直木賞作家はどんな“取材”をしているのか?

写真拡大

 小説を読んでいると、作家はこの作品を書くのにどれだけ下調べをして、どれだけ取材をしているんだろうと思うことはないだろうか。
 多くの歴史小説を執筆してきた直木賞作家の安部龍太郎氏。小説を書く時には、舞台となった土地を訪れるという。主人公が生まれ、育ち、歴史に名を残す活躍した場所に立てば、史料だけでは分からない多くの真実が見えてくるからだ。

 本書『安部龍太郎「英雄」を歩く』(日本実業出版社/刊)は、著者の安部氏が歴史小説を書く際、取材のための旅先での見聞や歴史について考えたことなどを、エッセイとしてまとめたものだ。

 安部氏が取材先で必ず訪れるのが居酒屋だ。座るのはカウンター。常連さんの邪魔をしないように片隅に座り、旬のものを2、3品出してもらって地酒を飲む。店主や客の話に耳を傾けていると、土地の人たちの個性がだいたい分かる。その個性こそ、主人公の造形の核になるものなのだという。やがて酒やつまみの話をきっかけに他の客たちとの話になる。どこから来て、何をしているのか。何のために来たか。そうした質問に正直に答えていると、相手も安部氏の質問に親身になって答えてくれるようになる。そうすると、その土地に詳しい先生を紹介してもらえたり、取材が一挙にはかどることになるという。

 本書で紹介されている歴史上の人物の中で、今、話題の人物を挙げるなら、今年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公・黒田官兵衛だろう。本書では「黒田官兵衛と有岡城」として触れている。
 黒田官兵衛は秀吉を天下人に押し上げた名軍師として知られている。知略縦横にして、時代の先を見通すたしかな眼力を備えており、秀吉でさえもその力量を恐れていたという。織田信長に叛した荒木村重を説得するために有岡城(伊丹城)に出向き、1年間の幽閉の後に救出された事件は、黒田官兵衛を語るエピソードの中でも有名な出来事だ。
 この有岡城は、猪名川の西側に築かれた平城だ。かつては城下町を総構えでおおった堅固なそなえをしていたが、今はその面影は全くない。JR伊丹駅の西口を出ると目の前に城跡公園があり、本丸の石垣がわずかに残っているばかりとなっている。

 前書きで安部氏が「まとまりのある歴史論とは言い難いが、作家のネタ帳、あるいは創作ノートとして楽しんでいただければ幸いである」と語っているように、本書で記した取材から、『等伯』などの作品が生まれた。
 歴史エッセイというだけではなく、作家がどのような視点でその土地や人を見て、小説を書いているのかというところも楽しめる一冊だ。
(新刊JP編集部)