レッドブルレーシング・ホンダRBPTは5月28日に行われたF1モナコGPを制し、これで開幕6連勝となった。そうした中、「ホンダが2026年にF1に復帰する」というニュースがメディアで一斉に流れた。一体どういうことか。自動車業界に詳しいマーケティング/ブランディングコンサルタントの山崎明氏は「このニュースのポイントは『2026年』にある」という──。
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5月28日に行われたF1第7戦モナコGPでポール・トゥ・ウィンで優勝を飾ったレッドブルレーシング・ホンダRBPTのマックス・フェルスタッペン。胸に「HONDA」のロゴが確認できる。 - 写真=dpa/時事通信フォト

■ホンダエンジンは今もF1の舞台を走っているのだが…

2023年5月24日、ホンダが2026年にF1に復帰するというニュースがさまざまなメディアで報じられた。個人的には「復帰」という表現に非常に違和感を覚えた。なぜなら、今でもホンダが製作したエンジンを搭載し、ホンダのロゴが描かれたF1マシンが走っており、チームウエアにもホンダロゴが入っているからだ。

確かにホンダは2021年限りでの撤退を公式に発表し、その後復帰という表現は使っていない。実際、2022年シーズンのF1マシンからはホンダの名前が消えた。

しかし実際には、レッドブル・パワートレインズ(RBPT)というレッドブルレーシングのエンジン部門にエンジンの提供と技術支援は行っていた。

レッドブルレーシングとアルファタウリというレッドブル系の2チームはホンダが撤退してしまうと使えるエンジンがなくなってしまうので、その救済措置のような形で、表面には出ないスタンスで関与していたわけだ。エンジンはホンダそのものだったが、エンジン名称はRBPTとなった。

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ホンダは5月24日、アストンマーティンにエンジンを含むパワーユニットを供給し、2026年からF1世界選手権シリーズに復帰すると発表。写真は記者会見でのホンダの三部敏宏社長(右から2人目)、アストンマーティンのローレンス・ストロール会長(左から3人目)ら。 - 写真提供=ホンダ

■記録に名前が残らない「2022年チャンピオン」

皮肉なことに2022年のレッドブルレーシングは絶好調で、22戦中17勝という圧倒的な強さを見せ、ドライバーもコンストラクターもチャンピオンとなった。

しかし残念ながらホンダは公式には参戦していないので、コンストラクター名にもエンジン名にもホンダの文字は入っておらず、プロモーション効果はほとんど期待できないというきわめて残念な状況となった。そのため急遽2022年10月の日本グランプリではレースの冠スポンサーになったり(レース名称:Honda日本グランプリ)、マシンにホンダのロゴを入れたりしたのである。

そこで今年2023年シーズンからは、コンストラクター名を「レッドブルレーシング・ホンダRBPT」とし、エンジン名も「ホンダRBPT」とホンダの名前が復活し、マシンにもチームウエアにもホンダのロゴが復活したのである。

公式にはF1復帰とは発表しなかったのだが、レッドブルレーシングとは2025年までの協力関係維持で合意し、少なくとも2025年まではホンダのエンジンがF1で走ることが決まっている。つまり、なし崩し的にF1参戦を続ける形となっていたのだ。

これが冒頭に書いた私の違和感の理由である。

■「2026年」がカギを握る

それではなぜ、レッドブルレーシングとの関係が2025年までなのか。それは2026年にF1のレギュレーションが大きく変わるからである。

ホンダは2026年以降のエンジンレギュレーションに関する検討会議に出席していたが、2026年以降の参戦について態度を曖昧(あいまい)にし続けていた。

それに業を煮やしたレッドブルレーシングは、兄弟チームのアルファタウリともども、2026年以降はフォードと契約を交わしてしまったのである。つまりレッドブルレーシングに「振られた」わけである。

■「復帰」というより実態は「新たなる提携」

2026年からはアウディとキャデラック(GM)も参戦を計画しており、現在エンジンサプライヤーとして参戦中のメルセデス・ベンツ、フェラーリ、ルノーも撤退の予定はない。ホンダは、2026年以降参戦したくても組むチームがないという状況に置かれたのである。

F1にエンジンコンストラクターとして参戦する場合、弱小チームと組んでも意味はない。今のF1はエンジンのパワーだけでは勝てないからだ。

そこで今年になって戦闘力を上げているアストンマーティンとようやく話がまとまり、先日の発表になったというわけだ。

ずっとF1を見ている人にとって、先日の発表はホンダF1復帰というよりアストンマーティンとの提携発表という意味のほうがずっと大きい。

しかし今までF1復帰とは発表していなかったので、2026年の「正式な」復帰というかたちで発表し、2026年にF1に出場する意味合いを強調する発表となったのである。

■全車EV、FCV化を進める中でなぜ「F1復帰」なのか

ホンダはF1に復帰する理由として、2026年からのレギュレーションが脱炭素時代にマッチし、脱炭素に向けた技術開発にも役立つからとしている。

現在のF1もガソリンエンジンと電気モーターを併用するハイブリッドなのだが、2026年からは電気モーターの出力を大幅に大きくし、エンジンと電気モーターの出力の関係は8:2からおおむね5:5になるのだ。

ただし、電気はあくまで減速エネルギーを回収したものを使うので、一般車でいえばハイブリッドであって、EVやPHEVになるわけではない。

ホンダは2040年に全車をEVかFCVにすると発表しているはずだ。そういう意味では、2026年にF1参戦を発表しているアウディも、2026年以降に発売する車はすべてEVにすると発表しており、まさにその年にハイブリッドで戦うF1に参戦するというのは一見理解に苦しむ判断である。

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ホンダが目指す先にあるものとは…… ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/supergenijalac

■新レギュレーションのポイントは「燃料」

新レギュレーションにはもう1つポイントがあり、2026年以降使用する燃料は化石燃料を使わず、二酸化炭素から合成された燃料か非可食性植物由来の燃料を使う、ということになっている。

おそらくガソリンに近い組成の合成燃料が使われることとなると思われる。この合成燃料は、二酸化炭素と水素から作られるので、エンジンで燃やしても結果として地球上の二酸化炭素は増やさない、という理屈である。

ここ数年、将来の自動車はすべてEVになるのが既定路線という論調が大勢を占め、アウディやメルセデス・ベンツなど、全車EV化を発表するメーカーも多かった。

しかしEVが実際に普及するにつれ、充電スポットの問題、電力供給の問題、高速走行時の電費の悪さなど、すべての車をEVにするのは難しいという現実が見えてきた。というより、ほとんどの自動車メーカーは最初から難しいとわかっていたはずだが、欧州メーカーは政治的ポージングとして「全車EV化」を発表したと思われる(あとから訂正はいくらでもできる)。

■F1の「合成燃料を使ったハイブリッド」の未来可能性

今年(2023年)に入ってからの動きとして、EUは脱炭素化への道筋として合成燃料も加える方向に舵(かじ)を切ったし、先日の広島サミットでも脱炭素に向けてあらゆる技術を活用するという合意が形成された。中国でもハイブリッドも優遇対象とすることを決めた。

つまり、世界はEV一本足打法からマルチソリューションという現実的な方向へ転換しつつあるのである。

欧州自動車メーカーにもそうした「本音」が少しずつ顔を出し始めており、F1はその典型的な例なのだ。合成燃料を使ったハイブリッドは、市販車にとっても大いに可能性を秘めた技術なのである。

■自動車メーカーがF1に参戦し続ける理由とは

ただし、ガソリンエンジンと合成燃料エンジンには大きな違いはない。というより、合成燃料はガソリンの代替燃料であって、現在のガソリン車にも使用可能な方向で開発が進められているのだ。

そのため、合成燃料を使うからF1に参戦する、というのはあくまで建て前論でしかない(ハイブリッド技術は進化する可能性はあるが)。

では、各社がF1に参戦する、参戦を続ける理由は何か。

F1は伝統的にヨーロッパでの人気が高いが、近年ヨーロッパ以外での人気が高まっている。レース数も1980年代〜2000年代初頭までは年間16レース程度だったが、2021年以降は22レースと増えている。

開催地もヨーロッパ主体から多様化され、4レースが中東、6レースが南北アメリカ大陸で開催され、2023年はアメリカだけで3回も開催されることになっている。

■アメリカをはじめ世界中で拡大する「F1人気」

アメリカでは伝統的にインディーカーの人気のほうが高く、2008年から2011年までは1戦も開催されていなかった。

だが、昨年から始まったマイアミGPではNFLのマイアミ・ドルフィンズのスタジアムを取り囲むコース、今年から開催されるラスベガスGPでは、なんとF1マシンがラスベガスの目抜き通りであるストリップを疾走するという、アメリカらしいエンターテインメント性に富んだコース設定になっている。

現在では、世界中どこのレースも超満員で、チケット入手が困難なくらいの人気ぶりである。昨年3年ぶりに開催された日本GPもチケットは完売だった。

写真=iStock.com/felixmizioznikov
アメリカで高まるF1人気。写真はマイアミGPが開催されたハードロック・スタジアムを取り囲むコース ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/felixmizioznikov

■米リバティメディアによるFOM買収が転機

アメリカを中心にF1人気が一気に高まった理由は何か。

競技としてのF1を統括しているのは国際自動車連盟(FIA)だが、興業としてのF1は長年フォーミュラ・ワン・マネージメント(FOM)という組織が担っていた。そのFOMを2016年にアメリカのリバティメディアという会社が買収したのである。

リバティメディアは各種メディアやエンターテインメント会社のほか大リーグのアトランタ・ブレーブスも所有する会社である。

リバティメディアはアメリカのエンターテインメントを担う会社だけあって、F1の人気を高めるためのさまざまな施策を打ち出した。その中の一つがNetflixで見ることができる「Drive to Survive」(日本でのタイトルは「栄光のグランプリ」)というシリーズである。

■Netflixの番組で人気が急上昇

F1を楽しむためにはかなりの知識が必要で、アメリカのオーバルレースのように順位が頻繁に入れ替わることもなく、知識がない人が見てもただ車が走っているだけにしか見えない。これがアメリカでいまひとつF1の人気が高まらなかった理由だ。

しかしこのシリーズでは、F1に関わる人間や出来事を物語風のストーリーにまとめ上げており、シリーズとして見ているとF1に関する知識や関わる人々の人間関係や私生活などがわかるようになっており、いやが応でもF1に関する関心が高まるようにできている。

最初に配信されたのが2019年で、2021年にはNetflixで世界ナンバーワンの番組となった。

テレビ中継の視聴者数もうなぎ上りに増えており、アメリカでは2022年の視聴者数は2020年以前の倍となっている。

■世界の自動車メーカーの生き残りをかけたショー

このように、F1は自動車ブランド、とくにプレミアムブランドやスポーツ性の高いブランドイメージを狙うブランドにとって非常に重要なものとなっているのだ。アメリカのフォード、GMが参戦するのもこの人気のためだろう。

日本での人気は局所的なので実感が湧かないが、世界的にはF1の存在感、価値は大きく高まっているのである。ホンダがF1本格参戦に舵を切った主たる理由はここにあると考えられる。

ちなみに2023年、レッドブルレーシング・ホンダRBPTは5月28日に行われたモナコGPでも優勝を遂げ、開幕から負けなしの6連勝中である。

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山崎 明(やまざき・あきら)
マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988〜89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)