ペットの柴犬の写真をツイッターに投稿し続け、その自然体のかわいさが人気となっている@inubot
。ESSEonlineでは、飼い主で写真家の北田瑞絵さんが、「犬」と家族の日々をつづっていきます。
第21回は、せわしない日常のなかであらためて気づいた、母と、そして犬の存在の大切さについて。

一つ屋根の下に犬といて、悲しみに明け暮れるなんてできない



三月は母の誕生日があって、アイスケーキを食べながらお祝いした。


31のアイスケーキはキャラクターものに富んでいて、たくさんの種類がある。スヌーピーにするかイーブイかで悩んだ末にピカチュウに決めた。
ペットショップの犬用ケーキを食べているからか、犬は生クリームのケーキを見るとヒト用であっても「自分のけ?」と尋ねんばかりに、ハッハッと息を荒げている。それなら今回のピカチュウに一体どんな反応をするのだろう! とワクワクしながらピカチュウといざご対面。
母は自身のバースデーケーキに嬉々とした笑みを浮かべたが、犬の表情は堅い、終始怪訝そうだった。




いい感じの棒をくわえて

お祝いにあわせて妹が帰省していた。私はそうだけれど犬にとっても妹の帰宅って安心するのだろうか。眠りから覚めたときに妹の後ろ姿を目で追っている犬の様子は「よし、まだいる」と確認しているみたいだった。


朝陽を浴びながら妹の手になでられる犬を眺めていたら、充足だとか歓びだとかいい気持ちのみで心が潤っていくときの表情って、犬に限らず生き物共通でこうなるのではと思うほどにはいい顔だった。ピカチュウを見たときとはえらい違いだ。


昼前に明日からの仕事に備えて犬をひとしきりなでて、妹は家をあとにした。
最寄りの駅より少し遠くの駅に車で送っていたら助手席の妹が「あらためてお母さんってお母さんやなぁって思った」って話し始めた。


前日の晩に妹は父と母とゴルフの打ちっぱなし場に行ってきたのだが、そろそろ終わろうかと帰り支度をしていたときだった。母から借りたジャンパーを羽織ったときに、フードが内側に入り込んでしまったみたいなのだが、気づく前に母がサッと直してくれたそうだ。

「それって普通のことって思うやん? まあだれかがそうなっていれば直すし、逆に直してもらうことあるしさ。
でもなんかちゃうねん。お母さんは“入ってるよー”とか言葉もかけへんと直してくれてたんよね。とっさに手が出ちゃうっていうか…先に世話焼いてもうてるっていうか…手ぇ出てまうのお母さんやなあって思った」


妹は何気なくいつもの調子で話していたのだが、そんなふうに気づけるところ、言葉を使って伝えられるところ、すてきな人だと思いながら、自分が恥ずかしくなった。一緒に暮らしていて毎日のように顔を合わせているのもあるが、母の優しさに鈍感になっている。




社会の状況もあってとことん気忙しくせっかちになっていた春先に、まだ冬毛の毛並みを梳かしながらようやっと一息つけた。
そして社会情勢や人の精神状態だとか犬に関係がないとはっきり思えて、その頼もしさに胸を打たれた。


私がどんな思いで夜を越そうが朝にさえ繋がったら、犬に招かれるように今日という一日に流される。




散歩は気分転換を手伝ってくれる。一つ屋根の下に犬といて悲しみに明け暮れるなんてできない。それって最高だ。


この連載が本『inubot回覧板』
(扶桑社刊)になりました。第1回〜12回までの連載に加え、書籍オリジナルのコラムや写真も多数掲載。ぜひご覧ください。

【写真・文/北田瑞絵】

1991年和歌山生まれ。バンタンデザイン研究所大阪校フォトグラファー専攻卒業。「一枚皮だからな、我々は。」で、塩竈フォトフェスティバル大賞を受賞。愛犬の写真を投稿するアカウント@inubot
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