宇宙の膨張を加速させている「ダークエネルギー」の影響を測定する観測装置「ダークエネルギー分光装置(Dark Energy Spectroscopic Instrument=DESI、デジ)」を駆使する科学者たちのチームが、この装置の運用が始まってからわずか7カ月で、これまでに実施された三次元探査をすべて合わせた成果より多くの銀河の位置を地図に描き出した。5年を予定しているプロジェクトはまだ10分の1の段階にすぎず、これからさらなる成果が期待される。

「史上最大規模の「宇宙の地図」が、ダークエネルギーの謎を解き明かす」の写真・リンク付きの記事はこちら

これまでにDESIは、壮大なクモの巣のように宇宙に広がる750万以上の銀河の位置を明らかにし、今後は最大で4,000万もの銀河を観測することになる。装置は米エネルギー省の出資を受け、アリゾナ州ツーソン近郊のキットピーク国立天文台にある口径4mのニコラス・U・メイヨール望遠鏡に設置されている。

DESIは地球から銀河までの正確な距離と天体が発した光の波長の幅を測定することで、観測の質と量の双方を確保できるようになっている。最終的には全天の3分の1に及ぶ14,000平方度もの範囲を観測する予定だ。観測データを分析した知見はまだこれからだが、特に天体物理学の分野で宇宙が膨張する仕組みの解明に役立つと考えられている。

「本当にわくわくする挑戦です。パンデミックのさなかでも前に進むことができました。途中で数カ月は停止を余儀なくされましたが、その後は状況に適応しています」と、この共同プロジェクトを主導するローレンス・バークレー国立研究所の研究者のジュリアン・ガイは語る。観測とデータ処理はほぼ自動化されており、チームの元には夜間に収集した10万もの銀河のデータが朝になると届くという。

「この装置がどれだけ優れた仕事をするのか、銀河までの距離を測定するに当たってどれだけ優れた設計なのか──実に素晴らしいものです。こうしたデータを集めてくる点において極めて有効な装置で、20年前では信じられなかったほどの精度です」と、カリフォルニア州パサデナにあるジェット推進研究所(JPL)のリサーチサイエンティストのジェイソン・ローズは語る。彼はJPLで宇宙望遠鏡による初期宇宙銀河の観測を手がけている、

先代の観測装置「スローン・デジタルスカイサーヴェイ」(左)と、ダークエネルギー分光装置(DESI、右)が捉えた光のマップ。宇宙の年齢が現在の半分以下だったころに発した光だ。

COURTESY OF D. SCHLEGEL/BERKELEY LAB USING DATA FROM DESI

一度に5,000個もの銀河のデータを取得

DESIは複数の装置から構成されており、14階からなる望遠鏡のドーム状の建物内に据え付けられている。望遠鏡の上端近くに位置する円形の焦点面は10個のパイ型の部分からなり、それぞれに小さな装置500個が搭載されている。これがDESIによる宇宙地図の作成の要だ。

鉛筆大の自動モーター計5,000個は光ファイバーを内蔵しており、誤差10ミクロン以内(人間の毛髪より細い)の精密さで各位置に納められている。これにより、5,000個の銀河の正確なデータを一度に得ることが可能になっている。望遠鏡が夜空の別の領域に焦点を合わせれば、また次の5,000個の銀河を測定できる、というわけだ。

これに対し、DESIの先行プロジェクトのひとつでニューメキシコ州南部の望遠鏡に設置された「スローン・デジタルスカイサーヴェイ」の場合は、測定ごとに望遠鏡の焦点にある円形のアルミ板に手作業で穴を開け、観測したい銀河の一つひとつに合わせて1本ずつ光ファイバーを差し込む必要があった。

望遠鏡の底部にはDESIの分光器があり、これがそれぞれの銀河の発する光を分解し、スペクトル(虹のような色の帯)が得られる。ここから銀河ごとの「赤方偏移」を測定すると、その銀河までの距離を算出できる(宇宙は膨張しているので、天体を発した光が地球から遠ざかって進むと、遠ざかるほど光の波長が長く伸びて赤く見える)。

目指すはダークエネルギーの実態解明

ガイのチームが現時点で手にしたデータからは、クモの巣のような複雑な銀河の構造が見えてくる。データには100億光年まで離れた銀河が含まれている。つまり、宇宙の年齢が現在の半分以下だったころに発した光をとらえていることになる。

晴れた夜空を見上げて天の川の全体像を捉えるには、個々の星をいくつか見つけるのではなく、一般的には空全体を見渡さなくてはわからない。DESIも同様に、壮大な規模の銀河の構造を明らかにするには、天空の広い範囲にわたって膨大な数の銀河を体系的に把握しなくてはならない。

DESIが取得した宇宙の3Dの「CTスキャン」の映像。地球は左下で、おとめ座、へび座、ヘルクレス座の方角に50億光年超の距離を見ている。動画が進むにつれ、視点はうしかい座とかんむり座の方向へと20度移動する。色のついた点はそれぞれが銀河を表し、各銀河は1,000億〜1兆個の星からなる。重力が銀河を引き寄せ、銀河団、フィラメント(糸状構造)、ヴォイド(空洞)からなるネットワーク「コズミック・ウェブ」を形成している。COURTESY OF SCHLEGEL/BERKELEY LAB USING DATA FROM DESI

「このプロジェクトには科学的に明確な目標があります。宇宙の加速膨張を高い精度で観測することです」と、ガイは説明する。

ここで出てくるのが「ダークエネルギー(ダークマター、暗黒物質)」だ。ダークエネルギーは謎に包まれているが、あらゆるところに存在し、宇宙の7割ほどを構成して宇宙の膨張を加速させていると考えられている。ガイのチームでは、このダークエネルギーの実体解明を目指す。

この観測はまた、宇宙物理学の分野で近年生じている問題の解決にもつながるかもしれない。地球に近い宇宙(つまり現在の年齢に近い新しい宇宙)で測定した膨張率と、初期の宇宙を測定した膨張率では答えが違ってくる、というものだ。この食い違いについてはまだ解明されていないが、DESIのデータからダークエネルギーの何らかの変化が示されれば、この謎も解ける可能性がある。

始まる銀河のカタログ化

DESIのデータは2023年に最初の公開が予定されている。膨大なデータが発表されれば、多くの科学者が無数の銀河の分析に着手すると同時に、新たな統計や機械学習ツールが開発されるだろう。

「それだけ膨大なデータに関して、人工知能(AI)やディープラーニングで何ができるのか非常に興味を引かれます。考えもしなかったような新しい何かが見つかる可能性もあります。そこがとても楽しみなところです」と、ニューヨークのフラットアイアン研究所の宇宙論研究者でスローン・デジタルスカイサーヴェイの研究者も務めたシャーリー・ホーは期待を寄せる。

これから数年で、DESIのほかにも包括的な宇宙地図のプロジェクトが始まる。例えば、米国立科学財団(NSF)の資金でチリ北部の乾燥した山地に建設が進められているヴェラ・C・ルービン天文台でも22年から大量の銀河のカタログ化が始まるが、こちらは精度は下がる。

欧州宇宙機関(ESA)のユークリッド宇宙望遠鏡でも23年の運用開始に向け準備が進められているほか、米航空宇宙局(NASA)のナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡も27年の立ち上げを目指している。いずれも銀河の距離とスペクトルを測定できる装置を有し、DESIよりも遠い、誕生からまだ20億年程度の(宇宙論的にいえばまだ子どもの)宇宙の深部まで描き出せる。「ユークリッドとローマンは、地球に近い宇宙空間はDESIに任せる前提です。DESIの仕事を土台に、興味深いアプローチで成果を積み上げていくことになります」とローズは言う。

DESIをはじめとする途方もない規模の宇宙地図は、宇宙における人類の小ささを改めて実感させてくれると、ホーは言う。「これだけ大量の銀河を観測できるという事実は、ひとつの成果です。しかし、それぞれの銀河には無数の星があり、その星のなかには人間のそれと同じようなシステムが存在するかもしれない。自分たちがいかにちっぽけな存在なのか実感すると、謙虚になれる気がします」

(WIRED US/Translation by Noriko Ishigaki/Edit by Daisuke Takimoto)

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