路面電車建設「反対意見」は本当に正しいか
オランダ・ロッテルダムで、専用の芝生軌道を走行するトラム。騒音や振動を抑制し、見た目にも美しい芝生軌道は、鹿児島市など、すでに日本国内の既存の事業者でも採用例がある(筆者撮影)
栃木県宇都宮市で、路面電車建設に対する動きが活発化してきた。昨年9月の宇都宮市議会、および翌月の栃木県議会でも建設案が可決され、今年3月に着工する運びとなった。今回、着工が予定されている、宇都宮駅東口から芳賀町にある本田技研正門までの14.6キロが完成すれば、地域の利便性は格段に向上することだろう。
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しかし、現段階においても路面電車建設に反対する声はまだまだある。富山や福井などで路面電車がそれなりの成功を収めたにもかかわらず、まだ道路交通に頼ろうという声が聞かれるのは、宇都宮市が過去に路面電車が走った歴史がない都市であることも関係しているかもしれない。
だが、その反対理由の中には、誤解から生じたと思われるものも少なくない。海外では先進的な都市交通として、各地で建設や路線網拡大が行われている路面電車だが、日本では宇都宮市に限らず、既存の路面電車を高規格化・路線延伸するといった事業に対しても、反対意見が一定数存在する。
路面電車に反対する理由は
こうした誤解やネガティブなイメージは、どこから生まれるのだろうか。日本と海外では、どういった点で意識のずれが生じているのか、そしてこのような意見を払拭することは可能なのか、反対意見として挙がっている主な例を取り上げて検証してみよう。
宇都宮市の事例のみならず、路面電車建設に反対する市民から挙がる意見としては、以下の声が多く見られる。
・路面電車を建設することで、道路の車線が減り、渋滞が悪化する。
・路面電車そのものが渋滞の原因となる。
・騒音や振動が心配。
・沿線以外の住民にはメリットがない。
・バス路線と競合する。
・高齢化社会では、利用できる人は限られてくる。
路面電車を建設することで道路の車線が減少し、場所によっては渋滞が悪化するという点に関しては、全く否定しない。海外ではむしろ、車線減少や交通規制、一方通行化、中心部への通行税導入、さらには都心部の駐車場には料金に下限を設けるなど、車利用者にとってわざと不便となるような、様々な規制を設けている都市も多く存在する。
路面電車を新たに導入した海外の多くの都市では、都心部への車流入量を極力減らしたいという点が導入にあたっての最も重要なポイントの一つだった。渋滞のさらなる悪化を防ぐため、都心部への車によるアクセスをあえて悪くすることで、郊外で車から路面電車への乗り換えを誘発し、車の乗り入れを極力抑制することがそもそもの狙いだからだ。
「本当に必要な人」が車を使える
ドイツ・ヴュルツブルクで、パン屋へ商品を届けに来た配送車。市街地区域はトラムおよび歩行者専用で、一般車の乗り入れは禁止されているが、配送車だけは乗り入れ可能となっている(筆者撮影)
もちろん、宅配業者や店舗への商品納入業者など、業務上やむをえない車についてはアクセスを許可し、荷卸しのためのスペースや専用駐車場を設け、きちんと優遇しなければならない。商店街などから挙がる反対の声の多くは、こうした運搬用のトラックなどがアクセスできなくなるという誤解から生じているが、これは大きな間違いだ。市街地中心部への車によるアクセス制限は、公共交通機関を利用できるにもかかわらず、通勤や買い物などで、無駄に車を利用している人たちを減らすことが目的なのである。
とはいえ、自動車交通にとって不便となるような都市構造とするならば、車利用者にただ不便を強いるだけではなく、路面電車へ乗り換えてもらえるような工夫や優遇措置は絶対に必要だ。郊外に大型の立体駐車場を設け、都心部へ向かう人には格安で提供するといったパークアンドライドの推進は、その最たる例の一つだ。
車を一方的に排除するわけではなく、公共交通機関の手薄な地域の住民に、少なくとも停留所までは車を利用してもらい、そこから路面電車を利用してもらえば、中心部への車流入量を減らすことができる。場合によっては、郊外の大型ショッピングセンターに併設される駐車場を立体化して提供することで、帰宅時にショッピングセンターへ立ち寄る、という相乗効果も期待できるかもしれない。
2014年に開業した英国・エディンバラのトラム。郊外では道路交通に支障がない専用軌道を走行する(筆者撮影)
騒音や振動が心配という意見も多い。確かに、時速60〜70kmで電車が走る様子を見れば、そういった心配も出てくるだろう。しかし、海外でもそのような速度で走るのは郊外区間であり、多くの建物が密集する市街地中心部では、その速度は時速15〜20km程度で、騒音や振動はほとんど気にならない。また、最新の路面軌道は、騒音や振動を抑えるための防振ゴムを備えるなど、環境に配慮した設計となっている。
また、沿線以外の住民には、路面電車ができてもあまりメリットがないという意見もある。確かに、路面電車の路線そのものだけを見れば、沿線以外の地域にあまり恩恵がないという考えが浮かんでも不思議ではないが、前述のパークアンドライドはそのための解決策でもある。路面電車沿線に居住地がない人が、駐車場まで車で行き、路面電車を利用できるような環境作りは必要である。また、近隣の住宅地へのフィーダー輸送として、小型の路線バスを運行することで、免許を持たない高齢者や子供たちでも利用することが可能となる。
バスとの連携は特に重要だ
地元バス事業者との連携は、新路線建設という大きなプロジェクトの中でも、特に重要な位置付けとなる。もともと市民の足として長年生活を支えてきた地元バス会社からすれば、路面電車開業に伴って利用客数が減少することになれば、当然ながら面白くない。かといって、相手をライバル視して競合路線を多く抱えた場合、乗客の奪い合いによって双方が疲弊する危険性がある。
路面電車の建設がある程度進んだ段階で、路線網を再編して競合区間を極力減らし、両者をきちんと接続させる結節点を設けることで、ウィン・ウィンの関係を築き上げていけるよう、きちんとした協議をしなければならない。前述の通り、路面電車の沿線でも末端の住宅街などにおいてバスの柔軟な運行は必要不可欠なので、路面電車の駅へ接続する路線網の整備も重要となる。
超高齢化社会を控えた日本では、今後ますます免許返納者数が増えていくことが予想され、都市交通の重要性は高まっていく。そのためにも、お互いをどのような形で棲み分けていくか、きちんとした話し合いが重要となる。
だが、そのバスと路面電車の乗り換えが不便だ、という意見も多い。確かに、日本の現状を見れば、どの都市も路面電車とバス、鉄道の乗降場所はバラバラで、場合によっては屋根もない中を何百mも歩かなければならないところもある。これでは悪天候の際、乗り換えをしたくないという声も出るだろう。
スイス・ベルン中央駅のトラムおよびバス乗り場。開放感あふれる大型の屋根が設置され、雨天でも濡れずに乗り換えが可能だ(筆者撮影)
ドイツ・ドレスデンで、トラムのホームを共有する路線バス。トラムもバスも共通の交通機関として同じホームから発着する(筆者撮影)
最近は路面電車の停留所を鉄道駅構内へ移設するなど、各都市で整備が進められたことで多少不便は解消されつつあるが、バス路線との接続は相変わらず悪い都市が多い。これは前述の通り、日本では路面電車とバスがライバル関係にある都市が多く、相互の乗り換えを考慮していない都市が多いからだ。
欧州の都市へ目を向けると、路面電車とバスは停留所の対面で相互に乗り換えられることが多く、場合によってはバスが路面電車の軌道へ入り、同じホームで乗り換えができるケースもある。路面電車とバスの垣根がなく、同じ公共交通機関として扱われているのだ。これは同じ事業者が路面電車とバスの両方を運営しているからこそ、こうした整備も可能となっているのだが、本来はライバル関係にある日本の路面電車とバス事業者においても、こうした整備は決して不可能ではないはずだ。
BRTではダメなのか?
軌道敷に縛られた路面電車ではなく、バス専用レーンを整備して路線バスを高度化すればよいという意見もある。いわゆるBRT(バス・ラピッド・トランジット)だ。確かに、都市の規模によってはそれも一つの選択肢として考えられる。
だが、バス1台の収容能力は高規格の路面電車と比較すればはるかに少ないため、その分多くの台数を走らせなければならず、決して効率的とは言えない。仕様にもよるが、連接バスを導入することで、路面電車に近い定員(120〜150名程度)を確保することも可能だが、いずれにせよ電気バスを導入するのでなければ、特に市街地中心部における騒音や振動、排ガスによる環境悪化も懸念される。バスは路面電車でカバーしきれない地域の補完として役割を分担することも、重要となってくる。
最後に、「高齢化社会では路面電車が開業しても利用できる人が限られる」という意見について検証しよう。これは不可解な声だ。停留所まで歩き、公共交通機関を利用するのは大変で、車を使って移動した方が便利だというのがその理由だが、高齢ドライバーによる事故が社会問題となっていることは、報じられるニュースの数を見ても明らかだ。家族が送迎するとしても、核家族化が進んだ現代社会においては高齢者だけの世帯も多くなっている。
高齢化が進む今後は、車に頼らずとも高齢者が自分自身で不自由なく移動することが可能な世の中にしていかなくてはならない。路面電車と接続する末端区間のバス路線に自由乗降区間を設定し、自宅のすぐ近くから乗車可能にするといった方法で、歩行する距離を短くすることは可能だ。
今後を見据えた都市環境づくりを
オランダ・アムステルダムの繁華街を行くトラム。ここを通れるのはトラムと歩行者、それに配送車のみである(筆者撮影)
路面電車が建設されれば、全ての問題が解決し、市民全員が満足する結果になるわけではない。だが欧米では、車だけに頼った社会がどういう末路を辿るかにすでに気付いている。そして、かつては自動車社会にとって「お荷物」だった路面電車を新時代の公共交通機関として再生し、現在では路面電車を敷設した歴史がない都市へも積極的に導入されている。
だが、日本ではまだ路面電車は道路交通の敵という感覚が抜けきらない。このまま車にばかり頼った社会へ進んでいけば、日本は環境・福祉面で大きく立ち遅れた国となっていくことは想像に難くない。今後ますます加速していくであろう高齢化社会において、公共交通機関の重要性は日に日に高まっていくことだろう。10年、20年先を見据えた都市環境づくりは、現在の高齢者だけの問題ではなく、今働き盛りの30〜40代にとっても、決して他人事の話ではないのだ。