かつての「大川興業」と言ったら、大川豊のワンマン事務所と呼んでも過言ではなかった。文化人として『朝まで生テレビ!』に出演し、防衛政務次官(当時)の西村眞悟氏と対談した際には“核武装発言”を引き出すなど、八面六臂の活躍を見せる大川総裁。
彼がセンターを務める「ウイーン電動こけし合唱団」の映像を観返すと、地味な風体でバックコーラスを務める江頭2:50(当時は江頭秀晴)の姿を発見することができる。

江頭秀晴、「江頭2:50」に改名


大川興業の一構成員であった江頭は、同じく大川興業に所属するコンタキンテ(大道塾で市原海樹と同期!)を相方に、ホモコントが売りのコンビ「男同士」を結成していた。しかし、その活動領域は好事家が集まるライブハウスが中心。要するに、当時の彼はカルトな地下芸人でしかなかった。

そんな江頭がテレビで“跳ねた”のは、1992年にフジテレビで放送されていた深夜バラエティ番組『たまにはキンゴロー』が初めてではなかっただろうか?
ある日、同番組スタッフは彼の“酒乱癖”を引き出そうとする。スタジオの片隅で、スタッフが用意した一升瓶の日本酒をグイグイ飲み干す江頭。程なく彼は豹変し、若手芸人のお目付け役であった高田文夫を追い回すだけでなく、セットから突き落とす暴挙に出てしまう。
「江頭2:50」という芸名の由来は、彼が酒を飲んで暴れ出す時間が午前2:50だったことにある。

演出家・テリー伊藤に注目される


この危険な男の噂が演出家・伊藤輝夫(テリー伊藤)の耳に入るまで、そう時間はかからなかった。なにしろ「たこ八郎をゴールデン番組の司会にしたい!」と息巻いていた伊藤である。彼は、江頭をテレビ東京のゴールデン番組『名門・パープリン大学日本校』レギュラーに抜擢した。
第1回放送の収録日。スポンサーのお偉いさん方が見守る中で江頭は衝動を抑え切れず、当然のように全裸となる。結果、初日降板という彼らしい憂き目に遭った。


とはいえ、江頭にたこ八郎と同じ匂いを感じ取っていたテリーは、すぐさま『浅草橋ヤング洋品店』(以下、『浅ヤン』)に彼を再登板させた。恩義を感じた江頭はテリーの元を訪ね、感謝の言葉とともに以下のような決意表明をしたという。
「俺は拾ってくれたテリーさんの為なら命を捨ててもかまいましぇん。俺は番組で笑ってもらえるならば死んでもかまわないでしゅ。お願いでしゅから、一度でいいから俺を番組で殺してください!」(浅草キッド著『お笑い男の星座2』より)

ライバル・清水圭に心を折られる


1994年、『浅ヤン』にて「江頭グランブルー」なる新企画がスタートした。主人公はまぎれもなく江頭2:50。対戦相手は、インドで単身10年間修行したヨガの達人。二人が3メートル四方の特設水槽にて“水中無呼吸決戦”を決行するのが、新企画第1回のクライマックスだ。
結果、ヨガの達人が出した記録は2分45秒であった。対して、江頭が出した記録は2分59秒。なんと、ヨガの達人に勝利してしまった江頭。伝説の企画の、栄えあるスタートであった。

しかし主人公がいれば、相対するライバルも必要となるだろう。同企画の“ヒール”役に指名されたのは、吉本興業の清水圭。
意気上がる江頭は、清水の姿を確認するや「俺がグランブルーだ!」と咆哮。このバチバチの状態で清水は、とんでもない記録を弾き出してしまった。江頭のタイムを大きく上回る3分10秒。清水に記録を破られた江頭に目をやると、顔面蒼白になっている。

新記録を弾き出しスタジオ中の歓声を浴びる清水は、勢いに乗じて「この、チンピラ芸人が!」と江頭を一喝。「ブチッ!」とキレた音が聴こえるかと思うほどに表情を一変させた江頭だったが、同時に心も折れていた。清水の後に挑んだグランブルーでは、1分38秒という凡庸な記録に終わってしまっている。水上に上がった江頭は目頭を抑え、顔を上げることができない。その姿を見て「泣いてんじゃねえ、バカ! ハッハッハ」と吐き捨てる清水のヒールっぷりは見事だ。
「追い込まれてた。まだまだ、メジャーにはなれない」と弱音を吐く江頭を見て、いたたまれない気持ちになる共演者たち。遂にはこの日の対決後、江頭は失踪してしまう。もはや、ただのバラエティ番組ではない。

“死”の覚悟を胸に、スタジオへと舞い戻った江頭


その後、姿を発見された江頭はめげずに水中特訓を敢行。一日で約30回の素潜りに挑戦したものの、医師から「血管が緊張状態にある」とドクターストップがかかってしまった。しかも、何度チャレンジしても記録が一向に伸びない有り様だ。

こうして江頭不在のまま、グランブルー企画は最終回を迎えた。この日は中村ゆうじ、梅垣義明、近田春夫、矢部浩之、ルー大柴といった面々が清水に挑戦するも、どのチャレンジャーの記録も王者には遠く及ばず。呆れた清水は「予選を行なってから挑戦者を決めろ」と憎まれ口を叩き、ダーティ王者を演じ切る。
その刹那、「ちょっと待ったーっ」という叫び声とともに真打・江頭が登場! 清水を睨みつけ、脱いだシャツを床に叩きつける江頭の闘気は、明らかにテレビサイズではない。当然である。この時、江頭は本気で死ぬ覚悟ができていたのだから。
江頭「圭ちゃん! この水槽、この水、この企画。全部俺のもんだよ! よし、もう今日が最後のチャレンジ。やらして!」
清水「 OK、やって!」


グランブルー対決の模様は全てDVD化されているので(『浅草橋ヤング洋品店 魂の在庫一掃大セール DVD-BOX』)、当時の様子を確認できる人はぜひ再見していただきたい。この日、水中に潜った江頭の顔は2分を経過した辺りから変形をし始め、2分15秒辺りではありえないほど青白くなっている。
そして、遂に清水の保持記録である3分20秒をオーバー! しかし、一向に水上へ上がろうとしない江頭。水中で虚ろげに目を開き、首を左右に振ってもがき始める。完全に異常事態であることがわかる。進行役の玉袋筋太郎が「上がれ、上がれ! もういい!」と絶叫するも、その声は本人に届いていそうにない。
結果、4分14秒という危険なレベルで記録を更新してみせた江頭。水上に上がるも、すでに失神状態にあることは明らかであった。命を捨てるほどの覚悟を持つ彼が選んだ秘策は、文字通り“死”だったのだ。

この江頭の気迫を見た、前王者・清水圭。今度は、彼の心が折れた。
「もう、水槽に足を踏み入れる気力がなくなりました」(清水)
思えば、清水の立場も辛い。登場時から超人・江頭のライバル役として指名されていたのだ。しかも、死を覚悟させるほどに追い込んでみせている。見事、大役を務め上げたと賞賛しても良いのではないだろうか?

場内の“江頭コール”を一身に受けて涙しながら手を上げる江頭の姿が、この企画のエンディングシーンとなった。
思えばそのアナーキー極まりない芸風の割に、江頭ほど世から愛されている芸人はいないと思う。その契機こそ、「江頭グランブルー」。「1クールのレギュラーより1回の伝説」という彼のポリシーを体現した、90年代の名作である。
(寺西ジャジューカ)