やりたいことに正直に生きた結果、輝かしいキャリアにつながった島田由香さん(撮影:尾形文繁)

「起業」という言葉は、起業家のためだけにあるものではない。「業(なりわい=仕事)を起こすこと」は、組織の中でもできる。いやそれどころか、新しいビジネスを生み出さなければならない組織人にこそ必要とされるアクションだろう。
さあ立ち上がれ組織人。今、あなたの立場で、業は起こせる。それも、上手にやれば大規模に。本連載では、会社をはじめとする「大組織」で、“変わり者”だと思われても“変えること”に挑み、新たな仕事をつくり出す「組織内変人」を紹介する。

これと言ってやりたいことが見つからないまま、周囲に後れを取るまいとエントリーシートを書きまくり、面接を受けまくって、今の会社(組織)に入った。そもそも自分のやりたいことができるのなんて、ほんの一握りの幸運な人たちだけであって、たとえやりたくなくても「やるべきこと」「やらなければいけないこと」をやるのが仕事ってもんだよね……。

人生の中で「働く時間」が占める割合は大きい。それなのに、「仕事=我慢」「報酬=我慢の対価」と考え、耐え忍びながら働くほどもったいないことはない。

そこで今日は、とことんまで自分の内面を見つめ、固定観念を取り払って自身の「やりたいこと」を実現している変人をご紹介しよう。

「人事」が天職のチェンジメーカー

世界屈指の一般消費財メーカー、ユニリーバ。その日本法人を率いる8人のボードメンバーの1人に、人事・総務部門を統括する女性がいる。その名は、島田由香。「働く時間・場所を社員が自由に選べる」新人事制度「WAA(“Work from Anywhere and Anytime”の頭文字で“ワー”と読む)」をスタートさせるなど、次々に先進的な組織・人事制度づくりに挑んでいる変革の旗手だ。

彼女が輝かしいキャリアを築いた背景には、自分の内面をとことん見つめ、固定観念を取り払って自身の「やりたいこと」を追求してきたことがある。ただ、言うは易く行うは難し。なぜ彼女はそれが可能だったのか、これまでの人生を振り返ってもらった。

「中学時代、いじめを経験しました。今思えば、それは私にとってすごく大切な体験だったように思います。それまで仲がいいと思っていた友達が突然まったく口を利いてくれなくなったかと思うと、日に日に嫌がらせがエスカレートしていきました。上履きの中に水を入れられるとか、体操着を切り刻まれるとか、黒板消しに付いたチョークの粉で通学カバンを真っ白にされるとか。ずっと仲良しだった友達に、なんで自分がそんなことをされるのかがわからなくて、最初の頃私は『ごめんね、ごめんね』と言い回っていたんです。みんなと仲良くしたいし、周りから嫌われたくないと思っていたので……」

しかし、思い悩む日が続いていたある日、まるで稲妻が落ちたかのように、島田さんの頭の中のスイッチが切り替わる。

「あるとき、ふと『悪いことをしていないのに、なんで謝ってるのかな』と思ったんです。そして、『もうやめよう!』と決めました。私は私。万人に好かれる必要はない。そう思った瞬間から、自分が大好きな人や尊敬する人の助言にだけ耳を傾けることにしました。上履きに水が入っていればスリッパで歩く。体操着を切られたら家にある別の服で体育の授業に出る。カバンを真っ白にされたらそのまま通学する。されていることをいちいち気にしなくなったら楽になり、最終的には相手から謝ってきました」

この経験から、自分の気持ちに正直に生きるようになった島田さん。その後の人生にも大きな影響を及ぼしたようだ。

大学で「人事」というライフワークに出会う

大学では、国際関係学を学ぶつもりで慶應義塾大学に進学。しかし、2年生の秋学期に軽い気持ちで受講した「組織論」の授業が、島田さんのその後の人生を大きく変えることになる。


島田 由香(しまだ ゆか)/ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役人事総務本部長。東京都生まれ。1996年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、パソナ入社。2002年、米国コロンビア大学大学院修了(組織心理学修士)、GE入社。2008年ユニリーバ・ジャパン入社、2014年より現職(撮影:尾形文繁)

「企業から現役のビジネスパーソンを招き、実際に会社がどのように運営されているのか、組織や人事の現場についてお話をうかがう授業でした。父親はジャーナリストだったため、いわゆる『ザ・カイシャ』のカルチャーに縁がなかった私にとっては、すごく新鮮で、大きな衝撃を受けました。

そこから、会社は『人が集まってできているもの』だから働く人1人ひとりを元気にすることができれば、会社を元気にできるはずだ。働く人のモチベーションが上がり、みんながワクワク働けたら、どんなに楽しいだろう。『面白そう!これこそが私のやりたいことだ!』と思ったのです」

その直感に従い、大学3年次には人事・教育・キャリア分野を専門とする花田光世氏(現・慶應義塾大学名誉教授)の研究会に飛び込んだ。

第一人者の下で企業組織や人事について研究を重ね、就職では人を真ん中にしたビジネスに取り組む会社のみを志望、闇雲にたくさんの企業にエントリーすることはなかった。そして、最初の就職先として選んだのが人材派遣大手のパソナだ。

「説明会に参加したとき、その場の雰囲気や社員の皆さんの笑顔がすごく自然に思えました。ちょっとした瞬間に、社員同士が声を掛け合っている様子を見て、『素敵な会社だな』『ここで一緒に働いてみたいな』と感じて、直感で就職を決めました」

入社後、島田さんはベンチャー精神あふれる企業風土の中で、若くしてアウトソーシング企業の起ち上げに参画させてもらうなど、挑戦と経験に満ちた充実の4年間を送った。入社試験の時に感じた直感は、正しかったのだ。


「直感に従う」「枠にとらわれない」が信条の島田さん(撮影:尾形文繁)

島田さんに次の転機が訪れたのは2000年、27歳のときだった。学生時代、両親から「日本を離れて学ぶ価値」について聞かされていたこともあり、いつかは海外で学びたいと考えていた。

新卒では「机上の空論ではなく、実践経験を積みたい」という思いから、ビジネスの現場に出たが、パソナで社会人として一定の自信がついたことから、海外留学を決意。米コロンビア大学大学院で2年間、組織マネジメントに関わる心理学や人事業務で重要となる調査手法など、さまざまな知識やスキルを身につけた。

帰国後は、経営に直結するような組織・人事の仕事がしたいと思っていたが、当時そうした思いがかなえられそうな企業はほとんどなかった。その中で、島田さんの目に魅力的に映ったのが、組織・人事に関するリーダーシップ養成プログラムを運用しているGEだった。

途中で妊娠・出産を経験しながら、GEで2年8カ月にわたるリーダーシッププログラムを終えると、島田さんは金融関連事業の人事担当となる。望んだ通り、直接経営に結びつく仕事に携わることができ、充実した毎日を送っていた。しかし、島田さんが熱心に金融の仕事に取り組むほど、「自分は本当にこの分野の仕事が好きなのだろうか?」という疑問が頭をもたげるようになってきた。

30代半ば、2度目の転職を決意

組織・人事という「職種」軸でキャリアを積んできたため、「業種」でキャリア選択をしてこなかった島田さん。新たな悩みを抱える中、学生時代の思いが目を覚ました。

「花田教授の研究会の活動で、化粧品メーカーの方に同行し、高齢者施設に入所されている方々にお化粧をするプロジェクトに参加しました。ほんのちょっとアイシャドウやチークをつけるだけで、おばあちゃんの顔色がみるみる良くなり、すごく元気な笑顔になりました。そのとき化粧品や日用品が持つ力を目の当たりにしたことで、いつか消費財メーカーで人事をやりたい」と思っていました」

そんな矢先、ユニリーバ・ジャパンから島田さんに声がかかる。温めてきた思いがついに叶うときがきたのだ。

念願の消費財業界でさらに人事の仕事にのめりこんでいった島田さん。そんな彼女でも、役員を打診されたときは戸惑いがあったようだ。

「これも直感ですが(笑)、若い頃なんとなく40歳までに人事部長になりたいという夢を持っていました。39歳で、念願の消費財メーカー、しかも大好きなユニリーバでそれが実現するなんて、本当に嬉しいと思いました。ところが、前任者からこのことが同時に『取締役』への就任を意味すると伝えられ、ビックリして『そんな大それたこと、自分にはできない!』と思い、あまりの重責と不安から、その日家に帰って大泣きしました」取締役なんて、自分には絶対無理だ。知らず知らずのうちに、自分に“枠”をはめてしまっていた。

息子の一言で開眼、仕事の喜びを再認識


息子の言葉に背中を押され、取締役就任を決意(撮影:尾形文繁)

そんなとき、当時小学生だった息子の発した一言に島田さんは救われる。

「ママはママらしくやればいいんじゃないの?いつも人にそう言ってるじゃん」その言葉で、島田さんの視界がパッと広がった。

「仕事が忙しいとき、息子に対して『ごめんね、行ってくるね』『ごめんね、遅くなっちゃったね』という具合に、無意識に謝ってしまっている自分にふと気づいたんです。『ごめんね』と言うのをやめて、私らしくいることを大切にしようと思いました。それと同時に、改めて『自分にとって仕事とは何か?』を考えました。

そして、仕事は『私が私らしく笑顔でいるために必要なもの』だとわかったとき心の底から仕事を続けることを喜びとともに決められました。息子の言葉によってその喜びを改めて思い出し、取締役をやろうと心が決まりました。息子にはいつも『ママはこの仕事がとにかく大好きで、本気で世界を変えてやろうと思ってやってるからヨロシク!!』と伝えたんです。息子にしてみれば、『そう言われても』という感じかもしれませんが(笑)」

やる前から、できないと決めつけなくていい。自分の気持ちに正直に、とにかくやってみよう。そうすると、思った以上に世界は変わるから!島田さんはそう勇気づけてくれる。

輝かしいキャリアを築きながらも、自分のやりたいことに忠実に生きてきた島田さん。どうやったら実践できるのか、そのコツを教えてくれた。

「私たちは、『何々しなければならない』『何々するべきだ』というように、無意識に自分を“枠”にはめてしまっているものです。でも、当たり前になっている一般常識や、正しいと思い込んでいる制限思考を取り払って、『本当に自分がやりたいと思っていること』をやってみればいいのです。『“枠”じゃなくて、“ワクワク”を考えよう!』というのが、私の好きな言葉なんです(笑)」


「枠」を取り払い、「ワクワク」しよう!と説く島田さん(撮影:尾形文繁)

なるほど、確かにそう生きられたら理想ではあるが、その「やりたいこと」がわからない大人が多いのではないだろうか。やりたいことを見つけるには、どうすればいいのだろうか。これに対しては、「普段から直感を信じていること」が大切だと島田さんは言う。

「私はこれまでずっと、『直感を信じていれば、人生は必ずうまくいく!』と言ってきました。そう言っても、大抵は信じてもらえません。でも、誰にだって直感はあります。『こんなときに嬉しい』『こんなときに腹が立つ』など、微細な自分の感情の変化に気づくことができるようになっていれば、ピンときたときにチャンスを逃さず、幸せをつかむことができると思うんです」

ところが、人は大人になるにつれて、人目や評価を気にするようになり、いつのまにか、「失敗したくない」「自分は馬鹿だと思われたくない」と、“直感を否定する力”が発達してしまうのだと島田さんは加える。

「私は“マインドフルネス(今、ここに目を向けること)”を大切にしていて、直感を磨くために、ときどき意識して五感をフルに使うようにしています。人は意外と物事を見ているようで見ていなかったり、聞いているようで聞いていなかったりするものです。たとえば、会社への行き帰りだけでもいいので、『今日は何か新しいものを5つ見つけてみよう!』と意識してみてください。それだけで、見えてくることがあるものです」

日常の何気ない取り組みによって直感が研ぎ澄まされ、いつも自分らしい選択ができているのだろう。

幸せなキャリアを築くために大切なこと

「誰しも人は自分がハッピーになりたいし、人のことをハッピーにしたいと思っているものです。でも、自分を殺していたら、人をハッピーにすることなんてできるはずがありません。自分が満たされてこそ、初めて人を幸せにすることができるのではないでしょうか。一人ひとりが自分らしくいられたら、人と比較しなくてもいいし、人に対して不平不満を言わなくて済むようになるはずです。

だから、私は常々“Are you happy?”って聞いたら、“Yes!”って答えてくれる人がもっと増えてくれたらいいなと願っています。私のミッションは、笑顔で自分らしい人生、豊かな人生を送っている人で世の中をあふれ返らせることなんです」

変革の旗を高く掲げながら、変わりたいと思っている人、変わりつつある人、そして、未来を支える次世代に向かって、島田さんは今日もこう呼びかける。直感に従おう! 枠をはずそう! そして、ワクワクする人生を生きよう!