早稲田ラグビー蹴球部、中竹竜二監督の「フォロワーシップ」/松尾 順
2007年、2008年の大学選手権を制し、
2連覇を成し遂げた早稲田ラグビー蹴球部監督、
中竹竜二さんに会ったのは、
監督就任の2年ほど前だったかと思います。
当時、中竹さんは三菱総合研究所の研究員。
まさか、その後、早稲田ラグビーの監督に就任される
ことになるとは思ってもみませんでした。
中竹さんは、自称、
「日本一オーラのない監督」
です。
前任者の清宮克幸氏が発揮していたカリスマ性、
強烈なオーラと比較すると、確かにそのギャップは
大きいですね。
実際、私がお会いした時も、
包み込むような人間性は若干感じたものの、
目立たないごく普通のサラリーマンという印象。
とても、学生時代、早稲田ラグビーのキャプテンを
務めた方という感じはしませんでした。
(中竹さん、ごめんなさい!)
しかし、その後、
中竹さんのキャプテン時代を追ったドキュメンタリー本、
『オールアウト‐1996年度早稲大学ラグビー蹴球部中竹組』
を読むと、中竹さんは、
・小さい頃から常に周囲から推されてなるリーダーであったこと
そしてまた、
・明快なリーダー哲学、ラグビー哲学を若くして持っていたこと
がわかりました。
つまり、ちょっと会っただけではわからない、
深い人間性を秘めた方だったのです。
さて、中竹さんは、早稲田ラグビー監督就任後、
「リーダーシップ」ではなく、「フォロワーシップ」の
重要性を学生たちに訴えてきています。
「フォロワーシップ」とは、端的に言えば、
リーダーたる監督の指示やアドバイスを待つのではなく、
学生自ら考え、行動することです。
日本一オーラのない監督としては、
無理して強力なリーダーシップを発揮しようとするよりも、
学生の自律性を高めることが、早稲田ラグビーの勝利に
つながると確信していたのですね。
清宮監督時代、リーダーとして神がかり的なパワーを持つ
清宮氏の指示するままに練習し、試合に臨んでいた早稲田
ラグビーの部員たちは、受身の姿勢、行動が染み付いていました。
続きはこちら
2連覇を成し遂げた早稲田ラグビー蹴球部監督、
中竹竜二さんに会ったのは、
監督就任の2年ほど前だったかと思います。
当時、中竹さんは三菱総合研究所の研究員。
まさか、その後、早稲田ラグビーの監督に就任される
ことになるとは思ってもみませんでした。
中竹さんは、自称、
「日本一オーラのない監督」
です。
前任者の清宮克幸氏が発揮していたカリスマ性、
強烈なオーラと比較すると、確かにそのギャップは
大きいですね。
実際、私がお会いした時も、
包み込むような人間性は若干感じたものの、
目立たないごく普通のサラリーマンという印象。
とても、学生時代、早稲田ラグビーのキャプテンを
務めた方という感じはしませんでした。
(中竹さん、ごめんなさい!)
しかし、その後、
中竹さんのキャプテン時代を追ったドキュメンタリー本、
『オールアウト‐1996年度早稲大学ラグビー蹴球部中竹組』
を読むと、中竹さんは、
・小さい頃から常に周囲から推されてなるリーダーであったこと
そしてまた、
・明快なリーダー哲学、ラグビー哲学を若くして持っていたこと
がわかりました。
つまり、ちょっと会っただけではわからない、
深い人間性を秘めた方だったのです。
さて、中竹さんは、早稲田ラグビー監督就任後、
「リーダーシップ」ではなく、「フォロワーシップ」の
重要性を学生たちに訴えてきています。
「フォロワーシップ」とは、端的に言えば、
リーダーたる監督の指示やアドバイスを待つのではなく、
学生自ら考え、行動することです。
日本一オーラのない監督としては、
無理して強力なリーダーシップを発揮しようとするよりも、
学生の自律性を高めることが、早稲田ラグビーの勝利に
つながると確信していたのですね。
清宮監督時代、リーダーとして神がかり的なパワーを持つ
清宮氏の指示するままに練習し、試合に臨んでいた早稲田
ラグビーの部員たちは、受身の姿勢、行動が染み付いていました。
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