「ショウヘイの商業効果は年数千万ドル以上。彼は野球選手である以上に文化的なアイコンだ」。ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手と今年初め、大型契約をしたニューバランス。日本国内で同ブランドの野球のスパイクグッズ販売に乗り出したが、思惑通りにはいかなかった。“邪魔”をしたのは日本の有名な公益財団法人だった――。
写真=Shohei Ohtani. 2023 #WeGotNow(New Balance)YouTube動画よりキャプチャ

■ニューバランスとの契約を含め大谷翔平の総収入91億円

大谷翔平は2023年のMLBシーズンも投打の二刀流で驚異的な活躍を見せている。だが、昨年までと違う点がある。

岩手・花巻東高時代はアシックスの用具を愛用。日本ハム時代からは、用具(スパイク、グラブ、バット)はアシックス、ウエアはデサントと契約していた。それが今年1月、野球では後発ブランドといえるニューバランス(以下、NB)と超大型契約を結んだのだ。

契約金は明らかにされていないが、米経済誌『フォーブス』によると、大谷選手の2023年の総年収は、年俸3000万ドル(約42億円、1ドル=140円換算、以下同)と、NB、JAL、セイコー、三菱UFJ銀といったスポンサー収入3500万ドル(約49億円)を合わせ、6500万ドル(約91億円)でMLB史上1位になるという。

ニューバランスは米国資本のグローバルブランド。日本ではランニングシューズや街中で履くオシャレなスニーカーのメーカーという印象が強いが、近年は野球ギアでも成長著しい。大谷は、グラウンドではスパイクとグラブを、そして私服でも同社のアパレルやスニーカーを着用しているのだ。

■NBのスパイクは人気も新モデルは高校野球で使えない

NBの野球用スパイクは2010年に米国でローンチされると、MLBではわずか4年で500人以上の選手が使用するようになった。日本では2015年から発売開始。NPB(日本プロ野球機構)では昨季、三冠王を獲得した村上宗隆(ヤクルト)らも愛用している。

ランニングシューズで培ったテクノロジーを野球用スパイクにも取り入れており、かなり履き心地が良いようだ。

大谷はNBとの契約締結を発表した際、こう述べている。

「NBはプロダクト(製品)が革新的で素晴らしいだけでなく、アスリートが自分らしくいられるような本物のブランドとして知られているグローバルブランドです。彼らとともにゲームチェンジしていけることに興奮しています」

一方、NBの最高マーケティング責任者を務めるクリス・デービスはこう述べた。

「日本市場でのショウヘイの商業効果は年数千万ドル以上になるだろう。彼は日本において野球選手である以上に文化的なアイコンだからだ。この世代の野球選手で、あるブランドにこれほどの商業効果をもたらせるのはおそらく彼をおいてほかにいない」

■日本高等学校野球連盟からNGが出たワケ

大谷は早速、NBのギアを使用した今年3月のWBC(ワールドベースボール・クラシック)でMVPに輝く大活躍を披露し、侍ジャパンを優勝に導いた。これで日本国内での販路拡大に大きな効果が出るかと思いきや……実はちょっとつまずいている。ある“邪魔者”の存在があった。

今年2月に発売された野球用スパイク「L3000v6」と「PL3000v6」の高校野球対応モデルは、ベロ(甲部分を覆うパーツ)の「3000」というロゴが規定から外れていると、日本高等学校野球連盟からNGが出たのだ。

高野連が定めているスパイクの規定は、「表面カラーはブラックまたはホワイト一色とする」などとかなり細かい。NBの新モデルが抵触したのは、「商標はベロ部に1箇所のみ入れることが可能であるが、その大きさは(縦)3センチ×(横)5センチ以内とする」という規定になる。

当該商品を確認すると、確かにベロ部分に入っている文字が規定より大きく見える。しかし、ベロとロゴは同じカラーリングで、よほど拡大しないとどんな文字が入っているのか認識できないレベルだ。

大谷効果もあり、特に規定のない草野球ではNBのレッドやネイビーのスパイクは大人気だという。では、国内に約13万人(2022年度の硬式野球部員数は13万1259人)いる高校球児の反応はどうなのか。甲子園常連校のあるコーチはこう話している。

「まだNBのギアを使っている選手は少ないですね。グラブやバットは一般販売していないんです。スパイクも種類が少なく、公式戦で使用できるモデルも限られていますからね」

スパイクの新モデルが使用不可になったこともあり、高校球児のなかでNBブームはまだ起きていないようだ。

大谷は今季、バットはチャンドラー社製を使用しているが、グラブはNBのものだ。NBはグラブやバットを国内でまだ販売していないが、この大谷モデルは今夏に数量限定でリリース予定だという。

出典=PR TIMES/ニューバランス ジャパン

前出のコーチは今後の高校野球界でのNB人気到来を予想している。

「NBのシューズに使用されているFRESH FOAMという素材はすごく柔らかくて、従来のスパイクにはないものです。公式戦で使用できるラインナップが増えると、多くの高校球児が履き替えるんじゃないでしょうか。とにかく大谷選手が使用しているというインパクトはすごく大きいんです。以前、大谷選手が使用していたヌバック素材の(アシックスの)グラブは高額(約7万円)でしたけど、高校生の間でもめちゃくちゃ人気でしたから。NBから大谷モデルのグラブが発売されれば、同じようなリアクションが起きると思いますね」

ただ、選手たち気になるのは、NBがどこまで野球ギアに本気なのか、ということだろう。

というのも、同じ米国ブランドのナイキは佐々木朗希(ロッテ)らをサポートしているとはいえ、ナイキジャパンは2013年に野球ギア(グラブ、スパイク、バットなど)から撤退。売り上げの高いフットウエア、アパレルに注力する戦略を取っている。NBの野球ギアが日本国内で成功するかどうかは、NB本社や同ジャパンの本気度にかかっている。要は、“大谷人気”にかかっているといえそうだ。

■NBAプレーオフのCMに大谷が登場した意味

意外に思う人も多いかもしれないが、日本で絶大な人気と知名度を誇る大谷翔平だが、「世界的なスーパースター」の称号を得るまでには達していない。現地のブランドや人物の魅力度や親しみやすさを示す指標「Q SCORES」による米国人の認知度は17%だという。現役のスポーツ選手でいうと、ゴルフのタイガー・ウッズは81%、NBAのレブロン・ジェームズは75%。彼らとの差は歴然だ。

それでも米国企業のNBは大谷と大型契約を結ぶと、全米が注目するNBA人気カードのテレビ中継で流されたCMにも日本人アスリートを起用した。NBは野球ギアを売るためではなく、ブランドイメージをさらに向上させ、タウンシューズの売り上げを伸ばすために大谷を使うマーケティング戦略に出たと見ることもできるかもしれない。

では、日本でのマーケットはどうなのか。「カスタムファッションマガジン」(2021年9月調査)では、所有しているスニーカーのブランドランキングは以下の通りだった。

【女性】1位ナイキ、2位コンバース、3位アディダス、4位ニューバランス、5位プーマ
【男性】1位ナイキ、2位アディダス、3位ニューバランス、4位コンバース、5位アシックス

大谷がNBのウエアやシューズをカッコよく着こなしていても、女性にはファッションの参考にはなりにくい。しかし、大谷ファンがNBのシューズやウエアを購入し、インフルエンサーがグラウンド外の“大谷コーデ”をまねすれば、大人気になる可能性もあるだろう。男性は野球ファンも多く、野球グッズ以外のアパレルへの波及効果も大きいはずで、“大谷効果”でどこまでNBの売り上げが上昇するか要注目だ。

2023年シーズンも、5月末時点で打撃部門:ホームラン12本、打率.269、打点33、投手部門:5勝(1敗)、防御率2.91、脱三振率12.46……と八面六臂(ろっぴ)の活躍を見せるショウヘイ・オオタニ。

関西大学の宮本勝浩名誉教授(理論経済学)によれば、日本国内のWBC経済効果を2月下旬に約596億円と試算したが、優勝までの盛り上がったことでその後、654億円に上方修正した。

MLBでも今季順調に活躍しており、チームも念願のプレーオフ進出も期待できるかもしれない。そして日本が誇る二刀流は野球の枠を軽々と超え、日本や世界の経済を回す原動力となっていくのかもしれない。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)