深夜のレール交換作業。鉄道各社はコロナ禍による利用減で費用の削減を図ってきた(編集部撮影)

新型コロナウイルス感染症の蔓延により鉄道業界は2020年の春から苦境が続いてきたが、今年5月から感染症法上の位置付けが季節性インフルエンザなどと同じ5類に移行されることになり、元の姿を取り戻しつつある。コロナ禍が猛威を振るっていた期間中、鉄道各社の売上高や利益がどこまで落ち込んだかについては、さまざまな形で報じられてきた。では、コロナ禍の前と比べ、費用はどのくらい減ったのだろうか。

一般的には経済情勢の変化などにより売上高が減少したら、費用も減らして利益の落ち込みを最小限に食い止めようとするものだ。しかし、鉄道事業は売上高の多寡にかかわらず一定程度発生する固定費の比率が高く、売上高の減少に合わせて費用も減らし、利益を確保することは難しいとされている。

コロナ禍前後の費用を比較

コロナ禍に直面して、鉄道各社は費用をどのくらい削減したのか。それを調べるため、国土交通省が毎年発表する「鉄道統計年報」を基に、JR旅客6社と大手私鉄16社、計22社の鉄道事業についてコロナ禍の影響をほとんど受けなかった2019年度と、年度を通じてコロナ禍の影響を受けた2020年度の比較を行った。

対象としたのは各社の鉄道事業(軌道事業などを除く)。費用については営業費(線路保存費、電路保存費、車両保存費、運転費、保守管理費、輸送管理費、運送費、案内宣伝費、厚生福利施設費および同収入控除、一般管理費、諸税、減価償却費の合計)を用いている。

まず、2019年度における鉄道各社の鉄道事業の費用水準について見ていく。各社間の比較を容易にするため、各社の営業費を営業キロで割って1営業キロ当たり営業費を算出した。


1営業キロ当たり営業費が最も大きいのは東京メトロ。次いで2位東急、3位京王、4位小田急、5位京急、6位相鉄と続く。

JRではJR東海の11位が最高で、JR東日本が16位、JR西日本が19位、JR九州が20位、JR北海道が21位、JR四国が22位となっている。

営業費は運行本数で大きく変わる

1位の東京メトロの1営業キロ当たり営業費は16億0884万円。22位のJR四国は4641万円。実に34倍もの開きがある。

同じ1営業キロ当たり営業費といっても、列車の運行本数は両社で大きく違う。運転士の人件費や動力費、列車の保守費用は運行本数によって大きく違うし、運行本数が多ければ線路が傷むため、線路の保守費用も多くなる。JR四国は非電化区間が多いため架線の保守費用があまりかからないといった要因もある。

その意味では、JR東日本は16位と下位にいるが、その理由はJR四国のように地方路線を多く抱えているからであり、山手線だけ取り出せば1営業キロ当たり営業費は東京メトロ並みのはずだ。私鉄各社の間で1営業キロ当たり営業費の金額が大きく違うのも同様の理由であり、東武、近鉄など路線網が広く郊外まで及ぶ鉄道会社は、数字が低くなっている。

これを踏まえた上で、コロナ禍の影響を大きく受けた2020年度は鉄道各社の1営業キロ当たり営業費はどう変化したか。削減率が最も大きかったのはJR九州の12.9%。次いで2位が西鉄、3位がJR東海、4位がJR西日本、5位が京成、6位が京王と、JRと私鉄が入り乱れる結果となった。


削減率が最も小さかったのは相鉄でわずか1.1%。東急との直通運転に備え、準備運転にかかる経費、車両の維持管理費や設備投資増に伴う減価償却費が増えたことが要因だ。

人件費削減率はJR勢が上位に

営業費の各項目から人件費を抜き出してみた。削減率が最も大きいのはJR九州で19.1%。次いでJR西日本、JR東海とJR勢が上位を占めた。


ただ、人件費の総額と1人当たりの人件費は分けて考える必要がある。1人当たりの支給額は残業代や賞与が減少したとしても、一時帰休制度による雇用調整助成金の活用で支給額はある程度維持されていることもある。また、人件費総額の減少の要因には、鉄道以外への業務への配置転換で鉄道の人員数が減ったということも考えられる。

続いて、線路、電路、車両などの修繕費。削減率が最も大きいのは京成で37.6%だった。次いで京阪の33.1%、西鉄の26.8%など。削減率は小さいのはJR東日本の1.8%やJR北海道の2.1%など。修繕費を大幅削減しなくても経営的にやっていけるという判断か、それとも修繕費を削れないところまで削っているからか。


運行本数減で動力費も減少

動力費の削減率は1位のJR四国の25.7%を除けば、ほとんどの会社が10%台。列車の運行が減れば動力費も減るので、ある意味当然の結果といえる。


続いては、営業費を構成する項目の運転費や線路保存費、車両保存費など主要なものについて、変化の状況を見ていこう。

運転費の削減率が最も高かったのはJR九州の13.1%、次いでJR西日本の12.4%、JR東海の10.6%でJR勢が上位を占めた。私鉄各社はコロナ禍においても一定の運行を維持した一方で、JRは長距離の臨時列車を中心に運行本数を減らした。これが運転費の削減として表れた。


線路保存費の削減率が最も高かったのは西鉄の36.2%で、次いで京成の33.3%。ほかにも東武、近鉄、京阪、JR九州なども2割以上削減している。車両保存費の削減率が最も高かったのは京成の15.3%。次いで西鉄の14.4%、東武の13.3%となっている。一方で、車両保存費を増やしたのは前述のとおり相鉄。阪急も増やしている。

案内宣伝費は削りやすい?

案内宣伝費の削減率が最も高かったのは小田急の70.3%、次いで京成の65.3%、京急の59.7%、JR東海の45.9%、阪急の45.1%と並ぶ。ほかの項目と比べると、削減率が高めだ。業務が安全運行に直結する線路保存費や運転費と比べると削減しやすかったようだ。


一般管理費の削減率が最も高かったのはJR西日本の24.9%。2位以下は東京メトロ、JR四国、名鉄、JR東日本と続く。一方で、南海、東急、京阪は一般管理費を増やしている。会社間の経営判断の違いが大きく出たようだ。一方で、減価償却費は2020年度に増えた会社のほうが多い。償却スケジュールが決まっているため、臨機応変に変えるのが難しいためだ。

2023年度は旅客利用の回復が本格化し、収入の大幅増は間違いない。費用についてはコロナ禍の状況に戻すのか、それとも業務を見直したことで削減を維持するのか。各社の思案のしどころだ。






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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)