冨樫剛一氏(元東京ヴェルディ監督)に聞く(2)

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 日本サッカー協会とJリーグによる育成年代の強化を目的とした協働プログラム(JJP)により、シャビ・アロンソやアントワーヌ・グリーズマンらを育ててきたレアル・ソシエダ(スペイン)に派遣された冨樫剛一氏。現地ではクラブに根づくサッカー文化に触れる日々だという。

――ピッチ外でも面白い発見が多そうですね。


トップチームで活躍するアシエル・イジャラメンディも育成部門の出身だ

「すごく思うのは、やはりサッカー文化が根づいているということです。例えば、スタジアムにも練習場にも必ずバール(カフェ)や小さいレストランがある。僕ら試合に行ってメンバー発表をして、子供たちが着替える間、バールに行ってコーチたちとミーティングや意見交換をします。そこには父兄がいたり、相手チームの監督がいたりして、コーヒー片手に話ができるんです。

 試合後も、子供たちが着替えてバスに乗るまでの間に、相手のスタッフとコーヒーを飲んで話をする。そこのバールでボカディージョ(スペインのサンドイッチ)をつくってもらって、帰りにバスで子供たちのご飯にしたり。ボカディージョは、バールによって味が違うから、『今日のボカディージョは当たりだぞ、トガ』と言われたりね。日本でもそういうことができたら、話が横にも伝わってくし、関わる人数が増えていくけど、そういう部分がすごく少ない。オープンな場所が少ない気がします。

 余談ですけど、ヴェルディの監督をしてるとき、クラブハウスの2階の選手スタッフ用の食堂を、スクールの保護者に開放したんですよ。小さな子供がいる人もいるし、寒かったりするから。それは画期的ではあったけど、2階の食堂に行くにはクラブハウスの受付を通らなくちゃいけないんですよね。だから日本に帰ったら、練習場の駐車場にでもバールをつくって運営するというのがメインの仕事になるんじゃないかと思うくらい(笑)。でも、そういうことが大事なんだなと思います」

――子供たちの様子は日本人と違いますか。


レアル・ソシエダ(スペイン)に1年間、派遣されている冨樫剛一氏

「こっちの子はよくしゃべります。読売やヴェルディで育った子たちもよくしゃべるから、僕からしたら普通なんだけど、普通の日本の子供よりはよくしゃべります。挨拶もするし、食事をしていても、先に席を立つときに『ごゆっくり』なんて気の利いたこと言ったり、コミュニケーション力が全然違うと思いました。

 先日、乾(貴士。インタビュー時はSDエイバル所属。エイバルとソシエダは同じ州内にある)選手としゃべっていて、スペイン語には敬語がないという話になりました。だから彼らはメンディリバル監督に対しても選手に対しても『トゥス』っていうフランクな二人称を使うんです。日本語にすると『監督、来てください』じゃなくて、『監督、来いよ』みたいな感じです(笑)。でも、それで監督に対して敬意がないわけではないんですよね。

 選手の話をすると、今、U-14にすごくいい選手がいるんです。150センチ台で中島翔哉より小さいくらい。すごくインテリジェンスがあって、なんでもわかっている。ただ、小さいから潰されるし、蹴ってもボールは飛ばない。でも、カンテラのみんなは『大きくなったら全部できるようになるぞ』と、評価しているんです。

 やはり周囲がしっかりと見てあげている。なんでミスになったのかをちゃんと理解してあげているから、そのミスが単純なミスなら普通に怒られるけど、成長の度合いによるミスには何も言わない。むしろ、彼はこういうことをしたかったんだ、それが実現するためにはどうしようかと、親身になってあげるんです」

――いい選手だからといって、必ずしも上のカテゴリーに上げるわけではない?

「彼の場合、上に上げると(体格差で)もっとできないだろうから、チャレンジ心が失せちゃうから上げないんです。それとは別にU-18にもいい選手がいて、僕などはCチーム(U-21)に上げちゃえばいいと思ったけど、彼の性格、成長の度合いを含めて、U-18でプレーさせることにしているそうです。そのあたりは、クラブですごくコントロールしています。

 ユースダイレクターの部屋に、カンテラの全選手の名前が、カテゴリーごとに色分けされて書かれているボードがあるんです。その部屋には子供も入ってくるのですが、実はそのボードは二重になっていて、裏側には将来のトップのスタメンが書いてあるんです。それは子供たちは知らないんですけどね。

 僕自身もそうやって選手を育ててきたんです。ジュニアユースの監督をしたときは、平本一樹、飯尾一慶、相馬崇人、ひとつ下に富澤清太郎というメンバーがいて、将来は彼らがトップでやっていくんだなと思ってやっていました。

 その次のときは、高木俊幸、高橋祥平、ひとつ下に小林祐希、高木善朗、キローラン木鈴(こりん)、キローラン菜入(ないる)、高野光司がいて、彼らには『10年後にトップが1部で優勝するためには……』という話をしながらやっていました。

 その次には94年生まれの中島翔哉、吉野恭平、安在和樹、前田直輝、その下が95年生まれの高木大輔、安西幸輝、澤井直人、菅嶋弘希、畠中槙之輔の代で、その下に三竿健斗がいました。

 自分がもしトップに関われるなら、『J1で彼らを中心に』なんて思いながら育成に関わっていました。このポジションには誰をどう成長させて……ということをいつも考えていた。だから、そうやって先を見ているということに、すごく共感できるんです。ソシエダに来てよかったのは、自分が考えてきたことを、より具体化、細分化しているので、その形がすごく見えて、やってきたことは間違いじゃない、今後はさらにそれをどうしていこうと思わせてくれたことです。自分にとってはラ・レアル(ソシエダのこと)に来た意味がすごくあるな、と」

――細分化している、とは?

「フットボールを細分化すれば、ひとつひとつのプレーに関して会話が生まれるんです。例えばディフェンスと言ったら、すごく広いじゃないですか。その中から、ゾーンだとか、マンツーマンのマークのようにどんどん細分化していくと、思ってることに関して話し合いができる。どういう方向にもっていくか、具体的につながっていく。その細分化がつながればつながるほど、数値化できるし、評価もできますよね。

 こっちではU-15でも、練習でGPSを付けているんです。それは経費がとんでもなくかかるから、日本はトップでも付けてないところがあるくらいです。ヴェルディでも、ロティーナ監督のもとでトニフィジカルコーチが昨年から導入しました。

 最近、ロベルトという飛び級でソシエダのCチームに行った選手が、すごく早く練習を切り上げたんです。ケガでもしたのかと思ってコーチに聞いたら、『練習とゲームの数値を測ったら、これ以上やったらケガを』しそうだから終わらせたんだ』と。こういうことを、日本だと感覚で決めるじゃないですか。あるいは、きつくてももっといけるだろうと思ってやらせる。

 どっちが正しいかはわからないですけど、それくらいデータを細分化して考えているからこそ、ミーティングで彼らは、『ダービーは気持ちなんだよ。サッカーって、数字じゃ語れないものがあるだろう。見せなきゃいけないものがあるだろう』と言うんです。数字を突き詰めたうえで、そう言うことができる。そういうことって、本当に勉強になります。僕らはそこまで細分化できてないですからね」

――もともとの考え方の違いがありそうですね。

「そうですね。例えば今、日本の指導者で『5レーン、ハーフスペース』なんていう言葉は誰でも知っていると思います。それに、ソシエダに練習メニューで目新しいものは、ほぼほぼないんです。そんなのがあったら、彼らはお金を払ってでも取り入れるはずです。僕自身、練習メニューはたくさん持っているほうだとも思います。

 けれども、練習メニューではなく、大事なのは最終的に選手がどう表現していくかということなんですよね。そのためにも細分化していかなければならないと、ここに来て思います。今、考えると、監督やコーチだった時代に、もっと細かく言ってあげればよかったな、と」

――その実現のためにどうしたらいいと思いますか?

「まずはより知識を増やすことでしょう。未来を見据えてやっていくためには、歴史も含めて知識の量を増やしていかなきゃいけないし、それを伝える術(すべ)を持たなきゃいけない。それが話術なのか語彙(ごい)なのか、人間的魅力なのかわからないですけど」

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