経営コンサルタントの大前研一氏は、安倍晋三首相は「アベノミクス」の失敗を認めるよう以前から勧奨してきた。今回は、安倍内閣が推進する「1億総活躍社会」について、その実現は不可能だと指摘する。

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 安倍首相は「アベノミクス」が失敗したことを潔く認め、抜本的な税制改革に取り組むべきだと思う。

 すでに本連載で指摘したように、アベノミクスの「旧・3本の矢」は、すべて的外れに終わった。安倍首相は相変わらず「アベノミクスは着実に成果を上げている」と強弁しているが、第1の矢の「大胆な金融政策」は、日本銀行がマイナス金利政策導入という3発目の黒田バズーカを放っても、いっこうに物価が上昇して景気が回復する兆しはなく、一時は2万円台に上昇した株価も1万6000円台で低迷している。

 第2の矢の「機動的な財政政策」は、予算が膨らみ国債発行残高が増えて財政が悪化しただけで、何の効果も出ていない。第3の矢の「投資を喚起する成長戦略」も有名無実だ。企業の設備投資は若干増加しているものの、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によると、賃金は全く上がっていない。だから2015年の消費支出(2人以上の世帯)は前年比マイナス2.3%となり、GDPの実質成長率は0.5%でしかなかった。

 この惨憺たる結果を総括しないまま、安倍首相は「1億総活躍社会」なるものを実現するアベノミクス第2ステージの政策として(1)希望を生み出す強い経済、(2)夢を紡ぐ子育て支援、(3)安心につながる社会保障―という「新・3本の矢」を打ち出し、具体的な数値目標として「名目GDP(国内総生産)600兆円への拡大」「希望出生率1.8の実現」「介護離職ゼロ」を掲げた。

 いずれも2010年代の達成を目指すというが、具体策のないこれらが絵に描いた餅に終わることは火を見るよりも明らかだろう。

 にもかかわらず、この期に及んでもマクロエコノミストたちはアベノミクスが失敗した理由を説明できず、「さらなる金融緩和を」だの「補正予算で切れ目のない景気対策が必要だ」だのと言っている。しかし、そういう輩はエコノミスト失格だと思う。なぜなら、マイナス金利以上の金融緩和はないし、いくら景気対策に税金を注ぎ込んだところでほとんど効き目がないことは、すでに証明されているからだ。

 つまり、国家が成熟し、国民が高齢化して「低欲望社会」になった今の日本では、政府が金利やマネーサプライ(通貨供給量)をいじったり、公共事業で有効需要を生み出したりして景気を刺激するマクロ経済学の方程式は通用しなくなったのであり、したがってマクロ経済学者も“用済み”なのである。

 ここで非常に重要な認識は、21世紀の経済を創り出すのは集団ではなく、数人の突出した個人、優れた指導者である、ということだ。「1億総活躍」とは正反対の時代なのである。その対応策は、集団で動く大手町の経済団体の人たちに聞いても出てこない。彼らの大半は、単に日本企業の組織の中でサラリーマンとして運良く出世してきた人たちだからである。

 もし安倍首相が本気でGDP600兆円を目指すのであれば、「スペースX」共同創設者兼CEOのイーロン・マスクや「ツイッター」共同創設者兼CEOのジャック・ドーシーのような抜きん出た起業家を、インド、中国、台湾、韓国、東南アジア諸国などから日本に招集しなければならないのだ。

※週刊ポスト2016年6月10日号