大手食品スーパーのオオゼキが、商店街に小さな八百屋を開業したワケとは?(写真:筆者撮影)

日頃よく行く、お気に入りのスーパーはあるだろうか。東京を中心に41店舗。食品スーパー「オオゼキ」は、熱烈なファンがいることで知られる存在だ。

その理由は、生鮮食品の品ぞろえの多さ。品質とコスパに惚れ、引越しの際には、駅近ならぬ“オオゼキ近”を決め手にする人もいるという。

農作物を愛し、野菜や果物の品種を専門とする筆者にとっても十年来、気になって仕方のない存在だ。

そのオオゼキが、新業態の青果店を渋谷区に開業した。ひと目で新しさが伝わる店舗に違いない、と思ったら、昭和40年代に戻ったかのような小さな八百屋さん。13坪の売り場に、段ボールが積み上げられている。さらに支払いは現金のみで、オオゼキのポイントカードすら使えない。

時代に逆行しているようにしか見えない新業態。秘められた意図は何か。本プロジェクトの責任者に聞くと、そこにはスーパー「オオゼキ」の今の成功に危うさを感じ取った八百屋としての挑戦があった。

古い3階建てビルの1階に、昭和な八百屋が・・・

新店の場所は渋谷区幡ヶ谷の商店街。屋号は大関屋青果店。オープン日を待ちわび、開店時間前に新店舗に足を運んだ筆者が目にしたのは、古い3階建てビルの1階に入った昭和な八百屋。

狭いうえに、ぱっと見は、とくに新しさを感じられない。この2倍ぐらいの売り場と斬新な演出を予想していた筆者としては、正直、期待を裏切られた気持ちになった。


段ボールが積まれたある意味レトロな店頭。飲食店向けを意識した商品も(写真:筆者撮影)


大型スーパーに比べれば、1品目あたりの品揃えも少な目。それでも旬の栗は3種類あった(写真:筆者撮影)

確かに並べられた品物は高品質で鮮度抜群。ふつうのスーパーでは高価格帯の品物が半額で買えるイメージだ。だが、これはオオゼキでは当たり前。

一方、店が狭いために、品ぞろえは少なめ。1つの野菜1つの果物ごとに、不必要なぐらいに何品種もそろえている、筆者が思うオオゼキ最大の魅力が失われていると感じてしまった。

「圧倒的なコスパを武器に、都心の住宅密集地で勝負する新業態か。それとも、従業員教育の場なのか? ほかにも何か裏の意図があるはずだ」

ナゾを解明すべく、責任者に開店セールが一段落したタイミングで取材を申し込んだ。

大関屋青果店出店の意図は?


大関屋青果店オープン初日のメンバー。後列左から2人目が伊藤さん(写真提供:大関屋青果店)

青果専門の新業態出店プロジェクトを起案し、実行責任者として陣頭指揮を執っているのは、青果部門部長の伊藤一さん。18歳でオオゼキに入社して以来、青果部門一筋。乾物と青果で始まった大関屋の創業者から、直接指導を受けた世代だ。

伊藤さんはこう切り出した。

「弊社は八百屋から始まりました。魚屋でも肉屋でもないんです。おかげさまで最近では魚売り場も人気を集めていますけど、青果担当としては青果売り場こそが特別。オオゼキといえば野菜と果物。この自負を、大関屋青果店の屋号とこの店に込めています」

とはいえ、総面積が15坪で売り場面積は13坪。古い商店街の角地の空き物件に入居し、所狭しと段ボールを並べ積み上げただけの素朴な店舗だ。新しさを感じないどころか、もう40〜50年は営業を続けてきたかのようなレトロな佇まいなのだ。

大関屋青果店が出店したのは、甲州街道の下を走る京王新線幡ヶ谷駅から真北に延びる六号通り商店街。250メートルほどの細い路地の両側を小さなお店が立ち並ぶ。シャッターを下ろしたままの店舗はほとんどなく、いまも元気な商店街だ。


京王新線幡ヶ谷駅から真北に延びる六号通り商店街に出店(写真:筆者撮影)

「出店の意図は、原点に戻って1人ひとりのお客様の顔を見て売りたい。これに尽きます。日頃のオオゼキの広い売り場では、商品のよさを私たちが直接説明しきれず、お客様をご納得させきれない。この課題認識が出発点です。

スーパーという業態である以上、お客様全員にお声がけするのは無理です。一方、八百屋業態であれば、品種の違いや産地の違いといった能書きを直接お客様に伝えられます。本当はオオゼキでも手売りをしたいんですよ。それは無理だからこのお店を作ったんです」

確かに店頭でいくらPOPを工夫しても、青果1つひとつのよさや魅力は伝えきれない。スーパーでは、店員に商品について尋ねる客もまれだ。何でもネット通販で買えるようになったからこそ、逆に対面の声かけで売る価値は高まっているのかもしれない。


こちらが一般的なオオゼキ。オオゼキといえば品揃えがいい大型スーパーというのが通常だ。写真はオオゼキ下北沢店(写真:筆者撮影)


オオゼキ下北沢店こだわりのトマトコーナー。トマトひとつとっても品揃えは大関屋青果店とまったく違う(写真:筆者撮影)

不便なように見えて実は便利?

では、狭さゆえにオオゼキの魅力「圧倒的な品ぞろえ」を実現できない点についてはどうか。大関屋青果店ならではの提供価値は、いったいどこにあるのだろうか。

「オオゼキでは、各店舗の仕入れ責任者の権限で個店ごとに商品を仕入れています。そしてお客様のご要望に1つひとつ応え続けてきたら、今の品数になってしまった。したがって店舗ごとに並んでいる商品も値段も違うんです。ご覧のとおりこの店ではオオゼキと同じような品ぞろえはできません。その代わりに、狭いからこそお客様に選ばせないというサービスが可能になりました」(伊藤さん)

お客様に選ぶ楽しみを提供するのがスーパー「オオゼキ」で、厳選した品ぞろえでお客様を悩ませないのが大関屋青果店だというわけだ。


少ない品揃えの中に鉢植えが並ぶほっこり感も(写真:筆者撮影)

「品数が少ないぶん、いつ頃、何を仕入れる予定ですともお伝えできます。さらに『昨日買ったのはマズかった』って言われてしまったら、売った本人もモノがわかりますし、お詫びと反省、今後の対応策を一気に片付けることもできます」

確かにこれほどスピーディーなご指摘対応と業務改善はない。お客様相談室経由の電話やメールへの対応ではこうはいかない。

「商圏が狭いぶん、ほとんどのお客様の顔や家族構成がわかるのも強みでしょう。お客様には、ちょっと買いでいいので毎日来てほしいんです。いい品物を安くたくさん買ったって、家ですぐに食べずに保管していたら、味が落ちてしまう。だから、買いすぎに見えるお客様には、わざわざ少しにしたらと声をかけています。この先の値段について明確にお伝えできるのも小さなお店ならではですから」

新業態の大関屋青果店。想定外の出来事がいくつも起きたのではないかと思い、伊藤さんに尋ねてみた。

「それが何も起きていないんです。あるとしたら、広告をいっさい出していないにもかかわらず、これまでのところ想定の倍のお客様がいらっしゃってくれていることぐらい。ここの商店街は土日はほとんどが閉店しているんですけど、それでもうちにはお越しいただけています。今年の1月に2週間、阿佐ヶ谷で実験店を出して対策を練ってきた甲斐がありました」

個人客の評判は上々のようだ。業務用に使う青果を求める飲食店の反応はどうなのだろう。

「喜んでいただけていますよ。『仕入れにいかなくてすむようになった』とか『ロスがなくなったとか』。1日に何度も買いに来てくださる飲食店さんもできました。

いまさら八百屋が開店するなんて、普通じゃありえない話じゃないですか。コンビニさえあれば用が足りるという時代ですし。でも一方で、都心の住宅街の小さな店だからこその親切さや丁寧さも求められているはず。大関屋青果店を、都心にありがちな人とのつながりの希薄さを補う場にしたい」


大型店ではあまり目立たない人情味あふれるPOPも。店長セレクションでこんな商品も並ぶ(写真:筆者撮影)

「能面」になりがちなお客の表情は・・・

伊藤さんのこの思いが世の中に求められているのかどうかの答えは、大関屋青果店が今後どのぐらいの早さで出店されていくのか、何店舗にまで広がるのかではっきりするはずだ。

率直なところ、大関屋青果店は遠くから買い物に出かけるような店というわけではなかった。一方で、近所の住民にとっては店員がフェイストゥフェイスで商品知識などを伝えてくれるという点で、これまでにはなかったメリットがあるはず。

大関屋青果店と、都心の住宅街で客を奪い合うコンビニと小型食品スーパーとの違いという点で、もう1つ気づいたことがある。それは客と店員の表情だ。

大型スーパーなどが推し進めるセルフサービスは買い物客と店員を“能面”にする。それとは真逆の八百屋業態には、効率化の中で消えていった人と人との体温がある。都会の孤独死も社会問題化していく時代、こうした店がその対策としても力を発揮していくのかもしれない。そうした点でも、大関屋青果店は重要な挑戦をしているように思えてならない。

(竹下 大学 : 品種ナビゲーター)