優先席の劣悪マナーは看過できないレベルだ
京王線の「おもいやりぞーん」。吊り手も黄色で目立つようになっている(筆者撮影)
まだ夕方のラッシュには時間がある、ある日の京王線明大前駅。京王八王子行き準特急はラッシュ前といえほぼ満員の状態、初老の夫婦が優先席のある「おもいやりぞーん」近くのドアから乗り込むも、優先席はスマホに夢中の若者ばかりだ。
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夫婦の女性は障害者で杖をついている。夫がドアに一番近いスマホの若者に「すみません、長い時間立っていられない身なのです、譲っていただけませんか?」と申し訳なさそうに言った。するとスマホ男は「オレだって疲れてんだ!」と大声を上げた。周りの乗客が一斉に注目したから、それほどの大声でけんか腰だった。それでもスマホ男はガンとして席を譲ろうとはしない。他の優先席のスマホに夢中の「健常者」もしかりである。
優先席のモラルはまだまだ低い
実はこの出来事は、わが家族のことである。妻は脳梗塞の後遺症で左手と腰にマヒが残り、歩けるのだが長時間立っていることはできない。身体障害者手帳も所持している。スマホ男は周りの視線を気にしながら千歳烏山で席を立った。私の家内はその後に座り、黙って下を向いたままだった。冷たい世の中というより、ひどい世の中になったものだと思った。
以来、私は各鉄道会社の「優先席」というものを取材して、その現状を自分なりに把握した。以下は私の実体験によるもので、すべてがそうであるとは言い切れない。だが、私が見たところ、「優先席」を必要としている「交通弱者」に対しては、またまだ社会的なマナー、モラルが低いと言わざるをえないとの結論に至った。
私は今年72歳、東京都からシルバーパスを頂戴する年齢になったが、できるだけすいているときは一般席に座るようにしている。優先座席に座った場合でも、私より年長と思われる人や、明らかに障害のある人には必ず席を譲るようにしている。
ときどき、私の風体を見て席を譲られることもあるが、その時は素直に席に着く。ある若者に聞いた話だが「席を譲ろうとしても“年寄り扱いするな”と言われ、バツが悪かった」経験があると言う。こういうことがあると席を譲りにくいことも確かである。
優先席はいつから登場した?
さて、この「優先席」はかつて「シルバーシート」と言われていた。このためシルバー世代の優先座席と思われがちだったが、身障者、妊婦など立っての乗車が困難な人たち全般にわたっての優先席ということで、現在のように「優先席」「おもいやりぞーん」などと呼ばれるようになった。
JR東日本の「優先席」ステッカー(提供:JR東日本)
「シルバーシート」は1973(昭和48)年9月15日の「敬老の日」に、当時の国鉄中央線快速と特別快速に初めて設置されたのが始まりだ。以後首都圏、京阪神の国電区間や大手私鉄まで広がっていったが、一部私鉄と東京都交通局では「優先席」と呼んでいた。
1990年代になって当時の京王帝都電鉄(現・京王電鉄)が「優先席」に呼称変更し、のちに1両当たり2カ所、16席の優先座席を設置して、交通弱者への対応に力を入れ始めた。同電鉄では現在「おもいやりぞーん」として、主力車両の7000系・8000系・9000系は1両当たり16席の優先席スペース(一部車いす対応)を確保している。これは相互直通運転を行う都営新宿線においてもほぼ同数の座席数である。
京王電鉄の「優先席」呼称により、その他の鉄道会社も「優先席」を採用し、現在はシルバーシートとは呼んでいない。
山手線のE235系(筆者撮影)
京王の5000系(筆者撮影)
この優先席、最近の新型通勤電車では減少の方向にあり、そのスペースにベビーカーなどを置けるフリースペースを設ける傾向にあるが、いつも込み合う山手線では2001年から1車両3席を6席に拡大し、さらに新型E235系では1車両9席と増席を図ってきた。中央線のE233系でも座席数を増やしている。
京王電鉄は、新型の5000系で大きく変化し、後退した。これまで1カ所4席だった優先席が3席になり、さらに座席数を減らしてフリースペースが増えたためだ。これはベビーカー、車いす対応スペースというが、この5000系では全体の座席数が2割減少しているから、フリースペースは混雑緩和のための「立ち席」というサービス低下が本音のようだ。
優先席は何歳からか?
さて、よく話題になることだが、その「優先席」は何歳から……。
あるSNSで、「私の歳になったら座りたい」という62歳の主婦の投稿を見つけたが、私の経験上、この年代の人たちは都合によって「年寄り扱い」を求めたり、あるときは「そんなに年寄りじゃない」と言ったりするように、使い分けがうまい年頃でもある。先だっても、京王特急で50〜60代のグループ客が「おもいやりぞーん」を当然のごとく占有して大声で笑い、声高にしゃべっていた。この光景にまゆをひそめたのは筆者だけではあるまい。
年齢制限はしたくないが、筆者はあえて「優先席」の利用は70歳を過ぎてからと言いたい。都内在住の人はこの歳になると「シルバーパス」が発行されるから、その年齢が妥当だと思うのだが。もちろん70歳を過ぎてもバリバリ元気なお年寄りもいるから、ひとつの目安と考えたいところではある。
山手線E235系車内の優先席付近。床の色分けなどでわかりやすくなっている(提供:JR東日本)
筆者が痛感するのは、山手線の優先座席の利用ルールの悪さである。ここに座る若者は、まず年寄りに席を譲ることはしないし(例外はある)、最近ではインバウンドの外国人、特にアジア系の客は優先席に真っ先に座り大きな荷物で通路をふさいでいることがある。
この優先席は外国人優先席ではないのである。このことはしっかりとインフォメーションすることが鉄道会社には必要だ。
先日のこと、中国系の若者と日本人の若者数人が優先席を占有して日本語でしゃべっていた。前には白髪の老婦人が立ったまま。思い余って筆者は席を譲るように言ったが、外国人は首を横に振り「日本語わからない」というしぐさなので、優先席のマークを指さして譲るように促した。
国情は違っても「郷に入れば郷に従え」、きちんと日本の鉄道利用のマナーはわきまえておくべきだ。現在は多くの外国人が来日し、ジャパン・レール・パスを利用する人も多いが、発行と同時に日本における鉄道利用のマナーや、文化、風習を英語、韓国語、中国語などで記した小冊子を添付する必要があると思うがいかがであろうか。
みんないつかは優先席が必要になる
「優先席」は決まったルール作りができておらず、あくまでも良心、助け合いや親切心といった人々のマナーに頼らざるをえないのが現状だ。欧米の鉄道先進国では、交通弱者の利用にはしっかりとルールがあり、一部の列車ではコンパートメントで守られていることすらある。
本記事は交通「強者」の若い人たちには耳の痛いことかもしれないが、若いあなたもいつかは必ず優先席を必要とする年齢が来るはずだ。その思いを心の片隅に持っていてほしいと筆者は心から思う。