16歳のプロ車いすテニスプレーヤー・小田凱人は、経験を積み重ねて今季飛躍中。全米オープンは「本気で優勝を狙いにいく」
2021年に史上最年少の14歳11カ月でITF車いすテニスジュニアランキング1位に輝いた、車いすテニスプレーヤーの小田凱人(ときと/東海理化)。その後は主戦場をシニア移し、今季は16歳で全仏オープン(5月)とウインブルドン(7月)に初出場。世界ランキングも6位まで上げている。着実に前進を続ける小田に、グランドスラムで世界のトップ選手と対峙して得た気づきを振り返ってもらうとともに、9月7日からの全米オープンに向けた意気込みを聞いた。
憧れの白いウエアで初めてのウインブルドンに臨んだ小田凱人
GSデビューの全仏はベスト4
―― 今年の全仏オープンの車いすテニスの部はドローが8人から12人に拡大され、当時世界ランキング9位だった小田選手のエントリーが実現しました。グランドスラム初出場決定を聞いた時の心境は?
小田凱人(以下、小田)クレーコートは得意なサーフェスだし、グランドスラムの全仏オープンには特別な思いがあったので、そこで戦うチャンスがあるってわかった瞬間は本当にうれしかったです。加えて、枠が拡大するということは車いすテニスがより認知されてきたということだと思うので、大きな存在になってきているんだなと改めて感じました。とにかく、僕にとってものすごく大きなモチベーションになって、本番までの練習を全力で頑張れました。
―― 実際にローランギャロスの会場に入った時、どんな気持ちになりましたか?
小田 会場の規模だったり、観客だったり、いろんなことが他の大会とはレベルが違って、思っていた以上に大きな舞台だと感じました。とくに健常のトーナメントと一緒の期間に同じコートでプレーできることは、すべての車いすテニスプレーヤーにとって刺激になっていると感じました。
―― 試合の緊張感はどうでしたか?
小田 1回戦は緊張感よりも、わくわく感のほうが大きかったです。ずっとプレーしたかった場所だったので、「ついに来たか!」と。パフォーマンスの硬さは少しあったけれど、「まだまだ上げていけるぞ」と感じていましたね。準々決勝で(リオパラリンピック金メダリストの)ゴードン選手から勝利できたのもうれしかったし、ホッとしましたね。
―― そして、準決勝では世界ランキング1位の国枝慎吾選手に2−6、1−6で敗れました。今年1月のメルボルンオープン以来の対戦でしたね。
小田 いい調子で大会に臨めていたし、優勝するチャンスも自信もありましたが、戦略的に負けてしまったなと感じています。1月の時は、それまで国枝選手と一緒に練習する機会も少なかったし、試合は初対戦だったから6−7、6−7と追い込めたんだと思います。今回はやはり研究されていると感じたし、グランドスラムという最高峰の舞台で何十回も勝ってきている国枝選手の力の大きさを痛感しました。
―― 2年後のパリパラリンピックも、車いすテニスの会場はローランギャロスです。パリを目指すうえで、このタイミングに本番会場でプレーできたのは大きいですね。
小田 はい。これも準備のひとつだと思っているし、早めに経験できてよかったなと思っています。クレーの感触みたいなものは会場によって違うんですが、ローランギャロスは硬すぎず、深すぎずで、車いすの選手からするととてもプレーしやすいと思います。それに、水撒きの頻度が多かったり、手間ひまかけてコート整備がされているので、選手は常にいい状態でプレーできるという印象でした。
クレーコートは車いすで動くと轍(わだち)ができるし、バウンドしたボールが結構高く上がるので難しいサーフェスだと思いますが、去年から徐々に経験を積んできて、クレーでの戦い方がわかってきました。もともと、なるべく早い展開でポイントを取る僕のプレースタイルにも合っていると思いますし、もっと試合を重ねて場数を踏めば、思いどおりにプレーできるようになると思います。
憧れの「真っ白」のウエアに袖を通して―― その後、世界ランキングを8位まで上げて、ウインブルドンはワイルドカードで出場が決まりました。フランスから帰国して、グラスコートへの準備期間は約1カ月。どんな練習をされたんでしょうか。
小田 実は、グラスコートの試合は経験がなくて、ウインブルドンが初めてでした。プレーしたことがないから、逆に相手の意表を突くようなショットが効くかなとか、いろいろ考えていましたが、低いボールが生きるサーフェスだから、スライスやスピンサーブの練習に時間を割きました。
―― 結果は1回戦でジェラード選手(ベルギー)に敗れました。実際にプレーして得た気づきや手ごたえ、そして課題はいかがですか?
小田 一番プレーしづらいサーフェスでした。クレーよりも速い展開が必要で、サーブが得意なジェラード選手に対して、なかなか自分のリターンでポイントが取れなかったです。車いすのトーナメントが2週目なので、始まる時点で芝が消耗されていて、ベースライン付近はクレーじゃないかっていうくらい砂の状態でしたし、イレギュラーもたくさんしてしまいます。ただ、逆に芝が削られている分、思ったよりも車いすを漕げたのが、いい意味で予想外でした。
――試合以外での思い出はありますか?
小田 ウインブルドンでは、名物のいちごを食べました! それから、ウインブルドンはやっぱり「真っ白のウエアを着る」というのがすごく楽しみだったので、実際にプレーできてすごくうれしかったです。僕にとってエネルギーになるというか、特別だなと思いました。
―― プロ宣言を経て、以前からの練習拠点でもある岐阜インターナショナルテニスクラブで指導を受けている熊田浩也コーチが、海外の大会も帯同するようになりました。これも飛躍のカギですね。
小田 一緒に海外ツアーも周っていけるのは、ものすごく心強いです。同じ現場で経験したことを、帰国してからも共有できますし、本当に有難いです。
―― SNSではメッセージを英語でポストされていますね。日本のみならず、海外のファンからも応援コメントが寄せられていました。
小田 海外ツアーを転戦しているので、英語で書くようにしていますね。フランス語やスペイン語は翻訳ソフトを使って。海外の選手が日本語で書いてくれたらうれしいなと思っているのでトライしています。英会話は成長したかなと思うけど、グランドスラム(のスピーチ)で話せるかって言われると......、緊張しちゃいます(笑)。
全米オープンは「絶好調の国枝選手との対戦が楽しみ」―― 現在、世界ランキングは過去最高の6位。全米オープンは、ストレートインでエントリーされる見込みですね。全米オープンもドローが「16」に拡張すると発表されています。意気込みを教えてください。
小田 本気で優勝を狙いにいきます。今季の前半は経験を積むことが目標のひとつで、後半はそれを結果につなげる必要があります。全米に向けてギアを上げてトップ3の選手にも十分に戦えるような実力を身につけなければいけないし、そうした大きな壁を乗り越える時期が今だと思うので、もっともっと頑張っていきたいですね。いい意味で緊張感を持って臨みたいです。
―― ウインブルドンを制して生涯ゴールデンスラムを達成した国枝選手は、全米オープンでは年間グランドスラムがかかっています。小田選手にとって、国枝選手はどんな存在ですか?
小田 国枝選手を超えることを目標にしているけれど、「本当に強い」「やっぱり強い」ということを、毎回感じます。ウインブルドンの決勝戦なんかを観ていると、本当に自分がそこまでのレベルにいけるのだろうかと、思い知らされますね。でも、もし全米オープンで対戦できたら、絶好調の国枝選手と試合ができるチャンスなので、大きなモチベーションになります。国枝選手と対戦することが、今はものすごく楽しみなんです。
―― レジェンドの存在は大きな刺激になりますね。ところで、16歳の小田選手はプロの車いすテニスプレーヤーであり、通信制高校の1年生でもあります。ハードな毎日だと思いますが、両立はできていますか?
小田 課題やレポートを海外の遠征先でやって、提出して、という感じですが......。間に合ってないし、ものすご〜く大変です(笑)。乗り越えなきゃいけない試練、ということで(笑)。
コーチが見る小田凱人とは?インタビューは熊田コーチにも同席してもらった。熊田コーチは、小田が中学生のころから岐阜インターナショナルテニスクラブで指導している。飛躍のシーズンを迎え、挑戦を続ける小田の成長をどう見ているのか話を聞いた。
―― 今季はグランドスラムという大きな挑戦がありました。ここまでを振り返り、収穫や課題についてどう分析されていますか?
熊田コーチ 練習ではイージーなミスを減らすという基本的なことに時間を割いてきました。自分から相手にポイントを上げちゃうような状況は減ってきた実感がありますね。課題は、好調を維持することです。車いすテニスはボールと身体の距離感をとるのがすごく難しくて、今日はよくても、次の日は全然うまくいかない、ということもよくあるんです。フェルナンデス選手との試合(7月のスイスオープンで勝利)は理想的な内容でしたが、毎試合それができるかというと、まだ半信半疑。自分の得意な形でポイントを取るパターンをもっと確立して、安定したパフォーマンスが発揮できる状態を常に作っていくこと、調子の波が少なくなるように練習していくことが、永遠の課題です。
―― グランドスラムを経験して、小田選手のテニスに取り組む姿勢に変化は見られますか?
熊田コーチ トップ選手と試合を重ねてきたので、そこでしっかり勝たなきゃいけないという自覚が以前より出たと思います。あとはトレーニングを自主的に積極的にやるようになりましたね。ただ、疲労の蓄積は落とし穴になりかねないので、ケガをしない体づくりはテーマのひとつに掲げています。身体を大きくするという感覚よりも、凱人の持ち味であるしなやかさや柔軟性を伸ばしていくイメージです。筋トレに関しては、専門家に任せてメニューを作ってもらっています。
―― 普段の小田選手の素顔は?
熊田コーチ メディア向けに話す時はモードがONで「しっかりしている16歳」というイメージがあると思いますが、普段僕とは洋服や音楽の話をしたり、休みの昨日はこんなことをしてきました〜、みたいな話もするし。僕から見ると、16歳の年相応のかわいらしい感じですよ(笑)。
―― 今、小田選手の活躍が大きな注目を集めています。熊田コーチは小田選手に、どんなプレーヤーになってもらいたいですか?
熊田コーチ やっぱり、ファンに愛されるテニス選手になってもらいたいですね。魅了するパフォーマンスはもちろん、コート上でのマナーや、試合後の立ち居振る舞いがちゃんとできて、「ありがとうございます」がちゃんと言える人になってほしい。日頃の指導では、そういう教育面も心掛けています。