朝日新聞の他の2氏の話。
スポーツマーケティングのトランスインサイト社代表の鈴木友也氏は、MLBでは戦力均衡のために完全ウェーバー制を導入、さらに今年からは新人の契約金の高騰を防ぐために契約額の上限が設けられること。その上限が下位チームほど高く設定されていることを紹介。巨人に集客力のあった時代はともかく、NPBも戦力均衡を図るべき、としている。
正論である。アメリカには日本以上に金の亡者はいるが、オープンであり、ルール化されいる点が大きく違う。

スポーツライターの小関順二氏は、「緩やかなルール」云々は球界でしか通用しない。それを大きく逸脱する金品を得ていたことは、ファンが納得しない、とし、今度の事態で巨人ファンが阪神に乗り換えるのならまだいいが、プロ野球ファンをやめてしまう、巨人にとっても野球にとっても何一ついいことはない、と危惧している。
ファンの目線に立てばそういうことだ。

さて、読売新聞は「社会欄」で、昨日までの主張を繰り返している。つまり「最高標準額」はあくまで拘束力のない「目安」であり、上限とはいえない。
一部のマスコミが標準を超える金額を裏金と報道しているが、2007年に正式金の上限が決まるまでは、
 ?目安としての標準を決めるが
 ?上限ではない。
これをちゃんと理解していれば、このような記事にはなりえない、と書いている。
これに加え、選手会事務局の松原事務局長のコメントとして「この時期に選手のプライバシーをさらされたのは大変遺憾」「問題は当時の制度であって、選手は悪くない」を掲載している。情に訴えるということか。

「読売新聞社」と「株式会社読売巨人軍」はグループ企業だが、一応別個の会社のはずだ。本来ならこの記事は、「巨人側はこう反論した」と書くべきなのに、全くの主観で書いている。なりふり構わずグループあげて反論しているという感じで、少し笑ってしまう。
読売の反論は「僕ちゃんはルール違反してないもん」の一語に尽きてしまう。争点はそこにあるのではなく、「(巨人ともあろうものが)そんなことをしていいのか」にあるのだが、それをかわそうと必死である。
ルール違反をしていなければ、すべて見逃してしまうのであれば、ジャーナリズムは成り立たないと思うがいかがか。

読売側は、次には傀儡のコミッショナー事務局を引っ張り出してくることだろう。老耄著しい加藤コミッショナーは、また悲しくなるようなご託宣を下すことだろう。
プロ球界から取材拒否をされたら困る朝日新聞は、どういう手を打つのだろうか。

巨人側は必死になって火の粉を振り払おうとしているが、この話は「巨人だけが悪い」というものではない。
野球の才能がある子どもを高く売りつけようとする親や野球関係者と、その要求をのんで金銭や便宜供与をエスカレートさせていったプロ側双方に責任がある。1試合もプロで出場していない選手に、スター選手の年俸を上回る巨額の金銭を与えるという異常な慣習が、プロ球団の経営を圧迫している。さらには、アマチュア球界の一部に拝金主義をはびこらせている。

この病根を断ち切ることが、NPBの健全な発展に不可欠なのだが、その兆しは全くない。恐らくは、大きな金の流れの各段階に、利ざやをとったり、便宜を供与されたりする輩がびっしりとこびりついているからだろう。何かを改革しようにも、抵抗勢力があまりにも多すぎて、何もできない。今の日本の縮図を見るようだ。

事態がこのまま尻すぼみ的に終息するのではなく、きっちりと落とし前がつくことを望みたい。