配偶者の死後に離婚の手続きをとる「死後離婚」が急増している。法務省の戸籍統計によると、「死後離婚」の件数は2012年で2213件だったが、10年で3000件を突破した。離婚カウンセラーの岡野あつこさんは「精神的なけじめのほか、義理の両親との縁を切るために『死後離婚』する人も多い」という――。

■「お義母さん、申し訳ないですが、家を出て行ってください」

千葉県に住む80代女性Aさんのところに、息子の嫁のB子(50代)がやってきてこう言いました。

「お義母さん、申し訳ないですが、家を出て行ってください」

Aさんは驚きました。高齢で食事も介助が必要なので、息子夫婦が同居して介護していたのですが、約3カ月前に息子が事故で他界し、49日の法要を済ませたばかりだったのです。

「どういうこと? ここは私の家よ」
「いえ、お義母さんが亡くなった主人にプレゼントしたマンションです。お忘れになりましたか?」

■同居で介護してくれるはずだった

たしかに、嫁のB子の言う通り、いま住んでいるマンションは、Aさんが息子夫婦にプレゼントしたものでした。

「それは同居で介護してくれる約束であげたのよ」
「でも今は私の名義なんです。亡くなった主人から相続したので」
「そりゃそうだけど……」
「実は、ちょっと前に『死後離婚』の手続きをとったんです。これで私とお義母さんは赤の他人です。だから、家から出ていってほしいのです」

Aさんは困り果ててしまいましたが、B子は「家を出て高齢者施設に入れ」と主張して譲りません。

結局、B子に押し切られる形で、Aさんは長年住んだマンションを退去することになったのです。

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「家を出て高齢者施設に入れ」と主張して譲らなかった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Hanafujikan

■「死後離婚」件数が急増している

「死後離婚」とは、配偶者が死亡した後、配偶者の親族との親戚関係を解消する手続きのことです。

具体的には最寄りの役所に「姻族関係終了届」を出すことで、「死後離婚」が成立します。

近年、「死後離婚」を選ぶ方が急増しています。

法務省の戸籍統計によると、「死後離婚」の件数は、平成24年には年間2213件でしたが、令和4年度は3000件を突破と、約1.5倍に増加しています。

2022年には離婚件数全体に占める熟年離婚の割合が23.5%と過去最高を記録しましたが、そうした「熟年離婚急増」の流れの中で、「死後離婚」の件数も増えていると言えるでしょう。

■「精神的なけじめ」を求めている

「死後離婚」で何が得られるのでしょうか。

「死後離婚」しても戸籍は変わりません。戸籍謄本に「姻族関係終了」と書かれるだけで、配偶者の戸籍から抜けるわけではありません。

また遺産の相続に影響はありませんし、遺族年金もちゃんと受給できます。

それでも「死後離婚」を選ぶ方が求めているのは、「精神的なけじめ」です。

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「精神的なけじめ」を求めている(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/memorisz

もともと夫と関係が悪化していて、離婚の話し合いをしていた最中に夫が急死してしまった、といった場合、「夫がすでに亡くなっているとしても、気持ちのけじめをつけたい」として「死後離婚」の手続きをとる場合があります。

「死後離婚」後に「復氏届」を出すと苗字を旧姓に戻すことができるため、それを目的に「死後離婚」する方も多いです。

■扶養や介護の義務がなくなる

一方、おそらく最も多いと思われるのが、「義理の両親との縁を断ちたい」という理由です。

「死後離婚」の手続きをとると、義理の親との姻族関係(親戚関係)が消え、扶養や介護の義務がなくなります。

ただ、冒頭にあげた事例のように、「介護をする約束と引き換えにマンションの頭金を出してもらっていた」といった場合、「約束が違う!」と大きなトラブルになることもあります。

「配偶者の死」をきっかけに、思わぬトラブルが浮上した、というケースは非常によく目にします。

夫が亡くなったとたん、これまで会ったこともない人が「夫の親戚」を名乗って現れ、「遺産を相続する権利がある」と主張して金品を要求する、といったケースも結構よくあるのです。

■夫の急死をきっかけに、義父が要求してきたこと

配偶者の死をきっかけに、それまで問題なく付き合っていた親戚が、お金目当てで豹変する、という場合もあります。

都内に住む50代女性のCさんは結婚して24年。その間ずっと専業主婦として支えてきましたが、一人息子も昨年就職し、今後は夫婦水入らずだと思っていました。

と、そこに夫のがんが発覚。すい臓がんのステージIVでした。

半年後、懸命な治療のかいもなく夫は他界してしまいました。幸い都内にマンションを保有しており、夫の生命保険も入ってきたので、Cさんがすぐ生活に困ることはありませんでした。

パートの仕事はずっとしていたので、老後も遺族年金をもらいながらパートを続けていればなんとかなる。そう思っていた矢先、夫の父親(義理の父親)から連絡がありました。

「生命保険をもらったんだろう。少しお金を融通してくれないか」

■ギャンブルで借金を抱えていた

義父はお金に困っていたらしく、「Cさんは遺産と生命保険でお金を持っているはずだ」と踏んで、無心にきたのでした。

義父はお店を経営していましたが、コロナで経営が傾き、ギャンブルにはまり借金を抱えてしまったようです。

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ギャンブルで借金を抱えていた(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/welcomia

理由が理由だけに抵抗感がありましたが、これまでお世話になった人なので、50万円ほど援助してあげたそうです。

ただ、義父はこれに味をしめてしまい、その後もお金をせびりにくるので、Cさんは困ってしまいました。

手元には遺産と生命保険があるとはいえ、収入はパートしかありません。この調子でお金をせびられてはたまったものではありません。

■「死後離婚」で悪縁を断ち切る

そこでCさんが法律に詳しい友人に相談したところ、弁護士を紹介され、「死後離婚」の手続きを勧められました。

Cさんはその勧めに応じて役所に「姻族関係終了届」を提出し、「死後離婚」の手続きを取り、「義理の親の扶養義務」から解放されました。

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「死後離婚」したらこの地獄から解放された(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/simarik

これで、義父がお金をせびりにきても、支援してあげる理由が法的にはなくなったのです。

法律上は支払う必要がなくなったので、Cさんは以後きっぱり断ることにしました。

その結果、義父が無心に訪れることもなくなったそうです。

このように「悪縁」を断ち切る手段として、「死後離婚」を活用する場合もあるのです。

■「うちの墓に何しに来た」と反発

「死後離婚」にもデメリットはあります。

まず、子どもがいる場合、子どもとの関係が悪化する恐れがあります。

「何もお父さんが亡くなったあとに、こんな嫌がらせをしなくても」などと思い、反感を持たれてしまう場合があるのです。

親戚と子どもとの関係が悪化することも考えられるので、死後離婚の手続きをとる前に、子どもにもよく説明して話し合っておく必要があるでしょう。

また、死後離婚をすると「祭祀継承者」にならなくてすむため、「配偶者の先祖のお墓の維持・管理の義務」から解放されることになります。

手間がかからなくなるのはメリットではありますが、その分、元配偶者のお墓まいりをしづらくなる、という声も聞きます。

配偶者の親戚から、「わざわざ死後離婚までしたくせに、いまさらうちの墓に何しに来たのか」と反発されることがあるからです。

■前もって遺言書を作っておくことが重要

先述したように、夫・妻の死という出来事は、相続などをめぐって親戚とのトラブルが急浮上するタイミングです。

思わぬトラブルに陥るのを避けるためには、生前からしっかりした遺言書を作成し、財産の帰属について明確にしておくことが重要でしょう。

たとえば冒頭にあげた「介護の約束があったのに、マンションを追い出された」というケースでは、亡くなった夫がマンションの相続や、母親が居住することについて細かく記載した遺言書を作っておけば、もう少し円満に解決できたはずです。

「息子夫婦なら心配ない」と、しっかり話し合わず、何もかも口約束にしていると、思わぬ手のひら返しにあうことがあります。

その時になって「あの時は介護すると言っていたのに!」と怒っても、後の祭りです。

親しき間柄だからこそしっかりと話し合い、必要なら証拠を残しておくことが重要でなのです。

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岡野 あつこ(おかの・あつこ)
夫婦問題研究家・パートナーシップアドバイザー・公認心理士
夫婦問題研究家、パートナーシップアドバイザー、NPO日本家族問題相談連盟理事長。立命館大学産業社会学部卒業、立教大学大学院 21世紀社会デザイン研究科修了。自らの離婚経験を生かし、離婚相談所を設立。離婚カウンセリングという前人未踏の分野を確立する。これまでに32年間、38000件以上の相談を受け、2200人以上の離婚カウンセラーを創出『離婚カウンセラーになる方法』(ごきげんビジネス出版)。近著は夫婦の修復のヒントとなる『夫婦がベストパートナーに変わる77の魔法』(サンマーク出版)。著書多数。
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(夫婦問題研究家・パートナーシップアドバイザー・公認心理士 岡野 あつこ)