八村塁選手は、NBAドラフト指名の会見で、印象的なメッセージを残した。スピーチやプレゼン時に意識して取り組むべき点とは?(写真:Ned Dishman/NBAE/Getty Images)

日本で育った日本人でありながら、アメリカのパブリックスピーチのコンテストで、NY地区優勝4連覇を果たしたのがリップシャッツ信元夏代氏。『20字に削ぎ落とせ ワンビッグメッセージで相手を動かす』の著書もある信元氏にスピーチ/プレゼンのコツを語ってもらった。

八村塁が使った非言語メッセージと「聞き手」視点

先頃、八村塁選手のNBAドラフト指名が話題になりましたが、プロフェッショナルのスピーカーである私が見て、注目した点がありました。

会見全体を見れば、八村選手はまだスピーチ上手とはいえません。

“You know“や“Umm”といった、日本語でいえば「えー、あー」といった「フィラーワード」も多く、大坂なおみ選手と同じく、今どきの若者風の話し方です。まだスピーチのコーチに就いた経験もないでしょう。

しかしながらNBAドラフト指名されたときの会見で、効果的だったことがあります。

1つ目は演出。八村選手は記者陣に向かって、ジャケットを広げてみせたのですが、その裏地の片側は浮世絵の富士山、もう片方はベナンの模様でした。

つまりジャケットを広げるだけで、彼は「自分は日本とベナンの血を引いていて、それを誇っている」というのを示してみせたわけです。鮮やかですね。

その後の取材でも「僕はブラックニーズ(ブラックとジャパニーズ)」と、自分のルーツをつねに語っているので、その視覚的象徴としてのジャケット使いは効果的です。

こういう“目で見せる”例では、2008年、スティーブ・ジョブズが伝説に残るプレゼンを披露してみせました。

茶封筒を持って登場して、そこからノートパソコンを取りだしてみせたのです。MacBook Airの発表でした。キャッチコピーは、「世界で最も薄いノートブック」。

これを「わずか4ミリ」という説明にとどめず、封筒に入れて見せたことで、観客をあっといわせ、商品の薄さの具体性を増し、受け手にとっての実感を増してみせたのです。

聴衆はそのノートパソコンがどれだけ薄くて軽いか、あたかも手に取ってみたように感じられたでしょう。こうした言葉だけでなく視覚的な演出はプレゼンやスピーチを劇的に印象づけてくれます。

そして2つ目の効果的なポイントは「聞き手」視点。

八村塁選手が入団会見で語った一問一答では、こういうやりとりがなされています。

――チームにどのように適応していくか?
「チームやコーチが求めることはなんだってできます」

――ウィザーズのファンに見てほしいプレーは?
「自分はディフェンスでもオフェンスでもどちらもできる選手だと思っています。持ち味であるプルアップショットとかミドルレンジとか、リバウンドからのボールをプッシュするとか、そういうところを見てほしいです」

この若さだったら、つい「自分が何をしたい」「新人賞を獲りたい」といった「自分視点」で語りそうなものですが、彼は「チームが求めるもの」、そして「ファンにとっての見所」という相手の立場にたった発言をしているのです。

これを私のブレイクスルーメソッドでは「聞き手視点」と呼んでいます。

「聞き手」視点を備えるのがスピーチの基本であり、主役はあくまで聞き手であり、話し手はその大事なメッセージに導くガイドであるという考え方です。

「聞き手」が誰であるか、「聞き手」にとってその話を聞くメリットは何か、なぜ「聞き手」に自分が話すのか、そして「聞き手」にどうなってほしいのか。

それを踏まえてスピーチ/プレゼン原稿の構成をしていくことが大事であり、極めてマーケティングに近い作業といえます。

八村選手の場合はプレゼンの勉強をしたわけではなく、この「聞き手視点」はごく自然と出てきたのでしょう。

ワンビッグメッセージに絞り込む

ですが、多くのビジネスパーソンは、いざプレゼン/スピーチを組み立てようとすると、つい「自分が伝えたいこと」に集中して「自分視点」になってしまうので、「聞き手視点」をつねに意識することが大切です。

八村選手の会見では、質問に一つひとつ答えるという形式でしたが、今後大活躍する選手となってスピーチをしていく場も増えるでしょう。

人前でスピーチやプレゼンをするのであれば、みなさんにも意識してもらいたい点が1つあります。

それはワンビッグメッセージです。

あるITの会社のプレゼンを研修したときのことです。その部署ではリバース・イノベーション(新興国で生まれた技術革新やアイデアを先進国に導入して世界に普及させるという概念)を打ち出すプレゼンを練っていました。

それを社内トップに提言する予定になっているという、失敗できないケースだったのです。

こちらが元のプレゼン例です。

「現在、多くのグローバル企業がリバース・イノベーションに取り組んでいて、市場を拡大しています。

リバース・イノベーションを取り入れることで、われわれの製造プロセスも、試作の早い段階で、製品化すべきか否かの判断をつけやすくなり、事業効率も高まりますし、そのためには社員の知識や経験を集約化すべきでしょう。利益率を高めて社員の志気アップにもつなげたいです」

これは日本ではよくあるプレゼンのパターンで、導入があり、説明があり、そして結論があるという型に沿っています。

しかしこのプレゼンを聴いたときに、「何を言いたいのか」というのが、すぐに伝わってくるでしょうか。

市場拡大という他社実績? 事業効率が高まるという効果予測? 集約化という取るべきアクション? 社員の志気アップというゴール?

ミスポイントは、伝えたいことが多すぎて、分散していることです。

たくさん伝えたいことがある、あれもこれも入れてこそ中身のあるプレゼンと考えている方も多いでしょうが、残念ながら、それでは聞いた人にとって受け取り方が違うものになってしまいます。

私がパブリックスピーキングを学ぶときに、コーチを買って出てくれたジャニスから、まず徹底的に指導されたのが、メッセージを1つに絞ることでした。

「ナツヨ、それで結局、何がいいたいの? スピーチの中にメッセージが2つあるわ。どちらが伝えたいこと?」

自分では言いたいことを詰めこんでいたつもりでしたが、実際に指導されたのは、いらないことを「削ぎ落とす」作業でした。

「あなたのスピーチを聞いた人が、今の話のメッセージはこれだったね、と全員が同じく受け取れなければ失敗なのよ」

どんなスピーチでもプレゼンでも、この1点が聞き手に伝わってほしいというメッセージがあるものです。その「たった1つの大事なメッセージ」をブレイクスルーメソッドでは、One Big Massage〔ワンビッグメッセージ〕と呼んでいます。

言いたいことをたった1つの、ワンビッグメッセージに絞りこむことで、相手にずばりと大事なことが伝わるのです。

しかも重要なのが、「20字に削り落とす」ことです。

20字に削ぎ落とすから、頭に残る

なぜ20字なのか。

それは相手に解釈の余地を与えないくらい、余計な情報をそぎ落とすことで、メッセージが絞られて、ピンポイントに伝わりやすくなるからです。

私の恩師であるスピーチコンテスト世界チャンピオンのクレッグ・バレンタインは、英語のスピーチでは10ワードにまとめることを、提唱しています。相手の記憶にメッセージをしっかり焼き付けるためには、そのくらいの短いフレーズであるのが大切です。

しかしながら英語での「10ワード」というのは、日本語に直すとだいたい倍の長さになるのが普通です。例を挙げましょう。

I have a dream.(4語)      私には夢がある(7字)
Boys, be ambitious. (3語)    少年よ、大志を抱け(8字)
World's thinnest notebook.(4語)世界で最も薄いノートブック(13字)

「20字以内」の法則は、企業PRやテレビコマーシャルがそのよい例でしょう。

「あなたと、コンビに、ファミリーマート」(18字/ファミリーマート)
「セブンイレブンいい気分」(11文字/セブン‐イレブン)
「インテル、入ってる」(9文字/インテル)

こんな誰でも聞いたことがあるキャッチコピーは、そのほとんどが20字以下で語られています。

TVコマーシャルだと15秒、30秒枠だからどうしても削ぎ落とすことをつねに考えますが、相手を動かすにはメッセージを削ぎ落とす、という法則は、スピーチ/プレゼンでこそ使えます。

いかに重要な情報のみに整理できるか

長く聞いていればいるほど、情報がたくさん頭に入ってくればくるほど、メッセージが埋もれてしまうからです。だからこそ、20字に削ぎ落とした明確なワンビッグメッセージが大切です。

さて前述のIT会社のプレゼンですが、改善ポイントとして、ワンビックメッセージを絞ることにしました。こちらがワンビッグメッセージを取り入れた改善例です。

【改善例〕
「わが社の市場機会を事業効率よく高める」(18文字)

「それがリバース・イノベーションの最大の利点です。
多くのグローバル企業同様、リバース・イノベーションを取り入れ、新興国で生まれた技術革新や、製品を逆輸入することで、市場機会の拡大を効率よく高めることが期待できます。
リバース・イノベーションならば、わが社の市場機会を拡大できます」

まず、伝えるべきワンビッグメッセージを明確にする。そしてその理由をあきらかにするという流れで伝わりやすくなっているのがおわかりでしょう。

文章も簡潔かつ説得力があるように、PREP法を取っています。

P=Point(結論)
R=Reason(理由)
E=Example(事例、具体例)
P=Point(結論を繰り返す)

このようにスピーチ/プレゼンでは、何をいちばん伝えたいことなのか考え抜き、そのたった1つのメッセージが伝わるための情報を入れ、余計な情報は外していきます。


プレゼンとスピーチづくりはまさに情報の整理術であり、いかに最重要な情報のみへと整理するかにかかっているのです。

みなさんもぜひワンビッグメッセージに削ぎ落とす勇気を持ってみてください。