障がい者を雇用する環境を整えることで、親会社やグループの法定雇用率に算定できる特例子会社において、従業員である障がい者への配慮に欠けた言動は許されることではありません。ところが実態は「数」を合わせるだけで「質」を伴わないケースもあるようです。今回のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』では、生きづらさを抱えた人たちの支援に取り組む著者の引地達也さんが、名古屋高裁で原告の障がい者側が“勝利和解”したパワハラ裁判に言及。原告側が口外禁止条項のある和解案を拒否して裁判を続け、社会全体の問題として訴えたかったことが何かを伝えています。

障がい者雇用でのパワハラ裁判から考える「合理的配慮とは何か」

高次脳機能障がいと強迫性障がいがある岐阜県大垣市の女性が、障がい者雇用として働いていた特例子会社である名古屋市のウェブ制作会社からパワハラを受けたとして、会社側を「合理的配慮義務」違反として損害賠償を求めた裁判は3月、名古屋高裁において全面的に原告の主張を受け入れた和解内容で双方が合意し、成立した。

5月に行われた報告集会で、原告側の支援グループは、勇気を持って声を上げた原告女性の勇気を称え、和解内容を基本に全国の障がい者雇用の現場や社会全体に浸透していく必要性を強調した。

発言に立った原告女性は「なぜみんなと同じことができない!」「特別扱いはしない」との発言で自分を追い詰めた会社側が主張する指導は「暴力であった」と振り返り、和解内容をきっかけに同じように障がい者雇用で苦しんでいる人の助けになりたいと訴えた。

原告は13歳の時に交通事故に遭い、記憶など高次機能に障がいが残った。裁判記録などによると、被告の企業は障がい者雇用を専門とする特例子会社で2008年に入社。入社当初から自分の特性を示し、会社側も理解し対応していた。

しかし担当者が変わると理解はなくなり、原告が障がいの特性上、「出来ない」と言うと「出来ないならもっと申し訳なさそうに言え」との返答。さらに「見えない障がい」を説明すると「障がい者が障がいの説明をするな」と拒絶されたという。2015年に休職し、16年に退職となった。

女性は2019年に労働審判を申し立て、和解案も提示されたが、口外禁止の条項が盛り込まれたことなどから内容を拒否し、岐阜地裁で2020年3月に第1回口頭弁論が開始、第9回の口頭弁論終了後に裁判所からしめされた和解案にも口外禁止条項があったため、これを拒否し岐阜地裁は2022年8月、会社側に合理的配慮義務違反は認められないとする棄却の判決を出した。

この判決では、いわゆる「個人モデル」の考えに基づいており、会社側の主張に即した内容で、記憶障がいのある被告女性の意見の信用性は低い、と判断した。

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働く障がい者への無理解な判決だと原告側は名古屋高裁に控訴した。「無理解」に対しては、障がい者の権利条約や障がい者と仕事に関する国際基準などを示し、根本から障がい者雇用に関する論述を示した。その上で名古屋高裁が出した和解案には口外条項を設けず、企業に対しては以下の文言で合理的配慮を求めた。

「被控訴人は、障害のある労働者の雇用において、障害に関する正しい知識の習得や当該労働者との話合い、適切な記録化及びその継続的な検証等を通じ、当該労働者の障害の特性に関する理解を深め、その特性に配慮した必要な措置を講ずるなど、当該労働者がその有する能力を職場で発揮する上で支障となっている事情を改善し、その他厚生労働省策定の合理的配慮指針に沿った合理的配慮の提供が円滑に行われるよう、組織的な職場環境の改善に努めるものとする」

適正な記録化、継続的な検証とは、組織として適切なコミュニケーションを絶え間なく行うことと理解してよいだろう。

裁判の意見陳述で原告の女性は、自分が受けた被告会社の合理的配慮提供義務違反の問題だけにとどまらず「目に見えない障がいを持つ障がいの人たちが自立できる社会にしていくため」に訴えた、と説明した。

特に自らが「自分の力で働き、自立した生活をしたいと願っており、多くの障がい者も同じ思いだ」との思いを胸に、被告企業の特例子会社は特に「あらゆる障がい者にとって数少ない働く場所であり、大切な居場所」だと指摘し、社会全体の問題だと訴えた。

和解には口外禁止条項がなくなり、私も参加することになった報告集会も開けることになり、言論と表現の自由を基本とする社会での健全さも保証されたことになる。

集会で弁護団の一人は障がい者雇用をめぐり政府は法定雇用率で「数」の保証はしているものの、「質」の保証をしているとは言い難い、と指摘した。今後、政府も企業も「質」を考えての障がい者雇用を検討する必要性を示したが、それは支援者も含む障がい者雇用に携わるすべての責任と受け止めたい。

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