(撮影:今井康一)

次世代の物流システムとして期待される「フィジカルインターネット(PI)」の開発が2025年春の実用化を目指して進んでいる。トラックドライバーの深刻な人手不足に対応するため、荷主企業が協力してトラックの積載効率を高める「共同輸送」が始まっているが、PIではITを活用してオープンに「共同輸配送」を利用できる環境づくりを目指す。

具体的には、新幹線や航空機の座席予約システムをイメージするとわかりやすい。荷主はまずトラックの荷台の空き状況をネットで調べて予約する。次に、トラックが発車する「物流施設」に荷物を持ち込むと、目的地の「物流施設」まで運んでもらえる。PIとは、こうした仕組みを動かすための情報プラットフォームだ。

「物流の2024年問題」に対応するために登場

2024年5月に伊藤忠商事、KDDI、豊田自動織機、三井不動産、三菱地所の5社が、PIの事業化の共同検討を開始する覚書を結んだのを最初に、6月にはNECと日野自動車の関連企業のNEXT Logistics Japanが戦略的提携の検討を開始し、PIの開発を表明。

物流ベンチャーのHacobuも、8月にアスクル、キリンビバレッジ、スギ薬局、日本製紙、YKK APの5社と業界横断型の「物流ビッグデータラボ」を創設し、9月には三菱食品と共同輸配送支援サービスの実証実験を開始するなど動きが活発化している。

政府は、トラックドライバーの時間外労働規制の導入による「物流の2024年問題」に対応するため、2022年3月に「フィジカルインターネット・ロードマップ」を策定し、PIの実現を後押ししてきた。それから3年で最初のPIサービスが登場する見通しとなったわけだが、果たして物流危機を乗り越える切り札になるだろうか。

約2年前に筆者はフィジカルインターネット(PI)を紹介する記事「平気でネット通販する人が知らない『2024年問題』」を掲載した。政府が2040年を目指してPIの実現を打ち出したものの、一般にまったく知られていないばかりか、物流業界でもPIの話題が乏しく、盛り上がりに欠けている印象があったからだ。

日本のIT戦略は政府が旗振りをしても企業や社会への実装がなかなか進まず、世界のなかで大きく出遅れる失敗を繰り返してきた。IMD(国際経営開発研究所)の世界デジタル競争力ランキングでは、最新の2023年版で日本は3つランクを下げて32位と過去最低を記録した。

PIは、2013年に欧州で産官学連携の団体「ALICE(アリス)」が発足しているが、まだ本格的に稼働した事例がなく、日本も世界と戦えるチャンスがある分野と言える。

体積や重さがバラバラの荷物を効率的に運ぶには

2年前の記事では、インターネットの仕組みを物流に応用する基本的な考え方を紹介した。インターネットでは、データをパケット(小包)単位で分割し、標準プロトコル(通信手順)を使い、ハブ・ルーターなどの通信機器を経由して高速かつ大量に送信する。

これを物流に応用すると、荷物を、パレット(荷台)などを使って標準サイズにまとめ、標準化された荷札などの情報を付けて目的地別に物流施設で仕分けし、トラックに効率的に積載すれば大量の荷物を運べるようになる。


(出所:経済産業省・国土交通省「フィジカルインターネット・ロードマップ」)

ただ、荷物は人間と異なり、体積や重さがバラバラで、食品や危険物など種類によって同じトラックに混載できないものもある。国交省では2030年を目指して「パレット標準化」を進めているが、荷物の種類や重さも考慮しながらトラックの荷台をオープンにシェアできるようにするには、ITシステムの開発がカギを握っている。

伊藤忠商事でPI開発の中心となっている住生活カンパニー物流物資部海運・物資課の長谷川真一氏は、1993年に日本で初めて商用インターネットサービスを開始したインターネット・イニシアティブ(IIJ)の技術者だった人物だ。IIJの創業者である鈴木幸一会長のもと、インターネットの開発に携わるとともに、通信装置のモデムを配送する物流担当も経験した。

「IIJ時代からインターネットの仕組みは物流にも適用できるというアイデアは持っていた。PIは共同輸送を実現する物理的な仕組みだが、デジタルの仕組みがないと動かない。伊藤忠に移ってから欧州のALICEに参加し、国際標準化の動向も見ながら、2019年からシステムの開発に取り組んできた」

物流施設に集められた荷物をすべてトラッキング

インターネットは通信「インフラ」と検索や動画配信などの「アプリケーションサービス」で構成されるが、PIも物流「インフラ」と「アプリ」の両方が重要となる。PIのインフラは、政府が2021年に「物流情報標準ガイドライン」を策定しており、物流データを共有する情報プラットフォームを構築するとともに、「物流施設」が駅や空港のように荷物を積み替える「結節点」となるように機能強化する必要がある。

PIのアプリとして最初に開発しているのは、共配されるすべての貨物の計画と実績が可視化されるアプリケーション「SOM(Supply chain Order Management)」で、結節点となる物流施設に集められた荷物をすべてトラッキングできる仕組みである。

比重が大きい重量物だけを積むと荷台のスペースが余り、軽量物だけを積むとトラック積載量が余る。結節点で重量物と軽量物を最適に組み合わせて積み替え、その実績を記録することで、例えば5台で運んできた荷物を3台で運べるようになり、余剰となった2台を有効利用できる。同社が行った共同輸送の実証実験では輸送距離を26%、CO2排出量を21%削減できた。

その後も第2のアプリケーションが計画されている。集められた貨物を最適に組み合わせてトラックに積載できるようにする「オンラインリソース予約システム」である。

オンライン予約システムが実現すると、「ドライバー不足で輸送が困難になっている中ロット貨物も適正なコストで輸送できるようになるだろう」(長谷川氏)と期待する。

そのほかに、トラックドライバーの荷待ち時間の原因となっている「検品」作業を、事前出荷明細情報(ASN)を活用して不要にするためのアプリや、メーカー、卸、小売りの間で在庫データを共有して欠品させることなく在庫量を最適化するためのアプリなどの開発を進めている。

ドローン物流の拠点「ドローンポート」の実用化目指す

PIの実現には、物流施設を機能強化していくために戦略的な投資も必要となる。物流施設を対象としたJリート(上場不動産投資信託)の三井不動産ロジスティクスパーク投資法人(MFLP)と伊藤忠グループがスポンサーのアドバンス・ロジスティクス投資法人(ADL)は11月1日付で合併することになった。

「合併によって三井不動産と伊藤忠商事の物流関連リソースを相互活用しやすくなるほか、デジタル化やAI化の投資を積極的に進めていくうえでもメリットがある」――不動産証券化協会(ARES)の9月30日の記者懇談会で、ARES会長を務める三井不動産の菰田正信会長は、物流施設でのデジタル投資を積極的に進める考えを示した。

三井不動産では、日鉄興和不動産と共同開発した物流施設「MFLP-LOGIFRONT東京板橋」内に、ドローン実証実験の場「板橋ドローンフィールド(DF)」を10月2日に開設した。


三井不動産・日鉄興和不動産のドローンポートを設置した物流施設(写真:筆者撮影)

物流施設内にDFを設置したのは、ドローン物流の拠点となる「ドローンポート」の実用化を目指しているからだ。施設の運営は、無人航空機(UAS)と次世代移動体システム(AMS)の産業・市場の育成を目指す日本UAS産業振興協議会と、ドローンベンチャーのブルーイノベーションが担うが、「DF開設で最も期待しているのは、ドローンポートの開発が進むこと」(ブルーイノベーションの熊田貴之社長)と述べ、竣工式ではトヨタ自動車がハードウェアを開発したドローンポートによるデモが実施されていた。

【2024年10月15日13時30分追記】上記の記述を一部修正しました。

「MFLP-LOGIFRONT東京板橋」の目の前には新河岸川が流れており、荒川にもつながっている。現時点では河川の上空をドローンが飛行する許可は得られていないが、国はドローン物流の飛行ルートとして河川上空を活用する構想を打ち出している。将来的には河川沿いにドローンポートが設置され、物流施設はドローン物流の「結節点」の機能も果たすことになるだろう。

ちなみに、2024年4月に三井不動産が中心になって開発されることになった東京・中央区の「築地地区まちづくり事業」でもドローンタクシーのポートを設置する計画だが、この事業にはトヨタ不動産が事業者として参画している。トヨタグループでは、ドローンポートの開発にかなり力を入れているようだ。

標準化が苦手な日本はどうしていくのか

今年9月に東京ビッグサイトで開催された「国際物流総合展2024」の会場で、筆者はフィジカルインターネット(PI)の将来性について出展者に意見を聞いて回った。2年前に取材した時にはPIについて質問しても「知らない」と答える関係者がほとんどだったが、物流業界にもかなり浸透してきた印象だった。

一般社団法人フィジカルインターネットセンター(JPIC)では、今年4月に成立した改正流通業務総合効率化法・貨物自動車運送事業法で一定規模以上の特定荷主に「物流統括管理者=CLO(チーフ・ロジスティクス・オフィサー)」の設置も義務付けられたことを受けて、9月にCLO協議会を設置。企業間連携の活性化に取り組むとともに、10月にはフィジカルインターネット研究会を設立し、PIの具現化のための高度物流人材の育成にも力を入れ始めた。

では、日本でPIがどのように普及していくのか――。デジタル化を進めるうえで、欧州は“標準化”を進めながら普及を図るのに対し、アメリカは使いやすいサービスが普及してGAFAMのように巨大企業が市場を占有してきた。ある物流ベンチャー役員は「日本は標準化が苦手なので、欧州のようにPIの標準化を進めるのは難しいのではないか」と見る。

別の物流ベンチャー社長は「荷主が異なる貨物を混載して運んできたヤマト運輸や西濃運輸などの大手企業がデジタル化を進めてPIサービスを提供するようになるのではないか」と予想する。

「これまで幹線物流を担ってきた日本通運などの大手は協力事業者を含めて輸送体制がしっかりしているので現状でもあまり困っていない。PIの普及で物流業界の重層下請け構造の改善を図るのは難しいのではないか」とみるシンクタンクの専門家もいる。現時点では、PIサービスの本格普及に向けたシナリオはまだ見通せていない段階なのだろう。

「“割り勘負け”しないルールをつくる」

日本では、欧州ALICEの動向を見ながらPIのロードマップを策定したが、伊藤忠の長谷川氏によるとALICEが最も重視しているのが「ガバナンス」だという。「共同輸配送を行ううえで、重要なのは“割り勘負け”しないルールをつくること。伊藤忠でもガバナンスに一番力を入れてサービスづくりを進めていこうと考えている」と話す。

国交省では今年3月にトラック貨物の「標準的運賃」の告示を約4年振りに改訂し、運賃水準を約8%引き上げたが、共同輸配送に対応するため貨物単位の個建運賃の設定ルールを明確化した。

しかし、荷主間でどのように割り勘するのかといったルールは決まっておらず、現状の共同輸配送は企業同士が個別に交渉して利用料金を決めている。PIを普及させるには、利用料金の公平性・透明性を確保する必要があり、国交省でも「PIに対応した標準的運賃のあり方を検討することになるだろう」(貨物流通事業課)と今後の課題と認識している。

航空機の予約システムでは、日時と経路などの条件を入力すると、航空会社を横断して空席のある便と料金を検索できるサービスが提供されている。貨物輸送でも、企業間やプラットフォーム間の物流情報を共有して最適な場所、経路、料金を見つけて自動的に予約できるような仕組みが必要になると考えられる。

ALICEでは、NECが開発した「eNegotiation(イーネゴシエーション)」を国際標準化し、AIやロボットが交渉・調整を行って自動的に予約できる環境を整えようとしている。

日本でインターネットの商用サービスが始まった頃、IIJはNTTからインターネットの技術提供を依頼されたことがあった。これまで苦労して技術開発してきたエンジニアたち全員が反対するなかで、IIJ会長の鈴木氏は日本のインターネット普及に貢献するために技術提供に応じたというエピソードがある。長谷川氏も「PIの普及に貢献するために技術提供に応じても良いと考えている」という。

未来の物流ビジネスの形

今後、PIが普及し物流データが大量に蓄積されるようになると、データを活用したアプリケーションサービスへとビジネス競争のステージは移っていく。Amazonは、インターネットを活用して物流ビジネスに数多く変革をもたらしてきたが、ある専門家は「Amazonはダッシュサービスなど消費者の需要に迅速に対応するためにアプリ開発を行っており、今後は注文が入ってからモノを運ぶのではなく、AIなどで需要を予測してモノを運ぶ“予測物流”を目指すのではないか」と、物流のさらなる進化を予想する。

世界でほぼ同時に始まったインターネット革命では、GAFAMに市場を占有され、日本は世界に大きく出遅れたが、フィジカルインターネットではどうなるだろうか。この先に想定される物流危機を乗り越えるためだけでなく、PIの世界市場も視野に入れてインフラ整備とアプリ開発に取り組んでいく必要があるだろう。

(千葉 利宏 : ジャーナリスト)