鉄道ガード下にオープンした「むすべやメトロ綾瀬」(写真:ハウスプラザ)

「シャッター商店街」がじわじわと広がっている。「平成30年度商店街実態調査証報告書」(中小企業庁委託事業)によれば、空き店舗は多少の増減を繰り返しながら、2003年度の平均3.9店舗から2018年度には5.33店舗、率にすると7.31%から13.77%に増加したという。都内の人気商店街でも、最近、急激に空き店舗が目立ち始めたところもある。

商店街の歯抜けがはじまれば、商店街の魅力は薄まり、ますます空き店舗が増えていくという悪循環に陥る。街が寂れていけば、住宅街の資産価値も落ちていく。なんとしても、商店街の衰退は食い止めたい。

商店街はさまざまな空き店舗対策が講じている。「テナント料や改装費の補助」「活力ある店舗の誘致」「チャレンジショップとして活用」「休憩所や子育て支援施設といったコミュニティ施設として活用」などが典型だろう。また、商店街に活気を取り戻すためのイベント開催に力を入れているところもある。街コンなどは、その代表だろう。

ガラクタ置き場が優良店舗に早変わり

東京メトロ千代田線の綾瀬駅の高架下でも、最近、空き店舗が目立ってきた。これに対して東京メトロ、レンタルスペースの検索・予約サイトの運営などを手がけるスペースマーケット、不動産会社のハウスプラザの3社がタッグを組んで、商店街の空洞化を食い止めようとしている。


店内にはつり革などの鉄道グッズも置かれている(写真:ハウスプラザ)

3社が共同で行う事業が、綾瀬駅のガード下にテナントとして入居しているレンタルスペース「むすべやメトロ綾瀬」である。このスペースには以前、ある商店が30年近く入居していた。しかし、その店が抜けると、次の借り手が見つからないまま1年半が経過。倉庫代わりのガラクタ置き場に使われていた。

当初は、こんなところで商売が成り立つのか心配になるほど荒れ果てていたというが、改装するとすっかり清潔感あふれるスペースに生まれ変わった。広さは44.34平米。20人がゆったり楽しめるくらいの広さがある。店内には「つり革」「シルバーシート」「網棚」などがインテリアとして使われている。いずれも、東京メトロの車両内で使われていたホンモノだ。

壁面には「C19」と大きく書かれている。これは千代田線の19番目の駅、すなわち綾瀬駅を示している。東京メトロの利用者ならおなじみのマークだろう。店内が緑なのも千代田線をイメージしてのこと。鉄道マニアでなくとも、なんとなくウキウキする空間だ。


調理器具などもそろっているのが特徴の1つ(写真:ハウスプラザ)

このようなユニークなインテリアに加えて、ホワイト・ボード、大型モニター、キッチン、調理器具、食器、テーブル、いす、撮影機材などさまざまな設備や備品がそろっている。つまり、会議、合宿、飲み会、パーティー、撮影、ゲーム大会、教室をはじめ多様な目的に使えるわけだ。例えば午前中は企業の研修、午後はフラワーアレンジメントスクール、夜はミニ同窓会といった具合に1日に何組もの客が利用する。通常は1〜2回転、多いときには4回転もするという。

もっとも、商店街の活性化を狙っている東京メトロなど3社にとって最重要事項は回転率を高くして儲けることではない。大勢の客に足を運んでもらい、客同士、あるいは客と商店、店同士などの新たなつながりを生むことだ。例えば、レンタルスペースができたのを見て、さっそく近所の飲食店がケータリングサービスをしたいと申し出た。レンタルスペースと飲食店の新たなつながりが生まれたわけだ。

付き合いの密度が深まる

ケータリングサービスが始まれば、利便性が高まることでパーティーを目的にした利用が増えるかもしれない。すると、今度は近所の酒屋などの売り上げも上がる。つまり、レンタルスペースを通じて酒屋と利用者とのつながりも生まれるわけだ。

数軒先には保育園がある。レンタルスペースができたことで、園児の家族同士が利用するケースも出てきたという。レンタススペースなら子どもが騒いでも周りに気兼ねしないですむ。集まれるスペースができたことで、付き合いの密度も深まっていく。

カルチャースクール、チャレンジショップ、ワークショップ……。その他にもつながりやコミュニティーの誕生を期待できる使い方はたくさんある。コミュニティーができれば、集まる機会が増え、商店街に賑わいが戻ってくるはずだ。

むすべやメトロ綾瀬が驚異的なのは、オープンまでのスピードの速さ。そもそも、レンタルスペースの運営を提案したのは、綾瀬に本店を構える不動産会社のハウスプラザだった。レンタルスペースの第一人者でスペースマーケット代表の重松大輔氏の考え方に刺激を受けて、錦糸町の自社ビルの最上階にレンタルスペース「むすべや錦糸町」をつくったことがきっかけだ。

同じビルの1階・2階に入居している同社の不動産ショップにやってくる客は、月に5人から10人。結婚や入学や転勤といった引っ越しを伴うライフイベントでもなければ、不動産ショップに足を運ぶ人はまずいない。それに対してレンタルスペースには月1000人がやってきた。客との接点の多さは、不動産会社とは桁違い。客との接点が増えれば、さまざまなビジネスチャンスの誕生を期待できる。


「むすびやメトロ綾瀬」の報道公開の様子(写真:ハウスプラザ)

ハウスプラザがこのような確信を持ったのが昨年の8月。それがきっかけで、「レンタルスペースを使えば、最近、空き店舗が目立ってきた綾瀬を元気する手伝いができるかもしれない」と考えるようになり、ガード下に空き店舗を持つ東京メトロに注目した。そこで、東京メトロの社員研修で講師などを務めていたスペースマーケットの重松氏に「東京メトロに紹介してほしい」と頼んだ。その8カ月後には、開店にこぎつけたのだ。

この間、東京メトロはスペースマーケットに出資までしている。「当社が出資した理由は、レンタルスペースが中期計画で挑戦すると決めていた3つのテーマの1つ『つながりの創出』にぴったりのビジネスだったからです」と話すのは、東京メトロ経営企画本部の池沢聡氏。これほどの速さで出資を決めたのは異例だという。言い替えれば、つながりの創出は、それほど緊急を要する案件なのかもしれない。

加えて、レンタルスペースは、老人ホームや保育園のような許認可は不要であり、地域から反対されることもない。店舗を確保したらすぐに営業を開始できることがビジネスとしての強みである。同店にはオープンわずか1週間で、5組の客が利用したそうだ。

むすべやメトロ綾瀬のスピード感に比べると、多くの商店街の取り組みは、いかにものんびりしたものに見える。

地域の個性が反映される

現在、レンタルスペースという業態は「やっと認知度が上がってきた」という段階で、施設数はまだまだ足りない。東京メトロは西葛西駅などの高架下、あるいは東京メトロが所有している自社ビルなどで展開していく予定だ。また、ハウスプラザはJRや私鉄各線にもレンタルスペースを広げていきたいという。チャンスにあふれた市場でもあるわけだ。

レンタルスペースは住民が主体的にコミュニティーを作る場である。いろいろな沿線にレンタルスペースが誕生すれば、沿線、あるいは駅ごとの個性を反映したユニークなコミュニティーが誕生するはずだ。そうしたコミュニティーが、それぞれ個性的な方法で地元商店街に活気を呼び戻してくれる時代がやってくることを期待したい。