父・渡辺俊介と同じサブマリンの東大野球部・向輝。参考にするのは牧田和久と中川颯で「父の投げ方はやりづらい」
文武両道の裏側 第12回
渡辺向輝(東京大学) 後編
球界を代表するアンダースロー投手として活躍した渡辺俊介さん(元千葉ロッテマリーンズ、現・日本製鉄かずさマジック監督)を父に持ち、自身も下手投げのピッチャーとして東京大学野球部でプレーしている渡辺向輝(こうき)投手にインタビュー。前編では幼少期から高校時代の文武両道について語ってもらったが、後編では受験勉強や東大野球部での目標などについて聞いた。
父と同じくアンダースローでプレーする東京大学1年の渡辺向輝さん
* * *
化学は1点、E判定から猛勉強
ーー高校最後の大会を終えたあと、野球から勉強への切り替えはうまくいきましたか?
渡辺向輝(以下、同) 切り替えのきっかけとなったのは、模試の結果だったのかもしれません。最後の試合に負けたあとに受けた模試の結果がものすごく悪くて、東京大学はE判定でした。しかも、F判定に近いギリギリのE判定で、本当に大変な成績でした(笑)。化学の点数は1点で。その結果がきっかけで一気に勉強をやり出しました。
ーー切り替えとは、具体的にはどんな行動を?
まずスマートフォンを手放して、あと夏の甲子園も見ちゃっていたんですけど、見たら野球のことを引きずっちゃうなと思って見ないようにして。勉強はとにかく基礎からやり直しました。高校1年の範囲くらいから全部です。
ーーその成果が実感できるようになってきたのは、いつくらいからになりますか?
秋の東大模試ですね。10月の終わり頃で、B判定が出ました。
ーー約3ヶ月で、そんなに成績を上げたんですね。
一気に上がったその期間で力を入れてやっていたのが問題演習でした。部活をやっていた頃、通学の電車などで教科書をひたすら読むのを毎日繰り返していたので、その知識を使って、今までやって来なかった問題演習をひたすら解きました。
ーー電車での勉強が活きましたね。海城(東京都新宿区)から距離がある千葉県に住んでいてよかったですね!(笑)その他に向輝さんらしい勉強方法はありますか?
高校の受験期に入ってから英語が得意になってきたんですけど、そのきっかけが東京五輪でした。五輪の時に、選手村の映像とかがYouTubeに上がっていて、海外選手たちが部屋や設備を紹介したり。そうした動画を見るようになって、一気に英語ができるようになった気がします。
ーー今っぽい勉強法ですね! みんなYouTubeを活用して勉強しているんですか?
そうですね、学校でも勧められました。なので海城の知り合いで東大に受かった人は、そういうデジタル系を使っていたイメージがあります。特にリスニングは、最近の流行りなのかもしれないですが、YouTubeで外国の方がリスニング専用の動画を作ったり、日本人が外国人に英語でインタビューして字幕を書いてくれている動画などがたくさんあるので、そういうのを見て鍛えることができました。
ーーそして見事に現役で東京大学の理科二類(※主に農学部・工学部・理学部・薬学部で構成)に合格しました。向輝さんが理二を選んだ理由はあったりしますか?
自分は理系科目が得意だったというのと、あと理科二類のほうが入りやすいので。それと以前、飼い犬が死んじゃった時に獣医学部に興味を持ったことがありました。いろんな理由があって理二にしました。
ーー今も獣医学部には興味がありますか?
今も興味はあるんですが、野球のほうがなかなか忙しくて、野球に集中している分、勉強のペース配分が厳しいかなって感じです。
オンラインでのインタビューに応える向輝さん
ーー向輝さんにとっての東大野球部のイメージをちょっと教えてもらえますか?
高校時代に、現在ヤクルトスワローズの宮台康平投手(※神奈川・湘南高校から現役で東大文科一類に入学。2017年ドラフトで日本ハムファイターズ入団)を、たまたまYouTubeか何かで見かけて、その時に東大野球部がいいなと思ったんです。
入部した当初は、野球を高校の3年間やって、しかも勉強もしてきて、という人たちが集まっているところなので、みんなきっちりしているのかなってイメージでした。理論的に野球をやっているのかなという。
ただ実際に一緒に練習していると、みんな勉強をしている感じがあまりなくて、野球が好きなんだなと、感じています。もちろん理論的な人もいますが、意外と理論だけじゃなくて感覚的にやっている人もいて、思ったより頭だけではなく、ちゃんと身体も使っている感じです(笑)。
ーー先ほど名前が挙がったヤクルトの宮台投手は今シーズン、1軍の公式戦で再登板を果たし、現在東大4年生の松岡泰希捕手はプロからも注目されているようです。向輝さんから東大野球部の先輩たちはどう見えていますか?
現在4年の先輩たちのレベルがものすごく高いと思います。松岡さんも、宮?(湧/外野手)さんとか、あと井澤(駿介/投手)さんとかみんなうまくて、しかも勉強もやってきたのは本当にすごいと思います。今の東大野球部は、惜しい試合もけっこうあるので、あとちょっと、もうちょっとという感じがしています。
ーー東大野球部にこれからどのように貢献していきたいですか?
身体づくりからと思うんですけど、何年かあとに、先発ピッチャーとしてチームを勝たせられるようになりたいなと思います。勝つことができたら、やっぱりそれはうれしいですよね。
ーーチームとしての目標は、何になるのでしょうか?
自分がいる間に野球部としては、最下位から抜け出すことです。
ーー意外と、リアリスティックな反応だと思ったんですけど、優勝や上位が目標ではないんですね?
優勝できるなら、もちろんしたいです。けど、現実問題として最下位を脱出しないと次にいけないと思います。
ーー6月のフレッシュトーナメントで神宮のマウンドに立ちました。どんな気持ちでしたか?
やっぱり、フレッシュトーナメントですらお客さんがけっこう入っていたので、六大学野球の注目度の高さはすごく感じました。
ーー投げてみて、自分に足りないものが見えてきましたか?
まずは受験期で身体がものすごく鈍ったので、とにかく動くことを意識しています。ずっとオーバースローだったのをアンダースローに変えたので、まだ下から投げるための身体づくりがうまくできていないんです。
実戦に入れてもらって、アンダースローで投げるいいフォームも見つけつつ、配球もまだわからないことが多いので、先輩のキャッチャー、それこそ松岡さんにも教えてもらいながら、やっているところです。
ずっと野球をやってきましたが、今が一番野球にかけている時間が長いですね。
ーー現役時代のお父さんをはじめ、参考にしているアンダースローの投手はいますか?
立教大学で活躍して、オリックス・バファローズに入団した中川颯投手の当時のデータを見ながら配球を勉強しています。中川投手は、ボールの質で打者を抑えているイメージがあります。スライダーなどの変化球の質が高いイメージです。
牧田和久投手(埼玉西武ライオンズほか)は、タイミングの崩し方がものすごくうまいなと思います。このタイミングでバッターは絶対に突っ込んでくるだろうから、時間を空けてやろうというような、頭を使って投げていてとても参考にしています。
父親の投げ方は、どうなんですかね。前後を使っているイメージがあります。バッターが前に突っ込むか後ろに刺されるかという、ほとんどそれだけで抑えている印象があって、本人もそういうふうに言っていました。どうしても自分は父に比べて身体が小さいので、腕のリーチが短くて、それがちょっとやりづらいなと思います。
一応、父からはいろいろとアドバイスをもらう時に、その前後の話をしてもらうんですけど、そっちよりも牧田投手のほうが自分に合っているかもしれないと思いました。
ーー東大受験の時に勉強で一気に成績を上げたように、野球でもグオッと一気に力をつける時が来るかもしれませんね。
確かに勉強はそういう上がり方ができたので、野球も何かがきっかけで、上がってくれたらうれしいなというのはあります。高校の監督からは「おそらく大学で一気に伸びる」と、応援してもらっています。
それは父親にも言われたことがありましたし、大学4年間で活躍したいので、アンダースローに関してはいろいろ聞くようにしていきたいと思っています。
ーーその先には社会人野球やプロ野球も見据えていますか?
身体がとにかく小さいので、おそらく無理だとは思うんですけど、ただプロや社会人で野球を続けている先輩を見ていると、もしもそういう機会があれば、できるならやってみたいなという意思はあります。
ーー最後に、向輝さんの「文武両道」を教えてください。
文武両道は、自分がやりたいこととやらなければいけないことを両方、同時にできている状況だと思います。野球という自分のやりたいことをやるために、勉強は絶対必須だと思います。文武両道をすることで、周りの人たちも自分のことをいろんなことができるうえで、自分のやりたいことをやっているというふうに見てくれるようになると思うんです。
勉強をやっていないで野球だけをやっていたら、「あの人は野球しかやってない」とか、「自分のやりたいことしかやってない」と言われてしまう。これは、小さい頃から両親にずっと言われていたことなんですが、やっぱりそうなんだなと思いますね。
終わり
インタビュー前編「東京大学野球部・渡辺向輝「自分で答えを見つけるのが好き」。偉大な父・俊介にピッチングを学ばなかった少年時代」>>
写真提供/東京大学野球部
<プロフィール>
渡辺向輝 わたなべ・こうき
2004年、千葉県生まれ。小学3年から野球を始め、海城中学・高校では投手を務めた。2022年、東京大学理科二類に入学し野球部に所属している。父は、千葉ロッテマリーンズなどで活躍した"ミスターサブマリン"の渡辺俊介さん。