症」ということになり、バセドウ病の治療が必要です。どちらにしても多汗に悩んでいる方は、まずは皮膚科で診断を受けることをお勧めします。

また、ワキガについても皮膚科を受診していただきたいですが、先述した中学生が実際にワキガだったのかというと、あくまでも私の感覚では「そこまで気にすることはないのでは?」というレベルでした。

しかし、ニオイに対する感覚というのは非常に個人差があります。どんなにまわりが「気にならないですよ」「臭くないです」と言っても、ご本人やご両親はひどく気にされていて、切実に悩んでおられる場合も多いです。その一方で、まわりが気づいていても本人は気にしていないというケースもあります。

■なぜワキ汗やワキガに関する相談が増えているのか

ワキ汗やワキガの有病率が増えているというデータはありませんが、それでもワキ汗やワキガに関する相談が増えた理由の一つに、ワキ汗やワキガが治療できることが世の中に認知されたことがあります。

ワキ汗の治療方法としては、まず塗り薬や飲み薬で発汗を抑える方法があります。塗り薬には「ソフピロニウム臭化物(商品名:エクロックゲル)」や「グリコピロニウムトシル酸塩水化物(商品名:ラピフォートワイプ)」、「塩化アルミニウム製剤」があります。

「エクロックゲル」や「ラピフォートワイプ」は汗を出すように指令する神経をブロックすることでエクリン汗腺からの発汗を抑制します。「塩化アルミニウム製剤」はエクリン汗腺の孔(汗孔)を塞ぐことで発汗を抑えます。いずれもエクリン汗腺からの多汗、ワキ汗には有効ですが、ワキガには効果はありません。

また飲み薬で保険適用になっているものに「プロパンテリン臭化物(商品名:プロバンサイン)」という内服薬があります。これも汗を出すように指令する神経をブロックすることでエクリン汗腺からの発汗を抑制しますが、副作用に目のかすみ・口の渇き・頭痛・眠気などがあったり、緑内障や前立腺肥大のある方は内服できなかったりします。またこうした塗り薬、飲み薬を使った治療は、ずっと使い続けなければ効果を得られません。

■ワキガには「メスをいれる治療」しかなかったが…

他には局所注射の「ボツリヌストキシン注射」を使った治療法もあります。これも汗を出すように指令する神経をブロックすることで、エクリン汗腺からの発汗を抑制します。ボツリヌストキシンを両脇に15カ所程度ずつ注射することで神経伝達を阻害し、発汗を抑制します。「ボツリヌストキシン注射」は痛みはありませんが、数カ月しか効果が持続しないため、必ず再発します。

このようにワキ汗に対する薬や注射を使った治療はすぐに始めやすいですが、中止すると再発するので、根本的な解決にはなりません。

またワキガを根本的に解決する治療法というと、効果的な塗り薬や飲み薬はなく、これまでは「メスをいれる治療」しか選択肢がありませんでした。これは「皮弁法」とよばれる保険適用の手術で、局所麻酔を行い、脇の下を切開してアポクリン腺のある皮下組織を切除し、皮膚を戻す方法です。

ワキガの原因を元から断つため、効果は半永久的に続きますが、手術による傷跡も大きく、術後はワキを1週間程圧迫固定し、安静に過ごさなければいけないなど患者さんに負担がかかります。

■「グレーのTシャツが着られるようになった」

ワキガ治療については、このように手術以外に決め手に欠ける状態が長く続いていましたが、2018年から「ミラドライ」が治療に使われるようになりました。これはワキにマイクロ波を照射することで、アポクリン腺とエクリン腺を同時に根本的に破壊する治療器で、原発性腋窩多汗症(ワキ汗)の治療器として厚生労働省の薬事承認を受けています。

日本国内ではワキ汗のみの薬事承認ですが、日本の厚生労働省に近い役割を持つアメリカのFDA(Food and Drug Administration/アメリカ食品医薬品局)では腋臭症(ワキガ)の適用も取れています。私のクリニックでも効果やリスク、合併症等を説明した上で、ワキ汗やワキガに悩んでいる患者さんにミラドライを照射しています。

当院では2020年から現在まで、253人の患者さんに施術をしており、ワキ汗に関しては8割以上の方が「グレーのTシャツが着られるようになった」「人前に出るのが恥ずかしくなくなった」などの効果を感じており、ワキガについても8割以上の方が「ニオイが気にならなくなった」とおっしゃっています。こうした新しい治療法がインターネット検索などによって知られるようになったこともワキ汗やワキガに関する相談が増えた理由でしょう。

写真=iStock.com/coffeekai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/coffeekai

「ミラドライ」の治療は痛みも少なく、傷跡もほとんど残らない上に、治療回数も基本的には1回で済むというメリットがあります。しかし、保険適用ではなく、自費治療となるために費用が高くなり、クリニックによっても費用が異なります。また、過去には適応外の陰部へミラドライの治療をした後、フルニエ壊疽という重症の感染症になり、患者さんが死亡した事故も起きており、注意が必要です。

■ニオイが気になってもやってはいけないこと

第二次性徴期になると、性ホルモンの影響でワキガの原因を生み出すアポクリン腺からの分泌が増えます。思春期にニオイが強くなるのもそのためです。中高生の相談が増えるのも、多感な時期に、自分のニオイが気になる時期だからなのかもしれません。

アポクリン腺が発達する前に治療を行っても効果が弱いため、当院では基本的に中学生以上の患者さんにミラドライを照射しています(女性の場合は、初潮を迎えていない場合には照射を推奨していません)。しかし、多感な時期に「自分はにおうんじゃないか」と悩んでしまう男女は多いです。それが原因で対人関係にも支障をきたすケースもあるでしょう。

またニオイを気にするあまりに、ワキの下を1日に何度もゴシゴシ擦(こす)って洗ったり、脇毛(腋毛)を抜いたりするなど不適切な自己処理をしてしまったりすると、ワキはデリケートな部分なので、湿疹や毛包炎を起こしてしまいます。

汗拭きシートや制汗剤の使いすぎも禁物です。制汗スプレーや汗拭きシートに含まれているアルコール成分などが原因で、ワキを「頻繁に」「ゴシゴシ」拭くと肌が荒れて湿疹になったり、場合によってはジュクジュクしてニオイを発したりしてしまう可能性があるからです。

個人的には一度しかない中学、高校時代を楽しく過ごすための選択肢としてミラドライを検討してみる余地はあると考えています。

■ワキガになりやすい人の特徴とは?

では、ワキガになる人、ならない人の違いは何かというと、アポクリン腺は誰にでもありますが、ワキガの人はアポクリン腺が大きくて、その数も多く分泌量が多い傾向があります。また、ワキガは遺伝するため、親子ともになることが多いです。

日本人などの黄色人種ではその頻度は約10%程度ですが、白人や黒人ではほとんどの人に多少ともワキガがあります。耳垢が湿っているタイプの人に多いともいわれています。

有病率はやや女性が多い程度で、男女比はほとんど変わりません。しかし、当院でミラドライを希望するのは女性の患者さんが圧倒的に多いのは、女性のほうがニオイに敏感だからかもしれません。

よく「肉食が多い人にワキガが多い」といわれますが、実は食生活が影響するというエビデンスはありません。しかし、食生活や睡眠の乱れのストレスがきっかけでワキガの症状が悪化する可能性はあるため、バランスのよい食生活や良質な睡眠を心がけることが大切です。

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花房 崇明(はなふさ・たかあき)
皮膚科医(医学博士)
医学博士(大阪大学大学院)、日本皮膚科学会皮膚科専門医、日本アレルギー学会アレルギー専門医、日本抗加齢医学会専門医、難病指定医。2004年大阪大学医学部医学科卒業。大阪大学大学院医学系研究科皮膚科学博士課程修了(医学博士取得)、大阪大学大学院医学系研究科皮膚科学特任助教、東京医科歯科大学皮膚科講師・外来医長/病棟医長などを経て、2017年千里中央花ふさ皮ふ科開院。2019年医療法人佑諒会理事長就任。2021年より近畿大学医学部皮膚科非常勤講師兼任。2021年分院として江坂駅前花ふさ皮ふ科を開院している。
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(皮膚科医(医学博士) 花房 崇明)