健大高崎(群馬)葛原美峰コーチ流ゲームプラン立案メソッド 「木」ではなく「森」を視る【Vol.1】
もはやおなじみの「機動破壊」。だが、健大高崎はそれだけではない。走攻守にわたり緻密に練られたゲームプラン。その存在がチームの力を何倍増しにもしている。いったい、どのような流れでゲームプランは練られていくのか。立案者である葛原美峰コーチに秘訣をうかがった。
機動破壊のブレーン葛原美峰コーチ(健大高崎)
高崎健康福祉大学高崎高等学校(以下、健大高崎)といえば「機動破壊」。このフレーズは、すっかり全国の高校野球ファンにとってなじみ深いものになった。だが、誤解されがちなのが、「機動破壊」=盗塁、という先入観。1試合で盗塁数が多ければ機動力が機能したと評され、少なければ機能しなかったと評されがちだが、そうではない。
機動力を駆使して相手チームへプレッシャーをかけ、強打でたたみかける。それでリードを奪えればそのまま試合を支配していく。もし接戦になった場合は、ヒットが出ずとも1点を奪いに行くために機動力を活かす。その両方に通じるのは、相手の心理を巧みに突く野球だ。そのためには、自分たちの強みはもちろん、相手のウィークポイントを的確に把握している、もしくは把握していく必要がある。つまり、健大高崎の「機動破壊」は、ゲームプランが緻密であればあるほど試合前半から効果を発揮しやすい。
「勝つためのゲームプラン」。これから夏の大会を控えているどの高校も考える点である。その点、健大高崎は「機動破壊」を最大限に活かすためのゲームプラン、その精度をずっと追求してきた。そのブレーンたる存在が葛原美峰コーチである。
自称「(青柳博文)監督の相談役」という葛原美峰コーチは、過去の野球部訪問で貴重なメソッドを教えてくれた「機動破壊の核」葛原毅コーチの父。自身、杜若(愛知)で監督を務め、四日市工(三重)でコーチをしていた経験、知見を、健大高崎の野球にフル動員している。
「自分が監督をしていた時は、データをそこまでとっていませんでしたが、コーチとして監督を側面から支える立場になってからとるようになりました。対戦相手の分析は私一人で行っています」という葛原コーチに、「勝つためのゲームプラン」、その立案のヒントを教えてもらった。
総論:「何点勝負か」からプランを練る葛原美峰コーチ(健大高崎)
対戦相手を「双眼鏡で見ながら、癖やしぐさ、表情まで分析する」という葛原コーチ。その驚くべきデータ取得術は後で述べるとして、まずプランを立てる際にやるべきことは、「何点勝負になるか」を徹底してシミュレーションすることだという。
「細かな点ばかりを気にして『木を見て森を見ず』ではなく、まず森を見てから木、枝葉を探っていきます。その際、絶対やることが『何点勝負』か、を読むということ。自分たちの戦力に相手の戦力を投影して考えるのです。そこから入らないと、戦略の立てようがありませんから」
普段から自分のチームの練習や練習試合を見ていれば、得点能力は大方把握できる。そこに、相手ピッチャーのタイプと相性を当てはめる。これは簡単なことではないが、健大高崎の場合、年間100試合以上行っている練習試合から似たタイプの投手と対戦したデータを引き出すことを出発点に細部を詰めていく。
どう詰めていくかというと、葛原コーチが、空想でゲームをするのだ。「その際、現段階の選手の状況、チーム状況といったデータと離れた要素も加味してシミュレーションすることが重要です。そういったデータでは測れない調子や雰囲気が高校野球では試合に大きく影響してくるので、現場をくまなく見ていることが必要になります」
そして重要ポイントとして、「できること」「できないこと」を明確に区別して戦略を練る。「できないことを選手に求めてもしょうがありません。もちろん全員が打てればいいですが、そうはならない。例えば現在のチームに打撃が期待できる選手が4人いるとすれば、彼らを最大限に活かすために、残りの5人には自己犠牲の精神を持って臨んでもらう。そういった考え方をしています」
そして何点勝負になるかをイメージするのだが、話はここで終わらない。自分たちが「5点は取れる」という根拠を得たら、次に「4点まで取られていい」という考え方をする。「点を取ることより、点を取られてもいい、という考えを重視しています。なぜなら、『4点までなら取られてもいい』と考えることで選手たちの肩の力が抜けるからです。1、2点取られても負担も重圧も感じなくなります。むしろ『まだ2、3点取られても大丈夫だ』という風に考えるようになります」
葛原コーチのゲームプランは、徹底的に等身大である。野球はゲームセットの瞬間、1点上回っていれば勝ち。どんな相手でも最初から完封にこだわる必要はない。「機動破壊」は心理戦の要素が強いが、ゲームプランにも心理的効果が組み込まれている。
プラン精度、実現度を上げる精緻なデータ練習風景(健大高崎)
ただ、このゲームプランには相当な精度が求められる。試合が始まり、いきなりプランが崩れてしまうと、逆にチームは混乱してしまう。「試合が予想外の展開になると困ります。段取りはします。メインのプランが崩れた時のためのサブプランも考えてあって、二本立てで話しますが、重要度としてはメインを8、サブを2ぐらいのイメージでしょうか」
と葛原コーチは最悪の場合の準備も怠らないものの、大半の試合はメインプランの想定内に収まるという。例えば甲子園に初出場した2011年夏。この2回戦で健大高崎は横浜(神奈川)と延長10回の死闘の末、5対6で敗れた(試合記事)。この試合、葛原コーチは事前に「5点勝負」というスコアから延長戦の可能性まで言及していたという。結果的に敗れたものの、試合はほぼプラン通りに進んだのだ。
これだけ精度の高い葛原コーチのプラン。裏付けとなっているのが、データだ。「私自身、杜若の監督として13年間、延べ1112試合を行いました。断片的ですが、全部の試合を覚えています。そして四日市工のコーチとして取りためたデータも1000試合を越えます。そして健大高崎に来て毎年100試合以上のデータを取っている。これらデータを引き出し、トータルで見ると、自分の印象とは違う傾向ともいうべきものがたくさん見えてきます」
さらに、葛原コーチには愛知県知多郡にあるスポーツ医・科学研究所(1986年設立)で研究をした経験があった。「半年間休職して研究をしました。そこで知ったのは、オリンピアンのような他競技のアスリートたちに対するタイム測定や動作解析といった科学分析の進歩です。それこそ栄養摂取からして細かい。体力測定するにも専用の器具を使い、動作解析にしても数値で裏付けをとる。私はこの科学分析の手法を野球に持ち込みたかった。
野球を野球競技としてとらえたかったといいますか。単に『下半身が強い』と言うだけでなく、どのような動きが作用してどの部分が強いから下半身が強くなるのか。『打球の飛距離がすごい』なら、なぜ飛距離が伸びるのか、そのメカニズムを数字で出したいと思ったのです」
映画『マネー・ボール』で有名になったサイバー・メトリクスも当然取り入れている。動作解析も一つ一つ、肉体構造の仕組みから解説する。数字は選手たちへの説明に説得力をもたらす最良のツールになる。この春に葛原コーチは健大高崎の職員になったが、それまでは外部コーチ。5年間は、自宅のある三重から毎週末健大高崎グラウンドに通う日々だった。
「週末、地元で仕事を終えてから車で片道500キロを走り健大高崎へ行って、月曜日の早朝3時に帰る。1年間の車の走行距離は10万キロになりました」尋常ならざる情熱と研究経験、そして長年の蓄積に寄るからこそのデータ精度。これは生半可な覚悟でマネできるものではない。
葛原コーチの情熱がもたらした高精度のデータとそれに基づくゲームプラン。では、「森」から「木、枝葉」へどのように具体的に落とし込まれているのか。次から「走・攻・守」に分けて具体的なプランを見ていってみよう。そこにあったのは、いわゆる定石、常識を覆す、データに裏付けされたオリジナルの戦い方だった。
■健大高崎(群馬)健大高崎(群馬)葛原美峰コーチ流ゲームプラン立案メソッド 「精巧なプランの下、実行される機動破壊」【Vol.2】へ続く
(取材・文=伊藤 亮)
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