公家源氏(中央公論新社)

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 公家――朝廷に使える貴族や上級官人たちのことだ。天皇や皇族の周辺にいて政治に関与していた。本書『公家源氏――王権を支えた名族』 (中公新書)は、公家の中でも「公家源氏」という人たちに焦点を当てる。主として平安時代から鎌倉時代に至るころの彼らの出自や活動ぶりを詳しく紹介し、歴史への関わりを検証している。

源は嵯峨天皇

 著者の倉本一宏さんは1958年生まれ。国際日本文化研究センター教授。専門は日本古代政治史、古記録学。近年の日本史ブームをけん引する人気教授の一人だ。多数の著書があり、BOOKウォッチでも『皇子たちの悲劇――皇位継承の日本古代史』(角川選書)、『戦争の日本古代史――好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで』(講談社現代新書)などを紹介済みだ。

 一般に「源氏」といえば義経や頼朝が思い浮かぶ。その源流について「清和源氏」などという名称があることはよく知られている。

 BOOKウォッチで紹介した『日本人の名前の歴史』(吉川弘文館)によると、古代の有力者は、姓を天皇から与えられた。「賜姓」(しせい)という。中でも「源・平・藤(藤原)・橘」の四姓は有名だ。賜姓によって、中臣鎌足は藤原鎌足になった。

 同書によれば、天皇から姓名を拝受するということには、政治的な意味もある。天皇を上位者であると認めて、忠誠を誓ったことになるからだ。こうして古代から中世にかけて、天皇に恩義やゆかりのある多数の姓が生まれ、支配層を形作っていくことになる。

 本書はその中で、賜姓を受けて公家になった源氏を扱っている。

皇子女に「源朝臣」の姓

 一般に源氏というと、どうしても清和天皇(もしくは陽成天皇)から出た武家の源氏に目が行きがちだが、実はほとんどの源氏は、京都で貴族として活躍していたのだという。『源氏物語』の光源氏などもその一人。桐壺帝の皇子だった光君が臣籍降下して源氏となっている。彼ら京都の源氏は、貴族となり、独自の立場で王権や藤原氏の政権に深く関わり、日本の歴史に大きな影響を与えたりしてきた、と倉本さんは解説している。

 本書は、「第一章 公家源氏の誕生」「第二章 公家源氏の各流――平安前期」「第三章 公家源氏の各流――摂関期」「第四章 公家源氏群像」「第五章 中世以降の公家源氏」に分けて公家源氏の歴史と役割、群像を論じている。

 源氏の生みの親となるのは嵯峨天皇(786〜842)だ。当時は、相変わらず皇位継承をめぐる権謀術数が渦巻いていた。嵯峨天皇には、皇子女が50人もいたので、いろいろと悩ましい思いをしたことだろう。そこで異例の措置に踏み切る。在位中に、多数の皇子女に「源朝臣」の姓を賜って臣籍に降下させたのだ。その結果「公家源氏」が生まれることになった。

 それまでも臣籍降下は多少あったが、「源」という名を付けたのは、中国古典に通暁していた嵯峨天皇が最初だ。一説によれば天皇と源を同じくするという意味だという。その後も嵯峨天皇の例に倣って、同様のケースで「源」が使われるようになる。どんどん増えて21流にもなり、どの天皇からかということを明示するために「清和源氏」などと呼ばれるようになった。

天皇とのミウチ関係を示す

 嵯峨天皇が、大量の臣籍降下に踏み切った理由についてはいくつかの説がある。子が多すぎて、国費を圧迫していたからという説、あるいは自分の子を高級官人にして天皇を輔弼させようとした説、多くの皇子女を臣下に降ろすことによって、皇位継承の候補者を削減しようとした説もある。倉本さんは択一では説明できない、という立場だ。実際のところ、公家に降下しても、高官として遇するため、親王以上のコストがかかったという説も紹介している。

 とにかく、嵯峨天皇の時代には合計32人の皇子女が源朝臣姓を賜り臣籍降下している。自分は皇族だと思っていたら、単に朝廷に仕える貴族・上級官人になってしまったのだから、降下された人はショックだったかもしれない。

 本書では代々の天皇によって賜姓された源氏について、細かく紹介している。多数の系図が掲載され、本人や子孫の官位などもフォローされている。中には幼少期に出家し、名僧になった人もいる。

 公家源氏が高い地位を保持していたのは、ひとえに天皇とのミウチ関係に基づくものだったという。したがって天皇が代替わりしていくと、公家源氏出身の貴族の末裔たちは、時々の天皇との等親が離れ、政治的地位を低下させていく。天皇の系統が替わったときなど著しい。天皇とのミウチ関係が薄まるからであり、要するに没落する。嵯峨源氏の一世では3人の左大臣を輩出したが、その孫世代になると、中級役人程度になり、四世になると、ほとんどが消息不明になっているそうだ。

 本書を読んで最も印象に残ったのは、このくだりだ。栄枯盛衰。もちろん幕末まで生き延びて影響力を保持した岩倉氏などもいるが、やんごとなき身に生まれても、数世代を経ると、子孫はただの人になる。今日、ご先祖が不確かな一般庶民も、時代をさかのぼれば由緒ある家柄だったかもしれない、などと想像できて楽しい。

 平安時代に、しっかり家系・家格を維持したのは藤原氏だという。世代ごとに膨大な数の官人を再生産し続けた。他の氏族を排除したからでもあり、「それは、元皇族であった公家源氏の末裔にも、波及したことであろう」と倉本さんは見ている。平安時代の実質的な支配者としての藤原氏の姿が浮かび上がってくる。

 ちなみに武家源氏の先祖は、中央における貴族としての栄達に早々と見切りをつけ、「武家」という別の道を目指した人だという。

 BOOKウォッチでは関連で、『伝奏と呼ばれた人々』(ミネルヴァ書房)、『天皇と戸籍――「日本」を映す鏡 』(筑摩選書)、『戸籍が語る古代の家族』(吉川弘文館)、『新版 古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫)、『明治大帝』(文藝春秋)、『宮中五十年』(講談社学術文庫)、『昭和天皇 最後の侍従日記』(文春新書)なども紹介している。

書名:  公家源氏
サブタイトル: 王権を支えた名族
監修・編集・著者名: 倉本一宏 著
出版社名: 中央公論新社
出版年月日: 2019年12月17日
定価: 本体880円+税
判型・ページ数: 新書判・265ページ
ISBN: 9784121025739


(BOOKウォッチ編集部)