中村俊輔の青春秘話から学ぶ「スポーツ食育」の基本
近年、コンディショニングへの注目が集まる中、食事に対する意識も大きく変わってきています。しかし、管理が難しいのが子どもの食事。特に成長期を迎えた小・中学生アスリートの食事は、気を使うことが沢山あります。「食が細くてなかなか食べてくれない」「何をどんな時に食べさせていいかわからない」など、保護者の食に関する悩みは尽きることがありません。そこで今回、編集部では、中学生の頃に栄養面で失敗経験を持つ横浜FCの中村俊輔選手を取材。医師の金子先生、管理栄養士の宮澤さんとの対談を行なっていただき、スポーツ食育の基本を学びました。
インタビュアー:
中村俊輔(サッカー選手)
1978年6月24日生まれ。神奈川県出身。横浜FC所属。元日本代表。創造性溢れるプレーでファンを魅了し続ける稀代のファンタジスタ。フリーキックの名手として世界に名を轟かせる。国際Aマッチ98試合出場、24得点。
監修医師:
金子和真(医師、医学博士)
医学博士新潟大学医学部・東京大学医学部博士課程卒業。糖尿病専門医。株式会社Linc’well代表取締役。臨床医として東京大学医学部附属病院を中心に医療現場で働いた後、マッキンゼーでヘルスケア領域の仕事に従事し、2018年に株式会社リンクウェルを創業。次世代のヘルスケア基盤の構築を目指すべく活動している。
宮澤理恵(管理栄養士)
ONODERA GROUP ㈱LEOC所属。公認スポーツ栄養士、管理栄養士、健康運動指導士。幅広い知見を生かし、プロスポーツチームや大学運動部の栄養サポートを担当。サステナブルデリ&カフェ Blue Globe Tokyo のアスリートメニューを監修。
横浜FCの徹底した栄養管理
中村選手は、現在、どのように栄養管理をされているのでしょうか?
中村選手
横浜FCでは、LEOCさんが食事を管理してくれています。クラブハウスの食堂で朝食から夕食まで摂ることができるため、基本的に栄養管理はほぼお任せしています。
宮澤さん
私たちは、練習や試合などのスケジュール、選手たちの状態、季節などを考慮しながら食事のメニューを作っています。例えば試合当日は消化がしやすく、すぐエネルギーになる、うどんなどの炭水化物をメニューに入れたりしています。特に今シーズンは例年よりも試合間隔が短いため、食が進みやすいメニューを考えるようにしていました。
中村選手
管理が行き届いているので、特に若い選手にはとても良い環境ですね。昼食が出るクラブはありますが、朝食と夕食まで管理してくれているクラブは他にはないと思います。
金子先生
素晴らしい環境ですね。先ほど「お任せ」とおっしゃいましたが、食事・栄養への理解は進みましたか?
中村選手
「お任せ」と言っても、LEOCさんに出してもらった食事をただ食べるだけではなくて、メニュー表やそこに書かれている説明を見て、自分で理解するようにしています。理解していなければ、行動できませんからね。また、いま理解しておくことは、将来、指導者になった時にも役に立つと思います。
金子先生
やはり高い意識を持たれていているんですね。長い間第一線で活躍するのには理由があるんだなと感じました。
中村選手
先日、食堂に今川焼きが置いてありました。僕は甘いものが好きなんですよ。LEOCさんが考えてくれているものだから安心して食べられるのですが、あれは補食に良いということですか?
宮澤さん
そうですね。脂質があまり高くなく、かつしっかりとエネルギーを確保できると考えてご提供しています。
中村選手
しっかりとバランスを見てくださっているんですね。
海外で感じた食習慣の違い
中村選手は23年間プロ選手として活躍されてきました。その間には、自分で栄養管理を工夫しないといけない時もあったと思います。どんなことを気にされていましたか?
中村選手
イタリアでプレーをしていた時は、妻と子どもは日本にいたので、トレーナーの方に食事を見ていただいていました。現地の食べ物ばかり食べていたらすぐ太ってしまうので、かなり気を遣っていました。
金子先生
日本人と海外の方とでは消化器機能が違いますからね。
中村選手
例えば、鉄分を摂りたくても、イタリアにはひじきが売ってないんです。だから、それをほうれん草で補うなどの工夫をしていました。グラスゴー(スコットランド)では日本の食品が買えたので、冷凍の納豆を購入したりしていましたが、それでも代表で日本に戻る度に食材を持って帰ってきていました。
宮澤さん
練習や試合の前後などで変えていたことはありましたか?
中村選手
海外でプレーをしていた時は、試合の3時間半から4時間前にパスタが出るだけで、軽食はありませんでした。だから、試合の日は朝食を多めに食べて、エネルギー補給のためにバナナを持参するなどして、自分なりに工夫してやりくりをしていました。
金子先生
海外は3食しっかり摂る日本とは習慣が違いますし、例えば夕食を摂らない国もありますよね。
中村選手
習慣の違いには驚かされますね。合宿中にイタリア人の選手をみて本当にびっくりしたのですが、彼らは、朝にエスプレッソを飲むだけで練習に参加しているんですよ。さすがにそれでは良いコンディションを作ることはできないので、僕はコーンフレークとバナナを詰め込んで2部練習に臨んでいましたが、とてもきつかったです。
金子先生
海外では、食事・栄養の面でも実力が発揮しづらい環境だったのですね。
中村選手
ただ先ほども話した通り、環境は自分で整えられるので、チームの方に、「朝からリゾットを作ってほしい」とお願いしました。最初は嫌がられましたが、試合で良いパフォーマンスを出すと、そのような要望がだんだん認められていきました。
金子先生
そのようにして、実力が発揮できる環境を自ら作っていったのですね。
中村俊輔選手の挫折経験から学ぶ成長期の食生活の大切さ
中村選手は中学校時代を横浜マリノスの下部組織で過ごしていますが、当時は体が小さかったと伺っています。どのような食生活を送っていましたか?
中村選手
中学3年生の時は身長が156cmしかなく、全国大会出場選手の中でも一番低かったんです。練習が19時からで、それまでにお腹が空いてしまうため練習場に向かう最中に立ち食いそばを食べていました。21時に練習が終わって、最寄駅でチームメイトと菓子パンと炭酸飲料を口にしていました。だから、家に帰って夕食を出されても、半分しか食べられなかったんです。当時を振り返ると、一番やってはいけない食生活でしたね。
金子先生
悪いリズムになってしまったのですね。
中村選手
良いリズムではなかったですね。中学3年生になっても身長が全然伸びなかったので、一番栄養を蓄えておかなければいけない時に蓄えられなかったのではないかと思っていました。
金子先生
今振り返ってみて、こういったことをしておけば良かったと思っていることはありますか?
中村選手
食の大切さを理解できていなかったのだと思います。いまのように栄養士さんがチームにいてくれれば、食生活の改善にも取り組んでいたかもしれませんね。
金子先生
そのような食生活がプレーに影響したことはありましたか?
中村選手
チームメイトたちは、徐々に身長が伸び、筋肉もつき始めました。するとテクニックだけで何とかすることができなくなり、次第にベンチにも入れなくなりました。結果的に、僕はユースチームに昇格することができず、桐光学園高校に進学することになりました。
金子先生
中村選手が食生活の大切さに気付いたのはいつ頃なのでしょうか?
中村選手
高校のサッカー部にはフィジカルコーチや、栄養士さんがいらっしゃいました。1年生の時に様々な知識を得て、そこで大切さに気付きました。
金子先生
その後、中村選手の中で変化はありましたか?
中村選手
不思議と食欲が湧くようになり、練習後にも夕食をしっかりと摂れるようになりました。また、身長が急に伸びてパフォーマンスも向上していったので、食を改善できたことは、とても大きかったと思っています。
バランスの取れた食事が成長を促す
中村選手
僕の場合は、中学生の頃の食生活がきちんとしていなかったにも関わらず、高校の時に急に身長が伸びました。食生活を改善することで、必要な時期に栄養を蓄えられなくても、挽回できるということなのでしょうか?
金子先生
成長期という観点で言うと、成長ホルモンが出るタイミングというのは、人によって異なります。なので、中村選手がおっしゃったようなことに回答するのは難しいのですが、中村選手の場合は、成長期のはじまりが後ろになり、そこに栄養が入ったことで、急に伸びた可能性は十分にあるのかなと思います。
中村選手
では、医学の観点で、“バランスの取れた食事”の重要さはどのような部分にありますか?
金子先生
子どもの時はアスリートであるかどうかに関わらず、成長のために栄養がとても重要になります。ここで言う成長とは、筋肉だけではなく、骨や臓器なども含みます。タンパク質や糖質、脂質だけではなく、ビタミンやミネラルといった要素もバランス良く摂り、体内に入れていかなければ、健全な成長はできません。なので、先ほど中村選手がおっしゃったように、たくさんのエネルギーを摂ることはとても重要になりますね。
中村選手
臓器も成長させないといけないということですね。
金子先生
そうですね。体が大きくなるということは、肝臓や胃などの臓器も大きくなってきているということなので、そちらもサポートする栄養素が必要になります。
中村選手
では、バランスの良い食事は、何故良いコンディションに繋がるのでしょうか?
金子先生
良いコンディションを保つには健康であることが必要ですよね。例えばフィジカルの部分においては、食事を通じて体のメンテナンスをしっかり行う必要がありますし、さらに運動をして体に適度な負荷をかけることで健康に繋がります。ですので、バランスの良い食事を摂ることは、コンディション作りの第一歩だと考えています。
食事は習慣で変えられる
金子先生
中村選手は中学時代、1日3食きちんと食べていましたか?
中村選手
当時は朝食を食べようとしても、なかなか喉を通らなかったですね。今、僕の子どもが朝食をなかなか食べられない姿を見ていると「自分もそうだったなぁ」と昔を思い出します。朝からしっかり食べられるのは、「慣れ」なのですか?
金子先生
一つは習慣と言われています。小さい頃から朝食を食べる習慣ができていると、食べないでいることで気持ちが悪くなってしまうことがあります。これは、血糖値が上がるリズムを身体が覚えていて、「朝食を摂らないといけない」という仕組みから、体が反応するということですね。
中村選手
習慣から仕組みができ上がっているということなのですね。
金子先生
はい。だから全く朝食を食べないのは良くないのですが、無理やり朝からたくさん食事をとって満腹にする必要もないと思っています。
中村選手
やはり日本人の場合は、まずは3食しっかり摂るということが基本になりますか?
金子先生
一般の人が生活する上では、3食しっかり食べることが基本ですが、アスリートの場合は、運動前にたくさん食べるわけにはいきませんので、「分食」という考え方は取り入れても良いですね。
中村選手
LEOCさんは、選手たちがこまめに食事を摂るようなことも想定しているのですか?
宮澤さん
はい。例えばジュニアユースの選手が入団する時に、必ず栄養指導を行うのですが、その際には、「練習前には少しでも何か口にするように」と伝え、おすすめの補食などを提案しています。空腹で激しい練習をしてしまうとエネルギー不足になってしまうので。
金子先生
もし中学生の頃に中村選手が、このようなことに気付いていたら、いち早く栄養管理に取り組んでいましたか?
中村選手
取り組んでいたと思います。栄養は練習と同じくらい大切だと言いますけれども、心からそう感じています。やはり食生活を習慣化できれば、そこで差をつけられるので、もしかしたら、サッカーの練習以上に大事なことかもしれません。その土台がないとサッカーも上手くなりませんからね。
では、宮澤さんより、今日からご家庭でもできるおすすめアスリートメニューの具体例を教えていただけますでしょうか?
宮澤さん
試合前日
試合前日は、運動に必要なエネルギー源を身体に貯めておくため、朝食から高糖質・低脂質の食事を意識します。
揚げ物など、消化に時間がかかる料理は極力避けます(低脂質)。低脂質にすると摂取できるエネルギー量が少なくなるため、主食量を増やして補うようにします(高糖質)。たんぱく質源となるお肉もバラ肉などの脂質の多い部位は避けます。いつもより多く摂取する必要はありません。胃腸不良となる可能性がある生肉や生魚の摂取も避けるようにしましょう。
宮澤さん
試合当日~試合後
例えば、11時キックオフの場合、朝7~8時に朝食を摂ると良いでしょう。試合時間の3~4時間前の食事は糖質中心の食事にし、食物繊維の多いものは避けましょう。サラダなどは必須ではありません。試合会場が遠方で朝が早い場合は、おにぎりやうどんなどをコンビニエンスストアで購入しても良いでしょう。
宮澤さん
休息日
基本はAthlete5dishes。主食、主菜、副菜、乳製品、果物が揃ったバランスのいい食事を食べるようにしましょう。
3人からのアドバイス共通点は「関心を持つこと」と「親のサポート」
それでは、今日のお話を踏まえて、皆さんからそれぞれアドバイスをお願いします。
宮澤さん
先ほど金子先生がおっしゃったように、3食食べられるようになるためには食習慣が大切だと思います。小さい頃から1日2食になってしまうと体の発育に影響が出ますし、大人になってからも朝食を食べられないということが続くと感じます。しっかりした体を作るためには、3食しっかり摂ることと、主食、主菜、副菜、乳製品、果物がそろった食事をとることが大切です。これらが幼少期に習慣づけられていると、大人になってからも、自然と同じような食事を選べる方が多いと感じます。小さい頃は親御さんの協力が必須になるかと思います。将来、中村選手のように自分の身体に必要な栄養を考えて食事を選べる選手になってもらいたいです。
金子先生
栄養に対して意識を上げていってもらいたいですね。今の時代は気付いたことをインターネットで検索するなど、各家庭で色々な工夫ができます。今回のお話をきっかけに、スポーツ食育に関する知識を身につけてもらい、少しずつでいいので意識を変えていくことが大事になってくると思います。
中村選手
3食食べることは本当に重要だと思います。食に対する習慣ができると、それに対しての興味が生まれ、健康的な食事を考えられるようになれば良いかなと思いますね。また食が細いお子さんでも、ひと工夫するだけで食べられるようになることもあると思います。我が家でも、おにぎりを一口サイズにして出してあげたら、パクパクと食べるようになりました。少し手間がかかるかもしれないですが、親御さんのサポートはとても大切だと思います。
編集部より
この対談で、中村選手は、積極的に金子先生や宮澤さんに質問するなど、彼の栄養への興味は尽きることがありませんでした。細部にまでこだわりながらサッカーを追求し続ける中村選手。華やかなプレーの裏にある「こだわり」の一部を覗かせてもらった、とても貴重な一日となりました。