クラウドソーシングで生活する「若者の実情」
大学を卒業したばかりのウェブライターのトモヒサさん。執筆分野は、NISAの活用方法や家電の処分方法など多岐にわたり、毎月50本ほど執筆する(筆者撮影)
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「毎月の生活費が6万円の新卒フリーランスです。毎日休むことなく働いていますが、毎月の売上が20万円を超えることが少なく、収入面から将来の不安があります。」と編集部にメールをくれた、22歳の男性だ。
毎朝、コワーキングスペースに“出勤”
吹く風から潮の香りがする。千葉・房総半島の海岸沿い。白い壁とオレンジ色の屋根で造られた、南欧風の平屋建てが陽光に映える。もとは隣接する公営プールの更衣室だったというこの建物。現在は、フリーランスとして働く人々が共同で利用する仕事場・コワーキングスペースとして使われている。
玄関を入ってすぐの共用スペース。天井が波状に垂れ下がる白い布でリフォームされた開放的な空間で、コーヒーサーバーやソファが置かれている。扉一枚隔てた部屋は、10脚ほどのいすが設置された作業スペースだ。運営主体は民間の事業者。地元自治体がフリーランス支援を通した若者移住に力を入れており、現在、20代の若者を中心に、全国から集まってきたライターやウェブデザイナーたちが利用しているという。
今春、大学を卒業したばかりのウェブライターのトモヒサさん(22歳、仮名)もその1人だ。毎朝、ここに“出勤”、パソコンで登録しているクラウドソーシングサイトから仕事の依頼があるかをチェックする。クラウドソーシングとは、ネットを介して企業や個人が仕事を発注、不特定多数の人々が受注するシステムのこと。トモヒサさんは、同サイト大手の「クラウドワークス」と「ランサーズ」を利用している。
執筆分野は、NISAの活用方法や、大型家具や家電の処分方法など多岐にわたる。報酬は「1文字〇円」で、単価は仕事によってまちまち。ただ、単価は下落傾向にあり、「毎日休むことなく働いても、(クラウドソーシング側への)手数料を支払った後で手元に残るのは、毎月15万円から20万円くらい。執筆本数ですか? 毎月50本くらいです」
記事は、ウェブサイト上のページが開かれた回数「PV(ページビュー)」や、サイトを訪れた人が1ページ目を読んだだけで離れてしまう「直帰率」、商品購入や会員登録につながった「コンバージョン率」などで評価されるという。
これらの数値がライター側に直接伝えられることはないが、「継続して発注があれば、クライアントに満足してもらえているということ」。トモヒサさんは多いときで6、7カ所と契約をしているという。
食費を1日600円と決めているため、夕食のメニューは、鶏むね肉で作った肉じゃが“一択”だという(筆者撮影)
トモヒサさんは記事を書くのに必要な情報もネットで集めるので、基本的に終日、パソコンに向かう。昼食は、70〜80円に値引き販売されたメロンパンやアンパンなどの菓子パン。夕方、歩いて数分のところにあるシェアハウスへと帰宅する。夕食のメニューは、鶏むね肉で作った肉じゃが“一択”だという。
「毎日同じ料理だと、食材が余らないので効率がいい。朝ごはんも肉じゃがです。時々、納豆や卵を食べれば、栄養的にも問題ありません。食費は1日600円と決めています」
「自分で稼げるスキルを身に付けよう」
出身大学は、就職に強いことでも知られる都内の理工系の学校。トモヒサさん自身、IT関連企業への就職も可能だったという。しかし、あるNPO法人が主催するイベントで「好きなことをしながら稼ぐフリーランス」という選択があることを知ったことがきっかけで、方針を転換。会社勤務などを経ない「新卒フリーランス」として働くことを決めた。
「最近は“売り手市場”なんていわれますが、大手企業は依然として狭き門です。かといって中小にはブラック企業も少なくない。どっちにしても、過労死とか、40代で希望退職とか、そんなニュースを聞いていると、会社に入っても中流層になるのも難しそうだな、と。だったら、自分で稼げるスキルを身に付けようと思ったんです」
母親の再婚相手である継父との関係がこじれていたので、実家はできるだけ早く出るつもりだった。千葉県に、クラウドソーシング手数料の一部負担といった助成をしている自治体があることを知り、移住先に選んだ。文章を書くことが好きで、学生時代からウェブライターの仕事をしていたので、卒業後にそれを本業にしたのだという。
「会社員の父からは『大学まで出したのに』と嫌味を言われましたし、親戚には、いくらフリーランスだと説明しても、『フリーター?』と言われてしまいます。(中高年世代にとっては)やっぱり『会社勤めをして一人前の社会人』なんですよね」と苦笑いする。
トモヒサさんの暮らしぶりは堅実だ。シェアハウスでは、備品補充といった管理業務も担っているので、本来、家賃2万円のところ、半額の1万円で済んでいる。携帯は格安SIMで、利用料は毎月2000円。1カ月の支出は、食費やコワーキングスペースの利用料などを含め、6万円以内に収めている。また、国民年金の免除申請も、税金の青色申告申請もすでに済ませるなど、使える制度を周到に活用している。
家計に余裕があるときは、都内で開かれる、フリーランサーやウェブライターを対象にしたセミナーに参加。帰り際に食べるチェーン店の牛丼が、たまのぜいたくだという。
諦めてみれば、楽しく生きていける
「ミニマリストのブログに影響を受けました」とトモヒサさん。ミニマリストとは、現代的な意味合いにおいては、必要最低限の持ち物だけで生活をする人のことを指す。
「無駄なものを捨てたら、心にも余裕ができました。消費や欲望を我慢して、意味あるのかって思われるかもしれないですが、俺の場合、やってみると、そうでもなかった。諦めてみれば、楽しく生きていける。今、満足度は高いです」
ウェブライターと、取材記者という違いはあるが、トモヒサさんと私は同業者でもある。彼の記事は、いずれも読みやすかった。あるクラウドソーシングサイトの自己紹介ページで、評価が満点の「☆5」だったのも、納得できる。
一方で、私が気になったのは、クラウドソーシングサイトの発注者に、“身元不詳”が少なくないことだ。クラウドソーシングは基本的に誰でも受発注者になることができ、両者のやり取りはメール。このため、過去には素性のわからない発注者が「嫌韓・嫌中などの記事」「共産党に票を入れる人は反日という記事」など差別的、あるいは極端に偏った内容の執筆依頼をしていたことが発覚したこともある。
これに対するトモヒサさんの持論はこうだ。
「稼ぐことが最優先なので、発注者が誰かまでは正直、考えたことがありません。それに、ネットである以上、フェイクやデマは防ぎようがない。でも、そういう質の低い記事は淘汰されます。ウソを書かれたり、傷つけられた側はどうするか、ですか? 自分でSNSで(反論を)拡散したり、裁判を起こしたりするしかないのかなと思います」
私は、「適正な働き方」という観点から、発注者の身元を明らかにさせることはもちろん、クラウドソーシングサイトの運営には、一定の規制を設ける必要があると考えている。
なぜなら、執筆依頼の中には「1文字0.1円」など、雇用に置き換えた場合、ほぼ確実に最低賃金水準を下回る報酬しか得られない案件もある。また、こうしたサイトは、フリーランスの美容師やウェブデザイナーなどにも広く業務を仲介しているが、中には、勤務場所や時間が決まっているなど、雇用と変わらない「名ばかり事業主」もある。
事実上の残業代未払いや、長時間労働により、フリーランサーを使い捨てる発注者の事例を、私は少なからず取材で見聞してきた。こうした悪質な発注者からの手数料もまた、サイトの利益になっているのだ。
企業と労働者は対等な力関係にない。立場の弱い労働者を守り、企業の暴走を止めるために、労働基準法や労働契約法は存在する。クラウドソーシングにおいても、発注者と受注者は対等でないから、「1文字0.1円」「名ばかり事業主」などが横行するのだ。ハローワークが一定のルールの下で仕事を紹介しているように、クラウドソーシングにも、働き手が買いたたかれないような環境整備は不可欠だろう。
フリーランスの活用と「最低報酬額の保証」はセットに
トモヒサさんにとって新卒フリーランスは、消極的な選択だったかもしれないが、その判断には説得力もあった。労働関連法に守られない、ケガや病気をしたら収入ゼロになるおそれもある世界に、新卒で飛び込むことを、やっぱり私は勧める気にはなれないが、国の「働き方改革」がフリーランス=個人事業主を増やす方向にあることを考えると、こうした若者は増えていくのかもしれない。
それにしても、フリーランスを活用したいなら、せめて「最低報酬額の保証」はセットだろう。国は気乗りしないようだが、そうしなければ、ワーキングプアは確実に増える。
話を聞いた後、シェアハウスを見せてもらった。もとは賃貸アパートだった物件で、1部屋を2人でシェアしている。ふすまで仕切られた6畳一間が、トモヒサさんのプライベートな空間である。
ミニマリストを自認するだけあり、物がない。本棚も、テレビも、エアコンもない。丁寧に畳んで壁際に置かれた、数着の下着やTシャツ、ジーンズが、持っている衣類のすべてだという。車も持っていないし、パスポートを取ったこともない。節約の優等生ではあるが、個人消費が伸びないわけだ――。
トモヒサさんは「じゃあ、お金、くださいという話です。お金があれば、車も買いますし、海外旅行にも行きますよ」と笑う。そしてこう続ける。
「確かに将来への不安はありますが、今の生活には満足しています。最近、一生独身でもいいかなと思うようにもなったんですよね。『女性が結婚相手に求める年収は500万円』というニュースを読んだので。でも、だからといって絶望したり、社会を批判したりしても意味がない。自分が変わればいいんです」
ためらうことなく社会に物を申し、挑み、求め、失うことを恐れない。かつて、それは確かに20代の特権だった。変わらなければならないのは、その若者に「自分が変わればいい」と思わせる社会のほうなのではないか。
本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。