ナイジェリア戦。僕が一番がっかりしたのは、本田拓也と香川真司がそれぞれ、サイドチェンジをミスキックで決められなかったシーンだ。逆サイドの内田めがけて、ほぼフリーの状態で蹴っておきながら、インに引っかけてしまい相手にカットされた。

　選手の巧い下手、あるいは好き嫌いを判断するとき、僕はキックを重要な物差しにしている。綺麗な回転のボールを、長く正確に蹴ることができない選手は、プライオリティが低くなる。

　サッカー選手は別名「球蹴り屋」だ。ボールを蹴ることを生業にする。その大前提と言うべき基本中の基本プレイに、拘りをもっているように見える選手と、持っているように見えない選手との差はデカイと言 わざるを得ない。

　一方でサッカーは、ピッチにどんな絵を描くかというデザイン性を競い合う競技だ。そうした見方は確実にできる。その残像が鮮やかであれば、プレイそのものの展開も、優秀だという話になるのだが、そこでキックが果たす役割は「筆」になる。パスは筆跡で、その無数の筆跡によって、デザインは形作される。

　優れた作品に仕上げようと思えば、キックには細心の注意を払わなくてはならない。シビアにいえば、細かなインサイドキック1本たりともミスは許されない。強さ、スピードだけでなく、回転の質にまで拘って欲しいものだが、そうした中にあってサイドチェンジは、作品の肝となるべき筆跡になる。ピッチを大胆に横断するこのキックを、何度成功させることができるか。鮮やかに決めることができるか。他のパスとは比べものにならぬほど、高い芸術性が求められている。

　本田拓と香川は、そこでミスを犯した。致命的であり決定的なミスだと僕は思う。ほぼフリーの、難易度の低い状態でありながら。

　さらにいえば、そのプレイに目を凝らせば、偶然、起きたミスのようには見えてこない。もう一度トライしてもしくじりそうな確率の悪さを抱かせる。インステップキックそのものに、当たりそうな気配がしないのだ。

　サイドチェンジのキックは、150キロ以上出せるプロ野球の投手が、あえて急速を殺し、140キロで投げるボールと似ている。コントロールを重視したストレートボールという点で一致するし、受け手のことを考えると、野球のいわゆるボールを置きにいく投球とも一致するのだが、彼らがその感覚を備えているようには見えないのだ。ストライクすら取れそうもない投手を連想させるサッカー選手というわけだ。

　だから、サイドチェンジは決まらない。サイドチェンジそのものもしたがらない。チームとして、ピッチの横幅を有効に活用できない原因でもある。アメリカ戦、ナイジェリア戦を通して、サイドチェンジが決まった回数はどれほどあっただろうか。その少なさと、日本のサッカーの特異性は一致するといっても言い過ぎではない。パス重視と言いながら、サッカーそのものが綺麗に見えない原因でもある。

　一流チームは、サイドチェンジを150キロ近い速球でビシッと決めることができる。ピッチに描かれるデザインは、自ずと大胆になる。スケールと迫力のみならず、美しさ、鮮やかさ、そしてなにより効率性も増す。

　もう一人の本田（圭佑）には、やればできそうなキック力がある。そういう意味で嫌いな選手ではないのだけれど、五輪チームでそうしたプレイを見せる機会は少ない。

　アメリカ戦、ナイジェリア戦では、外に開いている時間より、『10番』の選手のように、中に入り司令塔のように振る舞った。パスの出し手としての意識が、受け手としての意識を完全に上回っていた。 4-2-3-1の3の右に位置する選手であるにも関わらず・・・。これでは、 サイドチェンジが決まらないばかりか得点も決まらない。

　4-2-3-1の3の両サイドを務める香川と本田圭が、相手陣内の深いところで、ボールの受け手になる機会が、もう少し多ければ、チャンスの数も、もう少し増えたに違いない。

　グループでパスを繋ぐサッカーが日本のサッカー。その特徴を出すべきだと、初戦で解説を務めた山本サンは言った。しかし、サイドチェンジのパスを決める能力も低ければ、展開の幅も狭いのが日本の特徴だ。

　だからピッチに描くデザインに鮮やかさを感じることもできない。パスワークは鮮やかだったが、決定力の低さで負けた。ナイジェリアに力で屈したのでは全くない。非力なのに、非効率。残念ながら、決して「誇れる」負け方ではない。（了）