"ぽっちゃりの店員"が売上を伸ばす意外なワケ
※本稿は、電通九州・香月勝行、妹尾武治、分部利紘『売れる広告 7つの法則 九州発、テレビ通販が生んだ「勝ちパターン」』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■人が物を買おうとするときの心の動き
我々は、人にモノを売り込むときの新しいモデル「A・I・D・
最初が、ニーズに目を向けさせる「Awake(気づき)」。続いて、商品がニーズを満たす存在であると認識する「Identify(認識)」。それから、納得のために商品価値を自問自答する「Discussion(対話)」。さらに、感覚的にも満たされた気分になる「Emotion(感情・感覚)」。そして最後が、対価が妥当かを判断し行動する「Action(行動)」。
この5つのステップを、消費者にしっかりと走り抜けてもらうこと、それがモノを売るために欠かせないやり方だということになります。
このなかで、「Discussion(対話)」および「Emotion(感情・感覚)」の検討ステップはとても重要な役割を担います。にもかかわらず、これらの行為はお客様の心の中で行われるため外からは見えにくく、そのせいで対策が難しいという面も持ちます。ゆえに、実際にモノを売る現場では、ここの打ち手が不足しているケースが非常に多いように思われます。
そこでここでは、具体的にこの部分の打ち手としてうまく機能している事例を紹介しながら、「Discussion(対話)」「Emotion(感情・感覚)」施策の精度の向上について考えてみようと思います。
■書店の手書きPOPはネットレビューと同じ効果がある
「Discussion(対話)」を促すことに成功している代表的な事例が、以前話題になった書店における店員さんの手書きの書評POP(売り場に設置される販促物)ではないでしょうか。実際にこのPOPによってその書店の売り上げが大幅に伸びたと言われることからも、このやり方は人間のモノを買う心理に非常にマッチしたやり方だったと考えられます。
このPOPが書店に来るお客様の買いたい気持ちを動かした裏には、対価と価値の検討を促し、さらに価値を向上させるような、いわばインターネットショッピングにおけるレビューと同様の効果があったのだと考えることができます。
このPOPが開発される前までは、書籍の価値を伝えるツールとして位置づけられていたのは、新聞の書評欄や本の帯に書かれた推薦文でした。これらはあくまで、対価を払って本を買った人が感じた価値ではなく、専門家が本に載っている情報の価値を診断したものです。
そこにやってきたのが、書店の店員さんというお金を出して本を買う立場の人の推薦。インターネットモールのレビューと同じ役割を果たすものが登場したことで、対価と価値の2つがテーブルに乗ることになった。それにより、店頭で対価と価値の検討のスイッチが入ったため、このPOPが本の売り上げ増加に大きく貢献したのです。
■段ボール片に殴り書きされた「野菜の食べ方」を見て…
こうした対価を払う人の目線での情報は「Discussion(対話)」を促すうえで非常に有効ですが、実際に販売の現場に取り入れられているケースは多くはありません。
例えばスーパーの野菜売り場では、生産者の声が紹介されていることは多々あれど、その野菜を買うお客様の声が紹介されているケースはあまり見かけないと思います。
そこで、売り場にある各種の野菜に主婦目線でのコメント(パートさんに書いていただいたものでいいと思います)を書いたPOPを掲示する、といったことは検討してみる余地があると思います。
実際、私が大分県の山間部、玖珠町にある小さな地元のスーパーに行った際に、このようなPOPに出会ったことがあります。手書きで、しかも段ボール片に殴り書きされた、ちょっとした野菜のおいしい食べ方。ですがそれを読むだけでいろいろと味の想像が膨らみ、野菜はもちろん、そこに紹介されていた調味料までも買いたくなったことを鮮明に覚えています。
このスーパーには野菜以外にも至るところに、同じ人が書いたと思われる筆跡と着眼点のPOPが設置されていました。おそらくこの種のPOPを設置したことで、心が動いてついで買いをする人がたくさんいたのでしょう。何度かテストをする中でそれに気づいたバイヤーさんが、「これは効果があるぞ!」と広げたのが、このお店の各所にあるPOPだと思われます。
■ぽっちゃりの店員さんがいると売り上げが上がる理由
このやり方は、野菜以上に価格と価値が多様なワインや日本酒などであれば、なおのこと有効になるのではないでしょうか。専門家としての説明は店員さんで対応可能なので、それを補完する意味でそれぞれの銘柄のお客様の評価コメントを売り場に掲出すれば、検討している方にとってはとても有益な情報になると思います。
そのPOPのデザインも段ボールに殴り書きするのではなく(それはそれで臨場感があって良かったのですが)、コメント内容に合わせて上質なものやにぎやかなもの、お得感を感じるものなどバリエーションを設ければ、「Emotion(感情・感覚)」に訴えかける効果も持たせられると思います。
実は、ある女性向けのセレクトショップ店長によると、「ぽっちゃりの店員さんがいると売り上げが上がる」のだそうです。「ぽっちゃりしてるけどオシャレな店員さんがいることで、ぽっちゃりしたお客様からも『私もかわいく着こなせそう』と思ってもらえる」ということでした。逆にスタイルのいい店員さんばかりだと、「そういったお客様が『自分には似合わないかも』と思って買う決断をしてくれない」と言うのです。
■いかにして「自分ごと」として捉えてもらうか
これもある意味「Discussion(対話)」の本質に着目した成功事例と言えるかもしれません。商品を第三者的に見てもらうのではなく、「自分ごと」として検討してもらう、それができれば、買いたくなる可能性はもっと高まると思うのです。
これを応用すると、ぽっちゃり型の店員さんがいないお店でも、例えばいろんな体型の人が自社の商品でコーディネートした写真を用意して、自分が着るとどうなれるのかを検討する材料にしてもらう、といった手法を取ることで、同じような効果を生み出すことができるかもしれません。
あるいは体型以外でも、あえて安価な服と組み合わせたコーディネート事例を用意して、手持ちの安価な服と組み合わせてもこんなに素敵なコーディネートができますよ、と伝えることで着回しが利くことを実感してもらうなど、この手の手法は様々に応用ができると思います。
■ライブの物販で「つい買ってしまう」カラクリ
また、「Emotion(感情・感覚)」の面から「自分ごと化」を促している好事例として、最近の家具チェーン店で多く見られる、丸ごと一部屋を自社製品でコーディネートした展示が挙げられると思います。この手法は、売られている家具がどのようにコーディネートできるのかという情報を伝えると同時に、実際にその部屋で暮らした時の満たされた感情を覚えさせるという効果を持っています。
ひとたび「こんな家具に囲まれた部屋で暮らすのって、いいなぁ」と思ってしまうと、人はその気持ちから逃れるのが難しくなるもの。単に家具を1個1個並べるだけの展示では作れないこの感情を生み出すことに成功した、という意味で、この手法は革新的なものだったと言えるのではないでしょうか。
同じように「Emotion(感情・感覚)」をうまくくすぐっている事例として挙げられるのが、コンサートなどのライブイベントにおける物販です。CDの売り上げが激減している昨今、ミュージシャンの売り上げ確保の手段の1つとして注目を浴びているのが、ツアーTシャツなどの物販事業。ライブイベントによって極限まで感情が高まると、当然のことながらその熱い思い出を記憶に残すために、モノだって欲しくなるものです。
しかも最近だと、メジャーではないアーティストの場合は、メンバー本人がライブ後に売り場に立つこともあります。私も、ライブ後に疲れてるのに申し訳ないなと思いつつ、メンバーを一目見てみたいせいで売り場に並んだことがあります。
■「好き」という気持ちを増幅させて購入に仕向ける
こうして特別な記憶とともにグッズを手に入れると、アーティストへの愛着もさらに増すもの。その意味では、アーティストとファンがお互いWIN‐WINに成長していけるという意味で、このやり方は現代の消費者心理にマッチしたとても良い方法だと思います。
この例に限らず、好きという気持ちを増幅するやり方は、「Emotion(感情・感覚)」に働きかけるうえで非常に有効な方法論です。
例えば車のディーラーで、愛車と同じ車種のミニカーをプレゼントするとか、そのメーカーの商品を使っているトッププロを招いて店頭でイベントを行うなどのやり方は、好きという気持ちを増幅し、欲しい気持ちを育てるうえで非常に大きな影響をもたらします。
好きになった人は、かなり高い割合でそのメーカーの上位商品の顧客となる可能性が高いもの。その意味では、「Emotion(感情・感覚)」をうまく活用することで、アップセル、すなわち購買商品のランクを上げていくことが可能になるのではないでしょうか。
■小売店とインターネットモールは将来融合する?
以上、効果的な「Discussion(対話)」や「Emotion(感情・感覚)」の施策について考察してみましたが、この部分には、まだまだ発見されていない革新的な打ち手がたくさん隠れているように思います。特に商品の現物を実際に手に取って体感できるという流通業には、その強みを生かしたやり方がきっとあるはずです。
有望なのは、これからますます加速すると言われる小売業とデジタル技術の融合。例えば、店頭で手に取った商品のユーザーの声が自分のスマートフォンで簡単に見られる、といったサービスも、技術が進めば実現可能と思います。
また、先ほど少し触れたVRなどのデジタル技術が進化すれば、小売店とインターネットモールは将来的に融合してしまうのかもしれません。すでに不動産屋などでは、VR技術を用いて、店頭にいながらにして希望する物件を360度好きなように見わたすことができるシステムも実用化され、物件選びの新たな検討材料としてお客様から好評を博しているそうです。いずれにせよ大切なのはユーザー目線での気づき。私たちもそこを大切に、新しい方法を模索していきたいと思います。
----------
香月 勝行(かつき・まさゆき)
電通九州 ダイレクトマーケティング部
1997年電通九州入社。メディア・クリエーティブ・マーケティング・営業・デジタル部門を経て現在ダイレクトマーケティング部在籍。 さまざまな分野での経験を基に、ダイレクトマーケティングにおける各種課題抽出をトータルに対応する。
----------
----------
妹尾 武治(せのお・たけはる)
九州大学芸術工学研究院 准教授
東京大学大学院人文社会系研究科修了。博士(心理学)。同大学IML特任研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD)、ウーロンゴン大学客員研究員等を経て現職。著書に、『脳がシビれる心理学』(実業之日本社)、『おどろきの心理学』(光文社新書)など。
----------
----------
分部 利紘(わけべ・としひろ)
福岡女学院大学 人間関係学部 講師
1980年生まれ。国際基督教大学教養学部教育学科(現アーツ・サイエンス学科)卒業。東京大学大学院人文社会系研究科修了。博士(心理学)。同大学院医学系研究科、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て現職。
----------
(電通九州 ダイレクトマーケティング部 香月 勝行、九州大学芸術工学研究院 准教授 妹尾 武治、福岡女学院大学 人間関係学部 講師 分部 利紘)