「CR-V e:FCEV」はプラグインにより外部充電と給電が可能。そのシステムを使って家電に給電するデモンストレーションの様子(筆者撮影)

想定内だが、やはり「走り」はホンダらしい――。

2024年9月後半、ホンダが「第2世代」と称する燃料電池システムを搭載した「CR-V e:FCEV」に乗ってそう感じた。試乗の舞台は、北海道旭川郊外にある本田技研工業 四輪事業本部 ものづくりセンター 鷹栖(たかす)プルービンググラウンドだ。


東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら

冒頭の「想定内」は、「低重心による、どっしりとした走り」を指す。「CR-V」は、日本では5代目が2022年に販売終了し、現在の6代目は北米など海外向けのみで日本では未発売。CR-V e:FCEVは、その6代目をベースに、燃料電池車(FCEV)に仕立てたものだ。

車両重量は、ベース車と比較して約200kgも重い、2030kg。樹脂製だが肉厚の水素タンクやFCスタックをはじめとした、燃料電池システムを構成する各種部品により、重量がかさんでいる。

また、燃料電池システムの搭載位置により、最低地上高が北米向けハイブリッドモデル(2WD)の198.2mmより約30mm低い、169mmとなっている。

アメリカやニュル周辺の路面を模したコースで

高速周回路でアクセルペダルを目いっぱい踏み込むと、最高速度はメーター読み時速164km(実測・時速160km)でリミッターが効いた。そうした高速走行時に車線変更を試みると、少ないステアリングの操作量でもクルマの応答性はよく、姿勢変化の後の動きの収まりもいい。


カント(傾斜)のついた鷹栖プルービンググラウンドの高速周回路(写真:本田技研工業)

NV(音・振動)の影響も、一般的なSUVに比べると少ない印象で、特にアメリカを想定したコンクリート路面で、その効果を実感した。NVについては、ひとつ前の世代の燃料電池車である「クラリティ FUEL CELL」と比べて、モーター音で最大12dB、エアコンプレッサーのNVで最大7.5dB低減したというデータがある。

これはFCスタック、モーター、ギアボックスなどをパワーユニットと一体化して、ベース車にスッポリ収める設計としたことが、奏功している。

次いで、ドイツ・ニュルブルクリンク周辺のワインディング路を模したコースに移ると、走りの良さや取り回しの良さがさらに際立った。

路面が少し荒れていて、かつ路肩が傾いているコーナーでも、タイヤと路面との接地感があり、かなりのハイペースで駆け抜けることができるのだ。

走行モードを「SPORT」に変えてみると、欧州メーカーのEVなどでも採用されているアクセル操作に連動したスポーティな疑似音が、車内にうっすらと聴こえてきた。


「CR-V e:FCEV」のパワーフロー表示(筆者撮影)

同時に、モーター出力のピックアップが鋭くなる。しかし、そのレスポンスは過度ではなく、クルマの動きとドライバーの心が融合するような“ほどよいスポーツ感”だ。

総じてCR-V e:FCEVには上級感、上質感、スポーティ性、安心感、疲れの少なさなど、ポジティブな印象を受けた。

しかし、課題は別のところにある。ホンダとして「このクルマを起点にFCEVをどう育てていくのか?」という点だ。

燃料電池車がたどってきた道

そうしたホンダの未来を考えるうえで、ホンダとFCEVとの関わりについて振り返っておきたい。FCEVの実用化に向けた動きは、1990年代後半から2000年代前半にかけて一気に進んだ。

中でも、カリフォルニア州が主体となって立ち上げたCaFCP(カリフォルニア・フューエル・セル・パートナーシップ)には、トヨタ、ホンダ、日産、ダイムラー(現メルセデス・ベンツ)、GM、フォード、ヒョンデなどが参画。

プロトタイプで公道実証をともに行いながら、課題解決に向けた糸口を見つけようとしていた様子を思い出す。


2001年に日本の公道で実証を始めたホンダ「FCX-V3」(写真:本田技研工業)

その現場で、筆者はホンダ「FCX」を含めて各社のプロトタイプを数多く試乗したが、当時のFCEVのNVは今と比べるとかなり大きく、走り味は「もっさり」していた。

2000年代後半になると、カリフォルニア州の環境規制であるZEV(ゼロエミッション)法を主体とした対応として、ホンダは燃料電池を自社開発。専用設計の車体を持つクラリティ FUEL CELLの生産を、国内のパイロットラインで始めた。

2015年には、「水素元年」と称して日本政府が新たな水素戦略を掲げ、まずはトヨタ「MIRAI」が登場。当時、トヨタ本社の近隣で詳しく取材したが、担当主査は「見た目も走り味も、普段づかいできる、かっこいい乗用セダンを目指した」と開発コンセプトを熱く語っていた。

その翌年の2016年、ホンダも「乗用としての使い勝手と、スポーティで先進的な外観」を兼ね備えた2代目クラリティを世に送り出す。


2代目「クラリティ」には、FCEVのほかPHEVとBEVも用意された(写真:本田技研工業)

だが、FCEVは、いわゆる「死の谷」を越えられなかった。死の谷とは、市場で普及するためのコストや社会受容性のハードルを指す、マーケティング用語だ。

FCEVは少量生産でコストが高く(=新車価格も高い)、FCEV専用の水素インフラの拡充もネックとなった。

そうした死の谷を越えるためにホンダが選んだ道が、GMとの共同開発だ。互いの知見を持ち合い、そして量産効果によってコストを下げようという目論見である。

すでにコストは1/3。さらなる量産効果を目論む

2社の関係は2013年から始まり、その成果がホンダでいう「第2世代・燃料電池システム」として結実。2社の合弁企業、フューエル・セル・システム・マニュファクチャーリング(ミシガン州ブラウンズタウン)で、2024年1月から燃料電池システムの生産を開始した。同施設では、 CR-V e:FCEVの最終組み立ても行う。

今回の試乗会場でホンダに確認したところ、生産能力は年間約600台で、このうち日本向けは70台とのこと。この数字だけ見ると、ホンダにとっての燃料電池車は「死の谷を越えていない」という印象を持つかもしれない。


今回、テストした「CR-V e:FCEV」の内装。FCEVだからといって特別な部分はない(筆者撮影)

ただし、燃料電池システムのコストは、先代のクラリティと比べて1/3まで下がっている。さらに今後、燃料電池システムの外販(B2B:事業者間取引)に注力することでの量産効果も期待されているのだ。

ホンダが2023年2月に公開した水素関連事業のロードマップでは、燃料電池システムを乗用車のみならず、トラックなどの商用車、定置型電源、そして建設機械向けにも外販し、2025年に2000基/年、2030年には6万基/年の需要を見込むとしている。

さらに、グローバルで「量産車の100%をEVまたは燃料電池車にする」と宣言している2040年に向けては、数十万基/年を目標に掲げているのだ。

また、2030年代以降の燃料電池は、現在GMと研究開発中の第3世代となり、第2世代と比較してコストを半減し、耐久性を向上させるという。

果たして、こうしてホンダが描くような“燃料電池車の未来”はやってくるのだろうか。仮に普及したとして、その中で乗用FCEVの比率はどの程度になるのか。

燃料電池は長時間の連続稼働に向いており、大型ディーゼルエンジンの代替にも適しているといえる。こうした領域では、EVなどバッテリー事業との差別化がしやすい。


「CR-V e:FCEV」の水素タンクは2つあり、ひとつは後席下、もう一つが荷室部分。荷室スペースを有効利用するため専用の仕切り板を採用してユーザーの利便性を上げた。ゴルフバック3個搭載可能(写真:本田技研工業)

一方で、乗用領域では、各種バッテリーの技術進化とコスト削減、また充電インフラの拡充などにより、旧来の「EVは短距離移動向け、FCEVは長距離移動向け」という考えが通用しなくなってきた。

そうした状況で世に出た、ホンダCR-V e:FCEV。開発責任者の生駒浩一氏は、試乗の合間の意見交換の中で、「水素が(世の中で)どのように使われるのか。(また、人々が)水素をどう使いたいのか、そうした考え方が混じり合っている状況」だと、FCEVを取り巻く環境を表現した。

そして、「FCEVが(世の中に)さらに広がっていくのか、今はその瀬戸際にいる」という見解を示す。

さらに燃料電池が大型ディーゼルエンジンの代替に適すという認識が浸透する中で、「乗用車のFCEVという選択肢がなくていいのか、まだ(世の中に)答えがない。だからこそ、このクルマのように、ユーザーがいろいろな使い方をできるクルマが、いま必要だと思う」と、開発者としての胸の内を明かした。


クルマそのものの出来は悪くないだけに、燃料電池の可能性はさらに議論すべきだろう(写真:本田技研工業)

まだ道半ば。さらなる議論を

今回の北海道取材を通じて、筆者は改めてエネルギーマネージメント事業の必要性を感じた。

燃料電池の外販シフトが進んでいく中で乗用FCEVが普及するには、単なる完成車販売・リース販売ではなく、エネルギーマネージメントのサービス事業として、B2Cの斬新なビジネス設計が必須だと思う。

そのためには、B2Bの知見や量産効果が生かされるだけでなく、産学官連携でこれまで以上に水素インフラのあり方について深い議論をしていく必要があるだろう。ホンダの乗用FCEVの行方を、これからもしっかり追っていきたい。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)