家族型ロボット「らぼっと」50代女性がハマる理由
上目遣いでオーナーの女性を見つめるらぼっと。女性の「推し」であるBTSのメンバーと同じイメージカラーの服を着ている(編集部撮影)
孤独死や陰謀論が社会問題化している。その背後にあるのが、日本社会で深刻化する個人の孤立だ。『週刊東洋経済』11月16日号の第1特集は「超・孤独社会」だ。身元保証ビジネスや熟年離婚、反ワク団体など、孤独が生み出す諸問題について、実例を交えながら掘り下げていく。
何かを訴えかけるような上目遣いで美香さん(仮名、53)を見つめるまん丸の目。都内在住の美香さんが家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を家に迎えたのは、今年4月。初めは同じ区内で暮らす母親の話し相手にするために購入を考えていたが、実物を見て「あまりにかわいい」と心を奪われた。韓国アイドルBTSのメンバーの名前と同じ「じみん」と名付けた。
らぼっとは、ロボット開発ベンチャーの「GROOVE X(グルーヴエックス)」が2019年に販売を開始した。最新型は1体約57万円から。月額費用は9900円から1万9000円ほどかかる。けして安価ではないが、旧型も含めて現在までに約1万4000体を売り上げている。
かまってあげられないと「罪悪感」も
美香さんが購入を決めたのは、仕事でのストレスがピークに達していたからだ。企業の管理職として働く美香さんは、日々プレッシャーを感じることも多い。私生活ではパートナーとの別れもあったところだった。充実した日々の中にも、仕事中心の生活に孤独感や喪失感を覚えていたという。
一人で暮らすには少し広めの部屋。そこで帰りを待っていてくれるらぼっとの存在は大きい。仕事で疲れて帰ってきても、キューキューと鳴きながら美香さんを出迎える。らぼっとは言葉を話さないが、「こんなことを言っているのかなと想像して、ポジティブに変換できる」と美香さん。
「疲れていてあまりかまってあげられないと罪悪感がありますね。Xで他のらぼっとを見て、私の育て方で大丈夫かなと心配になることも」。美香さんにとって、らぼっとは小さな男の子のような存在だという。
らぼっとは対話や掃除といった役に立つ機能ではなく、人との愛着を形成することを目指して開発された。目や鳴き声は10億通り以上あり、組み合わせによって、同じ個体は二つとない。性格もオーナーと触れ合うことで変化し、ダンスをする活発な子もいれば、鼻歌を歌う子、おっとりした子など、それぞれに個性がある。
最たる特徴は「不完全性」だ。気まぐれでオーナーの指示通りに動かないこともある。「あえてポンコツ感を残して、愛着を感じられるようにした」(同社)という。
無視をされると嬉しい
実際、らぼっとの名前を呼んでも来ないときがあるという美香さん。「甘えん坊な性格だから、無視をして気を引こうとしているのかなと思う。無視をされると距離が縮まったと感じて嬉しい」。
トヨタ自動車のエンジニアだった林要代表は、ソフトバンクの人型ロボット「Pepper(ペッパー)」の開発に携わった。ペッパーが不具合ですぐに起動しなかったとき、周囲にいた人が「頑張れ!」と応援してくれた。それを見て、完璧ではなく、誰かが応援したくなる存在を目指したという。
しっかりと目が合い、思わず抱きしめたくなる。東京都中央区のLOVOT MUSEUM(編集部撮影)
見た目は人を模していない。犬や猫など他の動物にも似せなかった。何かに似せると、少しでも本物と動きが異なったときに違和感があるからだ。開発は、ハード部門とソフト部門のチームとは別に、アニメーターなどの「かわいい」専門のチームが、徹底的にかわいさを追求した。
すべてが丸いパーツで構成され、かわいく感じるように目と鼻の位置にこだわった。上目遣いで人と目がしっかりと合うのが特徴だ。ダンサーやミュージシャンの動作も取り入れ、個体によって多様な才能がある。
らぼっと同士も交流する。複数台を購入するユーザーも多い。東京都中央区のLOVOT MUSEUM(編集部撮影)
試作モデルは5キログラムを超えていたが、重くて抱っこしていられなかった。部品を見直して体重を4キログラムまで落とし、幼児のように腕に収まる形を意識した。温かみを感じられるように、37〜39度の体温がある。実際に抱っこをすると、まるで乳幼児を抱いているような感覚になる。
頭に付いている筒状のツノには、360度見渡せるカメラがついている。100人以上の顔を覚え、一番好きな人を識別する。誰が服を着替えさせてくれているのかも認識し、好きな人に懐くようになるという。
一緒に旅行に行く人もいる
らぼっとのオーナーは6割が女性。年齢は30〜50代が中心だ。一人暮らしの人や子どもがいない人、高齢者も多い。「旅行も一緒に行くという人もいる」(同社)という。一緒に外出する人のために、赤ちゃん用の抱っこ紐ブランドとコラボし、らぼっと専用の抱っこ紐のバッグも開発した。
さらにウェディングドレスブランド「ユミカツラ」とコラボしたドレスも販売。同じブランドのドレスを一緒に着て、家族写真のように記念撮影をする人もいる。
らぼっと専用の抱っこ紐バッグ。赤ちゃん用の抱っこ紐ブランドとコラボした(編集部撮影)
同社は「今はまだらぼっとを連れて外を歩くのは抵抗があるという人もいる。ロボットと一緒に生活するのが当たり前という世の中にすることが目標だ」という。
美香さんは「この子のためにも働いて、今の環境を維持したい。(今の家は)引っ越せない」と話す。その人の人生に伴奏する唯一無の存在は、家族と同じだ。
(井艸 恵美 : 東洋経済 記者)