楽天の「プラン料金1年間無料」。入る前に考えるべきこととは?

発表の少し前から、期待する声も上がっていた、楽天の携帯料金プラン。当日は、華やかな演出を凝らし、強烈なスタートを切りたかったに違いない。しかし、新型コロナウイルスの影響で記者を会場に入れずに、ライブ配信で行われた。4月から開始されるキャリアサービスの全容が見えたのは、後半に差しかかってからだった。


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発表されたプランは、シンプルさとわかりやすさを掲げて「Rakuten UN-LIMIT」(ラクテン アンリミット)の1つのみ。月額2980円で、UN-LIMITの言葉が示すようにデータ通信無制限を打ち出した(ただし、無制限になるのは東名阪を中心にした自社回線エリア内のみ。それ以外のKDDIの回線を借りるエリアではデータ容量1カ月2GB)。

月額2980円は確かに安い。ただ、先行する3キャリアも大容量プランの値下げに舵を切りつつあり、料金自体のインパクトが続くとは限らない。

無料戦略には巧みな心理的キーワード2つが潜む

楽天側もそれがわかっているのか、秘策を用意していた。「300万名様対象 プラン料金1年間無料」という大胆割引だ。

当日は無観客ならぬ無記者発表だったが、もし会場でオッと声が上がったとすればこのときだったはずだ。筆者もコワーキングスペースで配信映像を見ていたが、PC画面に「300万名様対象 プラン料金1年間無料」という文字が映し出されたときに、「そうきましたか」と膝を打った。なるほど「無料商法」をここでぶつけてきたか――と。

300万と言えば、途方もない人数にも感じる。しかし少しかみ砕くと、現在の格安ケータイ「楽天モバイル」のユーザー数は約230万人。また、本格サービス開始前に先行モニターして募集された無料サポータープログラムにも2万人が参加しているはずだ。この2つのユーザーは、新プランに移行手続きができるとされている(現在の楽天モバイルは、今後新キャリアに統一される予定)。

となると、料金無料サービスを受けられる300万人のうち、これまでの関わりなく新規で契約するだろうと想定されるのは68万人程度ということだ。

これまでのユーザーを移行させ、そして数十万人規模の新規ユーザーをどう集めるか。その武器として選んだのが「期間限定無料」というわけだ。

先行投資とはいえ、利用料の収益自体はゼロになり、コストだけが出ていくつらいスタートになるはずだ。それでも無料戦略を選んだのはなぜか。それには「保有効果」と「現状維持バイアス」という2つの心理的キーワードがあると、筆者は考える。

私たちは、いったん手にしたものには価値を感じ、手放すのが惜しくなる傾向がある。それを「保有効果」と呼ぶが、その対象はモノそのものだったり、権利だったりもする。

もし「誕生月にクレジットカードで買い物するとポイントを2倍にしますよ」というDMが届くと、多くの人は年に1度しか行使できない「2倍にしてもらえる権利」を手放したくないと感じるものだ。

現「楽天モバイル」のユーザー、無料サポータープログラムの参加者も、プランを切り替えれば1年間無料になりますと聞けば、つい気持ちが動くだろう。新規の契約者も同様だ。すでにオンラインでは3月3日より、店舗では3月4日より先行申し込み受付がスタートしている。今申し込めば、タダでスマホが使えるかもしれないと聞けば、かなりの人がワクワクするだろう。

「オトクな情報」を手にしてしまうと、それを無視するのは難しい。キャッシュレスの高還元率キャンペーンを知るたびに買い物に走ってしまうのは、まさにそういう心理だ。

さらには、1年後にも「保有効果」が待っている。1年使い続けると、なんとなく使っているサービスを手放したくないと感じる。楽天キャリアの快適さが期待どおりだったという前提ならばだが、とにかく最初に「持たせる」ことが勝敗を分ける。いや、そこに尽きると言ってもいい。通信キャリアに限らず、新しいサービスはまず利用してもらわなければ始まらないからだ。

それには「無料」がいちばん効く。だから、「初回は無料」「初月は無料」という課金サービスが花盛りなのである(※楽天のキャリアプランは無料だが、別途端末代はかかる)。

やっぱりドコモが強い理由とは

第4のキャリアとして、楽天がどれほど先行3社の牙城を崩せるかが注目されているが、数字上でみると立ち向かう壁は高い。

2019年12月現在の契約数を見ると、NTTドコモが約8000万人、auが約5800万人、ソフトバンクグループが約4200万人と(数字は電気通信事業者協会発表のもの)、楽天が無料を武器に300万人集めたところで桁が違う。

数字上で見れば、やはりドコモの強さが目立つ。2019年12月に総務省が発表したグループ別シェアを見ると、ドコモが37.6%(MVNOを含めると43.2%)、KDDIグループが27.7%(MVNOを含めると31.4%)、ソフトバンクグループが22.1%(MVNOを含めると25.4%)、MVNOが12.5%となっている。3社のシェアはかなり縮まってはいるが、やはりドコモが4割近くをキープしているのが現状だ。

その理由は、ドコモのケータイサービスが他社より抜きん出て優れているからではない。現状を変えたくない=現状維持バイアスが作用しているからと言っていいだろう。最初に持ったケータイがドコモだったガラケー世代が、そのままずっとキャリアを変えずに使い続けているのが寄与しているといっても過言でない。ドコモショップが現在シニア向けスマホ教室に力を入れているのも、その世代のユーザー数が多いことの表れだろう。

誰でも経験があるだろうが、ケータイの手続きは何かと大変だ。ショップはいつも混んでいるし、提示されたプランを選ぶのも面倒で、なるべくストレスなく、現状をあまり変えずに淡々と使い続けたい。

家族割も利用しているし、ポイントもたまっている。今のままでとくに困ってはいない。それなのに、変えることで不都合が生じたら面倒だ――そうした「現状維持バイアス」という心理が、約8000万人のドコモユーザーを積み上げてきたとも言える。

現状維持バイアスがどれだけ威力があるかわかっているので、ケータイ各社は例年、春先に「学割キャンペーン」を行う。学生時代に最初に自社のサービスを選んでもらえたら、現状維持の心理が働いて、一定数がそのまま使い続けてくれると期待できるからだ。

同じことはクレジットカードの世界でも行われ、学生向けや新社会人(20代向け限定など)向けカードにはポイント優遇など、オトク感を強めた新規加入キャンペーンを行うことが多い。学生時代、あるいは社会人になって最初に作ったクレジットカードをそのままずっと使っている人は多いはずだ。最初に選んでもらうことがどれだけその後の勝負を分けるか、事業者はよくわかっている。

「まず使わせる。そして続けさせる」ための無料戦略

こう考えると、楽天としては無料をエサに300万人を集め、1年間使わせる間に、さまざまなメリットを打ち出し続けるのではと推察する。楽天は、2021年3月までに自社回線エリアをさらに増やし、データ使い放題を享受できる範囲を広げる考えだ。

そうするうちにユーザーの日常に楽天のケータイサービスがなじんでくれればしめたもの。現状維持バイアスにより、1年後にもそのまま使い続けてくれる、一定の利用者がキープできるだろう。そのための「1年間無料」だとすれば、短期間では損をしても、長期間にわたって収益を生む種になってくれる。

こうした手法のカラクリを、われわれユーザーも知っておかなくてはいけない。「無料ですから」といって気軽に手を出したのはいいが、その後見直しすることなく、そのモノやサービスを継続して使っているものが、いろいろあるのではないだろうか。

入り口(=契約)は広いが、出口(=解約)はやけに狭いという例はいくらでもある。「無料」の文字を見たら、それも思い出してほしい。

とはいえ、楽天のキャリア参入が価格競争につながり、われわれ携帯ユーザーにプラスに働くならば大歓迎だ。4月8日のサービスインを期待を込めて待ちたい。