日本サッカー協会とパートナーシップ協定を締結しているドイツの名門クラブ、バイエルン・ミュンヘンが今夏、日本で『FC BAYERN FOOTBALL CAMPS JAPAN』を開催した。

 このキャンプは男女それぞれで行なわれ、男子の場合は2006年〜2007年生まれが対象。キャンプ参加者から選ばれた優秀な選手が「FC BAYERN YOUTH CUP JAPAN」に出場し、さらにそこから選抜されたメンバーが、ドイツ・ミュンヘンで開かれる「FC BAYERN YOUTH CUP WORLD FINAL」に日本を代表して出場できるというものだ。


昨季、前人未到のブンデスリーガ10連覇を達成したバイエルン・ミュンヘン

 今回、男子部門のトレーニングを担当したコーチは、ドミニク・フォーグルジンガー。度重なるヒザのケガもあり、24歳にして指導者の道を歩み始めたフォーグルジンガーは、母国・オーストリアのクラブはもちろん、レッドブル・ガーナでもコーチを務めるなど、多彩な指導経験を持つ。また、選手指導だけでなく、指導者養成にも注力しており、指導書の著書も持つ"コーチのコーチ"でもある。

 そんな選手育成のエキスパートに、今回の来日の機会を利用して、バイエルンが考える選手育成の哲学や求める人材の素養などについて話を聞いた。

「こんなに日焼けしてしまったよ」

 日本の夏のあまりの暑さに驚き、そう言って苦笑いを浮かべるフォーグルジンガーに、まずはキャンプに参加した日本の選手の印象を尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。

「ピッチに入ったその瞬間から、強い意欲を持って取り組んでくれる。いろんな個性を持った選手がたくさんいて、いい選手ばかりでした」

 このキャンプは世界各地で行なわれているがゆえ、そこでは当然、"お国柄"も表れるようだ。

「日本ではトレーニングに遅れてくる選手も一切いないですし、開始の5分前には全員がそろっている。それには本当に驚きました(笑)。礼儀を守りながら行動するのは、すばらしいことだと感じます。

 ただ、ピッチ外の振る舞いはすばらしいし、尊重するべきところがありますが、ピッチのなかでは違う一面を出していかなければいけない。一歩ピッチに入ったら、しっかりと自分の意思表示をする。その必要性が、もう一方ではあると思います」

 では、このキャンプを通じて伝えたい、バイエルンの育成フィロソフィーとはどんなものなのか。そして、バイエルンがこの年代で求める人材とは、どんな選手なのだろうか。

「しっかりボールを保持してダイナミックにプレーすることで、ゲームを支配する。今回のキャンプもそうですが、その方針の下で今はやっています。

 また、技術的、戦術的なことはもちろんですが、それにプラスして、しっかりとコミュニケーションをとることも大事ですし、最後まで諦めないとか、自信を持ってプレーするとか、そういう気持ちの部分についても、このキャンプを通じて伝えたいと考えています。

 バイエルンが求める選手については......、すごく大きな、漠然とした質問なので答えるのは難しいのですが......(苦笑)、まずは勇気を持っていることが一番大事。あとは、自信も大事ですし、それを表現することも大事になる。

 当然、ベースとなるテクニックなどは必要ですが、選手によって何が必要かはそれぞれ変わってくるものなので、彼らが10年後にプロのピッチに立つことを考えて、私たちはサポートしていかなければいけません」

 とはいえ、そうした考えがベースになっているのだとしても、サッカーにもいわばトレンドがあり、常に変化し続けている。フォーグルジンガーは、だからこそ、必要なことがあるとも強調する。

「選手が自立して、いろんな可能性を自分で獲得できるようにすることです。毎回こちらから指示を与えるのではなく、自分たちでしっかり考えてやれるようにならなければいけない。そこでは当然、彼らの『なぜ?』にこちらは答えてあげなければいけないので、しっかりと話して、コミュニケーションをとることが必要です。そうすることで、選手は自分で考え、消化し、自分のものにし、自立していきます。

 そして、もうひとつのポイントは、人間的にも成長しなければいけないということです。彼らがこちらに対して、コーチだからとか、年齢が上だからとおどおどするのではなく、彼らが勇気を持って質問したり、自分の意見を言ったりすることができる環境を作ってあげることが大切です」

 当然、トレーニングメニューもそれに沿ったものが提供されなければならない。

「脳で考えるとか、認知のところに刺激を与えるようなトレーニングを入れていて、実際に彼らが声に出して自分の考えをうまく伝えられるように、そういう部分を含めて、考える力を養えるようなアプローチもしています。

 試合はプレッシャーが高いなかで行なわれますし、クリアティビティ(創造性)を伸ばさなければいけません。難しい状況でも、できるだけ多くの選択肢を持ち、その時に最適な選択ができるというのがクリアティビティ。そういう部分を引き上げられるようにアプローチしています」

 現代のサッカーを見ていると、特に最近の顕著な傾向として表れているものとして、非常に細かな戦術を駆使するチームが台頭していること。そして、選手には高いフィジカル能力が求められるようになっていることが挙げられる。

 こうした傾向もまた、選手育成に影響を与えているのだろうか。

 まずは、細かな戦術を理解する能力について。

「たとえば、(現在マンチェスター・シティの指揮官である)ジョゼップ・グアルディオラのサッカーは、最初は理解するのが本当に難しい。ですが、そこでもやはり、まずはクリアティビティがすごく大事で、その下にあるもののひとつが、インテリジェンスだと考えています。

 選手というのは、試合のなかでたくさんの情報を集めて処理して、それを自分のなかに落とし込んで表現していくことがすごく大事になる。そのためには、たくさん考えないといけません。そこではコーチが、『キミは今ここにいなさい。次はここ。次はここ』と、毎回伝えることはできないのですから、だからこそクリアティビティを大事にして、自分で考えてプレーしなければいけないのです」

 続いて、フィジカル能力について。

「もちろん、体の強さやフィットネスは大事な要素のひとつです。サッカーという競技自体がダイナミックになっていますし、強度も高まっていますから、ケガの予防も含めて、体のコンディションを高めていかなければいけません。そのためには、ただ筋トレをして筋肉をつけるとか、体を大きくするというだけでなく、柔軟性とか、可動域を広げるといったところに対してもアプローチした練習を取り入れる必要があります。

 今回のキャンプでも、それがなぜ必要で、どうやって体をケアすればいいのか、ということをわかってもらうよう、実際に彼らにトレーニングで体験してもらいました」

 そして最後に、今回のキャンプに参加した日本の選手たちに期待することを尋ねてみる。

 すると、フォーグルジンガーは「今回の選手たちは一人ひとりが、本当にすばらしいメンタリティを持っていて、結構強度の高いトレーニングをやったのですが、常にもっとやりたい、もっとうまくなりたいという気持ちが伝わってきました」と言って、本当にうれしそうに笑い、こう続けた。

「(キャンプから選抜されてミュンヘンに行ける)10人をチョイスすることはキャンプの目的のひとつではありますが、それ以外の選手もすごく大事です。なので、彼らに対しても何ができて、何が足りなくて、それをどう克服していけばいいのか、という情報をきちんと渡すつもりです。そのうえで、できれば来年また、同じピッチで会いたいですし、どれくらい伸びたかを見る機会があったらいいなと思っています」