エンゼルス・大谷翔平【写真:Getty Images】

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ニコライセンは今季からカージナルスの打撃のコーチングスタッフに加入

 カージナルスの低調になかなか光が見えてこない――。

 昨季は93勝69敗の成績でナ・リーグ中地区を制しプレーオフに駒を進めたが、今季は球団史上50年ぶりとなるワーストスタート。10勝19敗で終えた4月から暦が変わっても上昇の兆しは見えない。

 5月最初のカード、本拠地でのエンゼルスとの3連戦で初戦を落とし、3日(日本時間4日)の第2戦も、大谷翔平から4点を奪いながらも投手陣が踏ん張り切れず4-6で逆転負け。今季ワーストの5連敗となり、地元メディアからは先発投手補強を怠ったツケだとの苦言が出だした。

 地区最下位に沈む大きな要因は明らかに安定しない投手陣にある。通算195勝の実績を誇る41歳のベテラン右腕、アダム・ウェインライトがワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本との決勝戦を前にしたトレーニング中に股関節を痛め、開幕から負傷者リスト(IL)入り。昨季まで2年連続で32試合登板を果たしている柱を欠き、また、昨季12勝を挙げた元巨人のマイルズ・マイコラスは打ち込まれる登板が多く、1勝1敗、防御率5.97の成績。登板したこの日は粘投したが6回途中で降板となった。

 この日の試合前の時点で、カージナルスのチーム防御率4.47はリーグ15チーム中8位、被打率.267はリーグワースト3位。一方、打撃陣はリーグワースト4位の124得点ながら、リーグ5位のチーム打率.262と同4位の260安打。奮闘する打撃陣をバックアップしているのが、今季から打撃のコーチングスタッフに加わったダニエル・ニコライセンだ。デンマーク出身で大学の女子ソフトボール部を指導した異色の経歴を持つ。

デンマークで小学生のときに見た「メジャーリーグ」で野球に魅了された

 昨季までの3年間をカージナルス傘下マイナーチームの打撃コーチ補佐として過ごした。動作解析を専門とし、選手が不振に陥った際には的確な修正ポイントを示すなど、打者からの信頼を得ている。

 サッカーやウインタースポーツが人気を集めるデンマークで、小学生のときにテレビで見た米野球映画『メジャーリーグ』で野球に魅了された。高校を卒業後に渡米を決意。ニュージャージー州の2年制の大学で野球部に籍を置いたが、実力不足で選手の道は断念。しかし、生来の“根拠好き”から来る探究心は膨らみ、動作解析に基づいた打撃フォームを独自に研究した。

 2018年にシートン・ホール大学でボランティアの打撃コーチ補佐から指導の道をスタート。翌年、正式に打撃コーチとしての職を得ると、同チームの躍進を支える評判が門戸を広げるカージナルスの打撃コーディネーターの耳に届いた。

「僕の主な仕事は、データを統計学的に分析したセイバーメトリクスからの数値を把握したり、動作解析から分析したアドバイスですが、それらを十分に噛み砕き、シンプルにして分かりやすく伝えるということです。選手が一連の打撃動作を無駄なくスムーズにするお手伝いです」

 仲間のコーチたちからの評価は高く、「人の心情に寄り添える伝え方が見事だ」と口をそろえる。映像データと照合しながら各選手の打撃フォームを解析し、理想のスイング軌道を追求する過程での言葉の選び方や表現方法を「常に意識している」と言うニコライセンは「伝えるタイミングが大事」と付け加える。

「積み上げた理論を自分の言葉で分かりやすく正確に選手に伝えられて初めて理論として成立すると考えます。僕が一番大切にするのがそこです。でも、僕の本格的な野球経験は渡米後の2年間ですからね。カージナルスとしてはギャンブルだったと思います(笑)」

ヌートバーの打撃は「体のバランスを保てているのがすばらしい部分」

 データと向き合いながら、それらを“簡にして要を得た”言葉で選手に落とし込んでいく。野球への情熱に突き動かされたメジャーコーチ1年目の日々はとても充実している様子。その彼に、ヌートバーの打撃分析を求めた。詳説は避けたいとしながらも、端的にした。

「右足を高く上げて軸足に体重を乗せる始動を取りますが、体のバランスを保てているのがすばらしい部分だと思います。逆に、悪いときはこれが諸刃の剣にもなります。一連の動作のリズムが微妙に乱れてボールを本来のポイントで捉えることができなくなることが僕の目に映ります」

“論理的多弁”を避ける彼の信条が言葉から伝わってきた。

 欲張って、大谷翔平の打撃について問うと、イメージを描き足すようにまとめた。

「地面をちょっと叩くようにして右のつま先でタイミングを取りタメを作り、そこから前(投手側)に大きく出ていく。そしてバットが下から出てきます。皆さんがすぐに浮かべる従来型のスイングとは違っていると思います。でも、僕にとってオオタニのあのスイングは研究材料となります」

 10歳だったデンマーク人の少年は父と鑑賞した野球映画から、体のうちを衝き上げてきた得体の知れぬ感動を覚え、メジャーリーグのコーチになった。(木崎英夫 / Hideo Kizaki)