『フェアレディZ』40周年で復活:レースカーと市販車で

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Tony Borroz


BRE 240Z: VirtualErn/ Flickr

40年前、『Datsun 240Z』の登場によって、スポーツカーの定義が変わった。

故郷の日本では『フェアレディZ』と呼ばれているこの車が登場するまで、スポーツカーのほとんどは、非常に楽しい乗り物ではありながらも、非常に面倒な乗り物でもあった。スポーツカーに乗るためには、自分で整備ができるか、優秀な整備士を知っている必要があったのだ。ところが、この車『Z』は信頼性が高く、もちろん楽しく、さらに価格も手ごろだった。

[1969年に発売された初代S30型系は、ヨーロッパ製の高級GTに匹敵するスペックと魅力あるスタイルを兼ね備えながら、格段に廉価であったことで、北米市場を中心に大ヒットした。ジャガーやポルシェの高性能だが複雑なパワーユニットに比して、単純な設計のおかげで手荒な取り扱いにも耐え、また整備も容易であったことが北米人のニーズに合ったとされる。

足掛け10年もの長期に渡って生産され、世界総販売台数55万台(うち国内販売8万台)という、当時のスポーツカーとしては空前の記録を樹立した。「Datsun Z(ダッツン・ズィー)」の愛称で親しまれ、日産自動車の輸出モデルの総称でもある「DATSUN」の名を世界に知らしめた]

何より、Zは本物の車だった。40年前、米Brock Racing Enterprises(BRE)社と組んで、『スポーツカー・クラブ・オブ・アメリカ』(SCCA)のチャンピオンに輝いたのだ。日本車をベースにしたレースカーが、英国やドイツから来た最高の車を直接対決で破ったのはこれが初めてだった。


1971年、オレンジカウンティ・レースウェイで撮影。Photo: BRE Collection via Nissan、画像は別の英文記事より

40年前のZの初優勝とモータースポーツにおけるBRE社の成功を記念するため、日産自動車の北米部門はこのたび、再びBRE社のPeter Brock氏と手を組み、BRE社のカラーリングを現代風にアレンジした、『2010 Nissan NISMO 370Z Coupe』の特別限定車を作った。

この車は、29日(米国時間)に『ロード・アトランタ』サーキットで行なわれるイベント『Classic Motorsports Mitty』でお披露目される予定だ。今のところ入手できるのは、以下の塗装中の写真だけた。

[(2)では、『フェアレディZ』誕生40周年を記念して市販されている特別仕様車などを紹介する]

(2)へ続く

WIRED NEWS 原文(English)

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