81歳現役女医が75歳で筋トレを始めた理由 毎日食べる「野菜スープ」作りのコツも解説
いかに長生きするかにとどまらず、いかに“健康的に”長生きするか。これが人生100年時代の肝である。その正解を求めるには、「生きた教材」に学ぶのが一番だ。現役の女医として、81歳の今も医療の現場に立ち続ける「スーパーウーマン」の健康法を紹介する。【天野惠子/内科医】
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この年まできてしまったら、いまさら……。
人生100年時代、私たちは長い「老後」を生きていかなければなりません。とはいえ、定年退職してから対策を始めても間に合わないに違いない。そう考えている方がいるとしたら、それは誤りです。健康上の老後対策は何歳からでも可能です。例えば、筋肉はいくつになっても増やすことができます。ですから70歳でも80歳でも、「遅過ぎる年齢」というものは存在しないのです。
現に、私はいま81歳ですが、病院の外来診療で、現役の医師としてバリバリ働いています。そして、運動といえば犬の散歩くらいしかしていなかった私が筋トレを始めたのは、後期高齢者の仲間入りをした75歳の時でした。
「医療界のスーパーウーマン」
〈こう振り返るのは、循環器を専門とする内科医の天野惠子氏だ。
女性の4年制大学進学率がわずか3%だった1961年に東京大学に入学し、同大医学部を卒業した天野氏は、現在も内科総合病院で診療にあたっている「医療界のスーパーウーマン」だ。今年出版された著書『81歳、現役女医の転ばぬ先の知恵』が注目を集め、大手紙などでもその「生き方」が取り上げられている。
医療における性差に着目し、日本に「女性外来」を広めた功労者でもある天野氏。彼女の健康法は、医師の立場からの専門的な知識に基づいたものであると同時に、「働き続ける高齢者」のお手本としても、人生100年時代を生きる私たちにとって、極めて有意義なものといえよう。
天野氏はいかにして現役女医たり続けているのか――。ご本人がその秘訣(ひけつ)を披露する。〉
3カ月で6キロも体重減少
筋トレを始めたきっかけは、75歳の誕生日に受けた健診後の“急変”でした。幸いなことに健診では大きな問題は見つからず、それまでと同じ生活を続けていたところ、その後、急に体重が3カ月で6キログラムも減ってしまったのです。原因は筋肉の減少でした。いつの間にか、木製の椅子に座ると痛みを感じるほどお尻の筋肉が減り、体全体が細くなっていたのです。
このままではサルコペニア(加齢に伴う筋肉減少症)が進み、身体機能が落ちて動けなくなってしまうかもしれない。そこで筋トレをすることにしたのです。
筋トレを継続できている理由
しかし先ほど記したように、私は犬の散歩以外には運動らしい運動をしていませんでした。いきなり自己流で筋トレを始めてしまったら、逆に体を痛めてしまう危険があるのではないかと考え、パーソナルトレーナーについてもらい開始し、現在は月曜日と水曜日の週に2回、筋トレをしています。
具体的には1回90分で、筋膜リリース(筋膜のゆがみなどをほぐすストレッチ)や加圧トレーニングを含むメニューをこなしています。おかげで体重も戻り、電車とバスを使って元気に自分の脚で病院に出勤することができています。ちなみに、日曜日には足裏を含めたマッサージも受けています。
自分一人で筋トレを続けていくのには相当な忍耐力が求められます。一方、パーソナルトレーナーに見てもらう場合は予約が必要になります。予約してしまったらそう簡単には休めません。これが継続の源になってもくれているのです。
いまは「カーブス」のように、安価でコーチがサポートしてくれるジムもあるので、そうした施設を利用するのもよいでしょう。
90歳から筋トレを始め、100歳まで続けて元気に過ごされた方もいます。やはり、いくつになっても始めるのに遅過ぎるということはない。NHKの「みんなで筋肉体操」をきっかけに流行したフレーズ通りで、老後を健康に過ごす意味でも「筋肉は裏切らない」のです。
激烈な更年期障害との闘い
健康を維持・促進するためには、一に運動、二に運動。これがいまの私の考えです。しかし、運動をする狙いは筋肉を鍛えることだけではありません。もちろんサルコペニア、そしてフレイル(要介護一歩手前の老衰)対策として筋トレは欠かせませんが、健康にとって何よりも大切なのは、私の専門でもある「循環」、つまりは「血流」です。脳を含めた体全体の血流の改善こそが、動脈硬化対策の意味でも健康を保つ基本です。
そのためには、体を動かす筋トレが一石二鳥なのです。そして、血流を良くするためのもうひとつの基本が、次に紹介するいにしえからの教えです。
冷えは万病の元。
体に不具合が生じるとすぐに薬に頼ってしまう傾向がある現代人は忘れがちですが、改めて先人の教えに思いを巡らせてみるべきだと感じます。これは医師の立場からの啓発であると同時に、「患者だった私」の立場からの、実体験に基づいた身に染みた報告でもあります。
私の60代を一言で表すと「絶好調」でした。心身ともに満たされていて、これからの人生が楽しみで仕方がないというほど充実していました。それはもしかしたら、その前の10年超にわたる「暗黒時代」があったため、そこから解放された60代がより晴れやかに感じられたのかもしれません。48歳から59歳にかけて、私は激烈な更年期障害との闘いを余儀なくされていたのです。
唯一症状を緩和してくれたのがお風呂
生理時の過多出血で子宮筋腫の手術を受け、その際に両側の卵巣も摘出しました。そして始まった異常発汗、下半身の激しいしびれ、立っていられないほどの疲労感に倦怠感、全身の冷え……。女性ホルモンであるエストロゲンの低下による深刻な更年期障害でした。
体の不調は頭脳にも影響を及ぼし、もともと記憶力に自信があって手帳いらずだった私が、予定を間違えるようにもなりました。学会の予定を大幅に勘違いし、なんと本当の開催日の1年前に、開催場所の名古屋まで新幹線に乗って行ってしまったこともあったほどです。
ホルモン補充療法(HRT)や漢方、気功、鍼灸(しんきゅう)、あらゆる治療法を試みましたが効かず、結局は時の経過が解決してくれるのを待つしかありませんでした。そうした辛い状況の中で、唯一、一時的であったとしても症状を改善してくれたのがお風呂だったのです。
入浴し、体を温めることによって明らかに調子が良くなる。脳を含めた体全体の血の巡りが良くなることで、症状が楽になるのです。身をもって、血流こそが健康の一丁目一番地であることを実感しました。
朝晩15分ずつの入浴
以来、私は病院での診療にも、鹿児島大学大学院循環器・呼吸器・代謝内科学の元教授である鄭忠和(ていちゅうわ)先生が開発した「和温療法」を取り入れています。海外でも「WAON therapy」として広く認知されているエビデンスに基づいた治療法で、個室の乾式サウナに入るなどするのですが、肝(きも)は深部体温を0.5〜1度上げる点にあります。
和温療法そのものは、実施している病院に行って受けるしかありませんが、要は体をしっかりと温めて血流を良くすることがポイントですから、家庭でもその要素を取り入れることはできます。つまりは「温活」です。平熱を1度上げられれば、免疫力は最大5〜6倍になり、基礎代謝は10〜13%アップするといわれています。
大切なのは、一気にではなく、中程度の温度でじんわりと体を温め、心地よく発汗して血流を改善させることです。そこで私は1日朝晩2回、必ず約15分湯船に漬かるようにしています。それに加えて、寝起きにコップ1杯の白湯を飲むのも欠かしません。内臓が温められ、やはり血流が促されて手足の冷えなどに効果があります。
一切の調味料を使わない「野菜スープ」
筋トレに温活。そしてもうひとつ、私の健康の柱となっているのが野菜スープです。
75歳の誕生日に受けた健診で大きな問題は見つからなかったと先ほど説明しましたが、血圧が少し高めで、糖尿病の値も正常値を超えているなど、若干の変化は見受けられました。抵抗力が落ちたせいか、虫垂炎にもかかってしまった。
絶好調の60代を経て70代も半ばになると、やはり年相応の衰えが出てきたのです。激やせ改善のための筋トレ、そしてかねて取り組んできた温活以外にも何か手を打たないと、いつまで現役医師を続けていられるか分からない。体質を改善しなければ……。
そこで私が取り入れたのが野菜スープでした。参考にしたのは、抗がん剤研究の世界的権威で、ノーベル賞候補と目された熊本大学の前田浩名誉教授の本です。がんには活性酸素が密接に関わっていて、そして野菜に含まれるファイトケミカルには抗酸化作用があるのですが、生よりスープにしたほうがその効果は高まることが認められたと、前田先生の本には書かれていました。
「これだ!」と思った私は、その日から毎日、自炊の野菜スープを取るようにしました。効果は確実に表れて、しばらくすると血圧は見事に正常値に戻ったのです。
作り方は難しくありません。タマネギ、ニンジン、キャベツ、ブロッコリー、セロリ、トマト、アスパラガス……。さまざまな野菜の中から5、6種類を選んで水と一緒に鍋に入れ、30分ほど弱火でコトコトと煮るだけです。一度にたくさん作って冷蔵庫で保存し、2〜3日で飲み切るようにしています。ポイントは、塩を含めて一切の調味料を使わないこと。野菜が本来持つ甘みとうまみだけを味わうのです。
おすしも醤油なしでOK
ファイトケミカルの効果ももちろんあるはずですが、野菜スープ生活で実感したのは「舌」が変わることです。調味料を使わない野菜スープに慣れることで、味覚の好みが薄味に変わり、濃い味付けは体が受け付けなくなりました。その結果、自然と減塩できていたのです。甘い物も食べたくなくなるので、糖尿病予防にも効果があります。
わが家の台所にも塩や醤油は置いてありますが、まず使うことがないのでほとんど減りません。おすしですら、醤油をつけません。無理をしているわけではなく、シャリに含まれている塩分だけで十分においしく感じられるため、醤油は“余計”なのです。
もっと健康に気を使えていたら……
ここまで紹介してきた健康法は、「健康オタク」である私が実践し、効果があったものです。もともと両親が病弱だったせいで、幼い頃から人一倍、早寝早起きなどの健康的な生活を勧められてきた私は、「健康でいること」を実践し、究めることが好きな性質(たち)なのです。
しかしそんな私も、医学部を卒業し、40代にかけて東大で研究・勤務をしていた頃は健康の「け」の字もないほど慌ただしい生活を送っていました。そこにひどい更年期障害が襲ってきてしまったわけです。当時、もっと健康に気を使えていたら……。
人生100年時代のいま、自分の健康は自分で守らなければなりません。自分の主治医は自分自身なのです。その観点から考えると、ホルモンバランスが崩れ、心身に異変が生じる更年期は、ヘルスリテラシーを高める絶好の機会でもあります。
なにも女性に限った話ではありません。男性も、発症する割合は女性の10分の1ほどとはいえ、男性ホルモンであるテストステロンの低下により更年期障害になります。最近、ようやくその存在が知られるようになりましたが、50代の頃に見舞われる男性の不調、すなわち男性更年期障害は単なる「うつ」と誤解されがちです。
「二人の主治医」
ですから更年期には、女性であれば産婦人科医だけでなく総合的に体を診てくれる内科医を加えて「二人の主治医」を持つこと、そして男性で不調があれば「男性更年期外来」を受診すること。このことを、これからの時代の「健康常識」として強くお勧めします。こうしたヘルスリテラシーを身に付けることで、人生100年時代の健康寿命は確実に延びるはずです。
私自身も、筋トレ、温活、野菜スープ生活に励み、「100歳まで現役医師」の目標に向かっている真っただ中にあります。老け込んでいる暇などありません。
天野惠子(あまのけいこ)
内科医。1942年生まれ。東京大学医学部卒業。日本性差医学・医療学会理事。東京大学講師を経て、東京水産大学(現・東京海洋大学)の保健管理センター教授・所長に就任。性差を考慮した「女性外来」を日本に根付かせた。現在は静風荘病院(埼玉県)の特別顧問を務め、同院の女性外来を担当し、診療にあたっている。今年春に出版した『81歳、現役女医の転ばぬ先の知恵』(世界文化社)が話題に。
「週刊新潮」2024年10月10日号 掲載