会議室の一室で、マッサージのサービスを提供する星野さん。1月5日、東京都品川区のエキップ社で。(撮影:佐藤学)

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「健常者の方々は、わたしたちの存在を知っていますが、残念ながら理解してくれる人は少ない」──。目と耳の両方に障害を抱える盲ろう者で、千葉県市川市で両親と暮らす星野厚志さん(37)はこう語る。

 星野さんは26歳のときに網膜色素変性症と診断された。盲学校理療科に入学して、2000年にマッサージ国家免許を取得し、現在は盲ろう者マッサージ師の出張サービスを企業に提供する「フォレスト・プラクティス」(東京都文京区、田辺大社長)に勤務する。「いつか両親も他界するときがやってきますから、それまでに自立しなければ…」と切実に語る星野さん。そこには、障害者年金だけでは生活は苦しいという事情がある。

 「障害者雇用促進法」によって、一定規模以上の事業主は障害者を一定割合以上雇用すべき法的義務を負う。民間企業(常用労働者数56人以上)の障害者の法定雇用率は1.8%。しかし、厚生労働省が06年12月14日に発表した同年(6月1日現在)の実雇用率は1.52%とまだその数値に届かない。

 マッサージ師としての星野さんのクライアントは現在、社員約750人の化粧品会社「エキップ社」(東京都品川区、菅誠之社長)の1社。1回30分のマッサージ(1日9人)と1回10分(1日21人)のマッサージを合わせて月3回提供する。2つの障害を抱える星野さん一人では出社が難しいため、プラクティス社の会計コンサルタントで、手引き役も務める三浦丈次さんと一緒にエキップ社に出社する。社内にマッサージの告知メールが流れると、30分ほどで予約が埋まるほどの人気で、同社では2月から月4回に回数を増やすという。

 従業員満足第一主義を掲げる同社の菅社長は「従業員が喜ぶことを実践しただけで、障害者雇用の推進に貢献しようという気持ちは最初はなかった」と話す。同サービスを福利厚生に導入したことで、多くの社員はマッサージの質をはじめ、社内で行う利便性などを歓迎する。「社外の友人に話すと、みんなに羨ましがれます。それに、障害者雇用に貢献する取り組みを率先して実践する会社であることがうれしい」という声も聞こえてくる。

 「待っているだけでは仕事はやってこない」という星野さんは、田辺社長と共に企業回りも行っている。「わたしが実際に足を運ぶ理由は、同情してもらうためではなく、障害者とはどのような人であるかを見て、理解してもらいたいからです」という。全国に視覚障害者が約30万人、聴覚障害者が約35万人、そして、その両方の障害を抱える盲ろう者が約2万人生活していることなどから説明を始めるという。

 「障害者にとって、働くことは人間らしく生きることです」という星野さん。障害者が住みやすい社会を築くためには、障害者自らが積極的に外に出て健常者と会話し、理解してもらうことが大切だという。自分より重い障害を抱えながら、明るさを失わずに生きる障害者の姿勢にいつも勇気づけられるという星野さんは「健常者にとっても、障害者が身近で働き、生きている姿を目にすることで、きっと励みになるはずです」と語った。【了】

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