「俺の言うことを聞け!」「俺にゴマするな!」。闘将・星野一義監督の育てた強いカルソニックブルーが帰ってきた!
スーパーGTシリーズもいよいよ後半戦。8月27日・28日には鈴鹿サーキットで第5戦が行なわれた。注目のGT500クラスは、トラブルやアクシデントで大波乱の展開となる。結果、最後尾からスタートしたナンバー12のカルソニック IMPUL Z(平峰一貴/ベルトラン・バケット)が大逆転で優勝を飾った。
前回の第4戦・富士でも、12号車はトップを追い詰める走りで2位を獲得。またも力強いレース運びを披露し、「強いカルソニックブルーが帰ってきた」という印象を強く刻んだ。
カルソニックカラーの「ナンバー12」は名門中の名門
12号車のチーム・インパルといえば、「元祖日本一速い男」として知られる元レーシングドライバーの星野一義氏が率いる国内屈指の名門チームだ。星野監督が現役時代に駆っていたスカイラインGT-Rに憧れて、レースファンになったという人も少なくないだろう。
また、星野監督と言えば勝利への執念がすさまじいイメージが強く、監督となった今でもレース中は鬼気迫るオーラを放っている。勝てば大声を出して喜び、負けるとテレビカメラを近寄らせないほどの剣幕になる時もある。チームスタッフに対しても、頑張って結果を残せば褒めるが、少しでも気が緩んでいると厳しい檄を飛ばす。まさに「闘将」だ。
ただその厳しさは、現役時代に1000馬力を超えるマシンでル・マン24時間レースを戦うなど「レースの修羅場」をくぐり抜けてきた経験があるからこそ、生ぬるい考えや妥協が一切許されないことを知っているが故のこと。ドライバーのみならず若いスタッフにも一人前になってもらうべく、"星野流"で人材育成に取り組んでいる。
そんな星野監督のもとで今季ドライバーを務めるのが、GT500クラス3年目となる30歳の平峰一貴と、ベルギー出身で2014年からスーパーGTに参戦しているベルトラン・バケットだ。
令和でもブレない星野流平峰はかつてホンダの育成ドライバーとして全日本F3選手権を戦っていたが、ホンダ陣営から離れることになったあと、GT300クラスでコツコツと実績を積み重ねていた。そして2020年、GT500クラスにステップアップするチャンスを掴み、チーム・インパルへの加入が決まる。
当時の平峰について、星野監督は振り返る。
「ホンダの育成から外れた平峰がウチのチームに来るので、『よし、俺が磨いてやる。だが、言うことを聞け!』と。また這い上がってもらいたいという想いで、磨き直そうと思った。周りの評価とかそういうのもあるけど『そんなのは関係ない!』と言って、そうやっていくうちにどんどんよくなっていった」
一方、平峰も星野監督への思いを語った。
「星野監督からたくさんのプレッシャーを与えてもらいました。時には監督部屋でふたりきりになって『ここが足りてないから、ここをやれ!』『何とかしろ!』『俺の時はこうだった!』と、いろんな話をしてもらって奮い立たせてもらいました。
でも、そこに愛があるので。僕はこのチームが好きですし、星野監督はドライバーに対する愛情が本当にすごいです。それがあるから、力を出しきれる原動力になっていると思います」
ホンダ系のドライバーとして長年活躍し、今年から日産に移籍したバケットに対しても、星野流のスタンスは変わることはない。
「今年は新たにバケットが加わったけど、『いいか、ウチは意欲と速さがないとダメだから! 俺にゴマをすっても意味はないからな!』と口すっぱく言い続けてきた。みんなお金をもらって、プロとしてハンドルを握っている。それがドライバーの仕事ですからね」(星野監督)
独特な星野流のスタンスも、バケットは理解済みだ。
「星野監督からたくさんの刺激を受けている。いい時は何も言わないんだけど、結果がよくない時は的確に足りないところを指摘して、『なぜ今ダメだったのか?』『もっとこうするべきなのではないか?』『ここを直さないといけない!』と厳しく突っ込んでくる。もちろん、怒られることもある。
でも、彼が言っていることは的確だし、すごくたくさんの経験を持っていて、チームの状況も見渡すことができている。どうすればチームが正しい方向に向かっていくかもわかっている。彼が言うことは、僕たちにとって強力な後押しになっている」
守る選択肢は1%もなかった第5戦の予選では、うまく歯車が噛み合わず15番手に沈んでしまった。もちろん予選後、星野監督から檄が飛んだことは想像に難くない。だが、それを起爆剤にしたドライバーとチームは、翌日の決勝で完璧な仕事をこなした。
レース序盤、まずはバケットがポジションを取り返すべく激走を見せる。ナンバー37のKeePer TOM'S GR Supraとのバトル時に130Rでコースオフを喫するが、バケットはアクセルを緩めることなくコースに復帰し、ポジションアップに努めた。
また、バケットはチェンジ後の展開を優位に進めるために磨耗が進むタイヤで粘り、1回目のピットインまでライバルよりも多い33周を走破。これも、レース後半に上位進出を果たす大きな伏線となった。
さらに、星野監督に育てられたチームスタッフも見せ場を作る。レース後半の49周目にGT300のマシンがクラッシュすると、チームはセーフティカーが導入されることを見越して、予定を早めて2回目のピットストップを決断した。
その決定からマシンがピットに停車するまで、わずか数十秒。しかし、事前に準備して構えていたメカニックたちの完璧な作業によってマシンはコースへ送り出され、一気に3番手に浮上できた。
そして今回、一番の分岐点となったのが、レース終盤での出来事だ。
ナンバー23のMOTUL AUTECH Zを追い抜こうとした際、12号車は幅寄せを受けてコース外まで追いやられた。幸いガードレールにクラッシュすることはなかったが、マシン前部の吸気口に芝生が詰まってしまったのだ。
このまま走り続ければ、エンジンの故障をはじめ、マシンに致命的なダメージを負う可能性もあった。だが、マシンを操る平峰をはじめ、チーム全員の頭の中に「トラブル防止のため、守りの走りをする」という選択肢は1パーセントもなかったという。
「コースオフをして少し問題は抱えましたけど、頭のうしろのほうで『お前、なんとかしろよ!』と監督から言われている気がして......。『絶対、もう一度追いついてやる!』という気持ちで、すべてを出しきろうと思いました」(平峰)
1995年以来の年間王者へ一方、チームスタッフもマシンにトラブルが出ないよう、攻めの走りをしながらも対策できることはないかと知恵を絞り、その方法を無線で伝えていた。
23号車は前述の交錯でペナルティを受けて後退。2番手に上がった12号車はトップを走るナンバー17のAstemo NSX-GTに追いつき、残り3周で逆転して最後尾から奇跡の優勝を果たした。
最後まで険しい表情だった星野監督だが、12号車がトップでゴールラインを通過すると、一転して満面の笑みを見せた。
「予選で最後尾になって、ドライバーに対する語気も強くなっていたけど、最近なかなかいいニュースを届けられなかったこともあって、なんとか今回はいつも応援してくれているカルソニック(マレリ)にトロフィーをプレゼントしたい......その一心でやっていました。
決勝では、ドライバーもスタッフも本当によく頑張ってくれた。特にスタッフが育ってきてくれたことで、すばらしいチームになってきたと思います。レース中も何も言わずに見ていられるようになりました。予選のポジションを考えると、4位か5位が精一杯かなと思うところもあって、正直ここまでの結果になるとは想像できなかったです。本当にウチのスタッフ、ドライバーはすごいですよ!」(星野監督)
ここ数年は不振の続いていたチーム・インパルだが、昨年の第5戦SUGOで5年ぶりの優勝を果たし、今年はここまで3度の表彰台を獲得する快進撃。ドライバーズランキングでも2番手を10ポイント引き離してトップに浮上した。
かつて、ライバルから恐れられていた「強いカルソニックブルー」が、星野監督が鍛え上げたドライバー、チームスタッフとともに今、蘇ろうとしている。全日本GT選手権時代の1995年以来となるシリーズチャンピオン獲得に、一歩ずつ近づいてきた。