シュークリーム社長にどらやき社長…シャトレーゼが社内に120人の「社長」を置いているワケ
■経営のヒントは「ゴルフ場の再生」にあった
シャトレーゼは和洋菓子の製造小売りで知られるけれど、グループとしては他にワイナリー、ホテル、旅館、ゴルフ場も経営している。特にゴルフ場などは経営者の道楽でやっていると思われがちだが、シャトレーゼのそれはちゃんと事業として成り立っており、しかも、同社の経営戦略のひとつ、「プレジデント制」のきっかけともなった。
この連載のためにわたしは山梨県にある本社に出かけた。1時間40分ほどインタビューをしたのだが、ゴルフ場経営について聞いた時、会長の齊藤寛は初めて「それ、とてもいい質問ですね」と言った。
きっと、それまでに聞いたことは取るに足らない質問だったのだろう。
深く反省しながら、その場で彼の説明を聞くことにした。
「私が66歳の時、ちょうど2000年頃です。一度、経営を後継者に譲ることにしました。それまでワンマン経営でやっていましたから、そばにいると、口を出すことはわかっていました。それで、北海道へ行くことにしたのです。
岩見沢に近い栗山町という人口1万人超の町にゴルフ場があったのですけれど、これがつぶれそうになっていて再建してくれと頼まれたわけです。僕はお菓子だけでなくゴルフ場もできるぞというところを見せてやりたくて。それで出かけていくことにしました。
町から離れた丘の上のゴルフ場で設備は豪華でした。でも、競争相手がいくつもあって、とにかく人が来なかった」
■まずは「ゴルフをしない客」を呼び込んだ
「再建するためにやったのは、まず、ロビーや玄関の造作を取り外してシャトレーゼの店を作ったんです。それだけで多くの人がやってくるところになりました。また、レストランを夜まで開けました。通常、ゴルフ場のレストランは昼だけです。しかし、おいしいディナーを出すことでゴルフをやらない人もやってくるようになりました。ちなみに、今は19のゴルフ場をやっています。いずれも再生させて皆さんに楽しんでいただいています。
どのゴルフ場でもデザートとサラダは無料です。途中の売店にはアイスクリームも置いてあります。これももちろん無料。ゴルフ場の再生といえばゴルフをやる人だけをお客さまとして考えて、会員をなるべく多く集めようとしたものばかりですけれど、私はゴルフをしない人にも来てもらって飲食の売り上げを高めていったのです」
世の中にゴルフ場経営者は数多い。しかし、ゴルフという業界の枠組みのなかだけでビジネスを考える。会員権収入やゴルフプレーヤーを集客して売り上げを伸ばそうとする。だが、アウトサイダーの齊藤は自分の強みであるシャトレーゼの商品を活用した。そうして飲食の売り上げを伸ばし、ゴルフ場をヒット商品に仕立てたのである。
■満足して戻ってきたら、本業が傾いていた
ゴルフ場を再生させて、山梨へ戻った時、齊藤は愕然(がくぜん)とした。500億円近い売り上げが1年ほどで400億円へと減ってしまったのである。後をまかせた人間は仕事もよくできた優秀な人間だった。だが、売り上げを減らしたので、次の人間に代わった。しかし、その人間もまた売り上げを伸ばすことができなかった。売り上げが減った理由はどこにあったのか。
「何をやったのか?」と問い詰めても、「会長(齊藤)がやったことを真似しました」と言うだけ……。
その時、齊藤は自らの頭のなかを整理してみた。
「ええ、500億という規模が大きすぎたんです。あまりにも規模が大きいとなかなか経営はできない。会社をまかせた人間がいけないのではなく、私の判断が間違いだった、と。会社が500億の規模になると、知らず知らずのうちに社員は安心して会社に寄りかかってしまうんです。売り上げが減ったのは危機感の欠如です。漫然と業務をこなしていて、売り上げが伸びるはずがないんです。
そこで気がついたのは、ゴルフ場を始めたときのことでした。私はゴルフ場の支配人を、シャトレーゼからゴルフをやらない人を呼んだんです。僕は社長で支配人はシャトレーゼの人間。僕は支配人をマンツーマンできたえました」
■全事業のトップではなく、「シュークリーム社長」を作ればいい
「従来からゴルフ業界にいる支配人は背広を着て、ああしろこうしろって威張るだけ。一方、シャトレーゼ育ちはお客さんを迎えて、バッグを下ろして、昼間になるとレストランで手伝って、夕方またお見送りして、率先して働く。それで経営はうまくいきました。
500億のシャトレーゼをやらせたらうまくいかないけれど、5億から6億くらいの規模のゴルフ場なら誰でもできる。これは、家業的な企業経営をすればいいんだ。
つまり、5億くらいの中小企業規模の会社であれば人はやれるのです。突然、500億の会社経営は難しいけれど、10億円くらいまでなら嬉々としてやる。
そうか。それなら事業を10億くらいの規模に分けて、その責任者をすべて『社長』にすればいい。そう思ったのです」
齊藤は会社に「プレジデント制」を導入した。事業規模を数億円程度に分けて、それぞれに社長(プレジデント)を置く。ゴルフ場ならばひとつのゴルフ場がひとつの会社だ。工場であればシュークリームの製造ラインの責任者が「シュークリーム社長」になる。どらやきの製造ラインであれば、どらやき社長(プレジデント)だ。営業部門であれば10店舗から20店舗の統括者であるグループ長が社長(プレジデント)となる。
■月額目標を達成すれば最大40万円の報奨金
齊藤がプレジデントたちに言ったのは「家業だと思ってやれ。迷ったら三喜経営に照らして考えろ」のふたつだけだ。
三喜経営とは1967年、社名をシャトレーゼとした時に制定した企業理念だ。
「お客様に喜ばれる経営」
「お取引様に喜ばれる経営」
「社員に喜ばれる経営」
新商品を開発したり、販売したりするときでも、社長(プレジデント)は3つのうち、ひとつが欠けていないかどうか考える。自分たちにとって利益が上がる商品であっても、客、取引先に負担のかかるようなものは商品にしない。
社長(プレジデント)としては迷わず経営ができる。
齊藤は「社長たちが頑張ればホールディングスから報奨金を出します」と言った。
「今はシャトレーゼとグループ企業の全体で、120人ほどのプレジデントがいます。彼らが頑張っているから全体の売り上げが上がり、成長するのです。そうして、そのなかから全体を背負って立つ経営者が現れればいい。
プレジデントたちは数値目標を持っています。月額目標を達成したプレジデントには報奨金を出します。多ければ40万円になります。毎月ですよ。銀行振り込みではなく、社長から渡します。プレジデントはそれをまた部下たちに分ける。目に見える形でもらうからまたやる気が出るんです」
■自分の後継ぎを探すとなると難しいが…
では、各社長(プレジデント)を束ねるシャトレーゼの社長は何をやればいいのか。
齊藤は「はい、それもまたいい質問ですね」と少し笑った。
「シャトレーゼの社長は将来を考えることが仕事です。社長というのは、現場の仕事を束ねて、今度は次の目標であるグループ売り上げ1兆円に向けてどういうことを今やらないといけないかを決める。お菓子だけでなくゴルフ場もホテルもまだまだやります。
自分の後継ぎというのはなかなか難しいです。だから細かく分けたらいい。そうしてそのなかから成功した人を将来の幹部にすればいい。社長はそのなかから出てきますよ」
インタビュー取材の後、シャトレーゼの本社工場を見学した。検査をクリアし、徹底的な消毒を施したうえで、シュークリームとデコレーションケーキの製造ラインを見た。
わたしはトヨタの工場、他の自動車工場を100回以上、見学している。工場設計者、生産技術、生産管理といった専門家と一緒にプレス工場から組み立て工場までを見学しているから、工場であればどこを見ればいいかがわかる。
■シャトレーゼの工場は、トヨタの工場に似ていた
まず、ダメな工場は汚い。仕掛品や部品がライン間に置いてあったりする。掃除が行き届いていない。また、人がつらそうに働いている工場もダメだ。重い荷物を苦しそうに持ち上げていたり、いらいらとした様子をしているところはレイアウトが悪かったり、過重労働だったりしている。また、工場内に標語がべたべたと貼り付けてある工場もよくない。働いている作業者は「頑張ろう」みたいな標語を見て喜ぶことはない。
トヨタ自動車の工場は合理的で、人が楽に働くことができるようになっていた。
そしてシャトレーゼの工場もまたトヨタの工場に似ていた。清潔で整頓されていた。標語はふたつだけ。うちひとつは「7つのムダ」という、トヨタの標語が廊下に貼ってあった。
シュークリームの製造ラインを見たら、ほぼ自動のラインだった。原材料の生地を鉄板に載せるとオーブンのなかを通っていき、生地は膨らんで焼きあがる。その後、機械が生地に穴を開け、生クリームを注入する。そして、初めて人間がライン際で生クリームの余分をふき取る。あとは自動的に包装される。
一方、デコレーションケーキは人力だ。ラインの横に人がついて、ケーキの上に生クリームを絞り出し、いちご、ぶどう、チョコレートなどを載せていく。
シュークリームのように製造工程が少ないものは機械が作り、デコレーションケーキのような機械化するには複雑な工程があるものは熟練した作業者が仕上げる。手作りの良さを残した商品を作っている。
■マリトッツォやバスクチーズケーキは作らないワケ
創業者で現会長の齊藤寛が考えたヒットの法則は経営とシステムだ。シュークリーム、バターどらやき、粗搗き大福といったものはレシピが特別なわけではない。同業他社よりも新鮮な原材料を直接仕入れて、大量に生産することで価格を下げた。そして、齊藤はマリトッツォとかバスクチーズケーキのようなトレンド商品は作らない。商品寿命が短いものは大量生産すると必ず余ってしまうからだ。誰もが食べる、飽きのこないものを作っている。
そして、ヒット商品は経営戦略で作る。製造小売り、ファーム・ファクトリー、ジャスト・イン・タイム、家業経営といった経営戦略を確立させることでヒット商品が続く体質を作った。
ヒット商品をひとつ作るだけであれば斬新なアイデアとクリエイティブな開発チームがあればなんとかなるかもしれない。しかし、ヒット商品をいくつも出そうと思ったら、経営を変えなくてはならない。
それには時間と勤勉な努力がいる。シャトレーゼの前身、今川焼き風のお菓子「甘太郎」の店が甲府市にオープンしたのは1954年のことだ。齊藤寛は60年以上も精魂込めて菓子の開発、製造と経営にかかわってきた。同業他社がなかなか真似できないのも当たり前かもしれない。
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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)