(※写真はイメージです/PIXTA)

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移住者を支援する自治体が増加していることもあり、地方移住へのハードルは低くなりつつあるようです。しかし、理想的な田舎暮らしから一転、「こんなはずではなかった」と都会へUターンをするケースも珍しくありません。「シニアが後悔しない田舎暮らしのコツ」について、CFPでFP事務所MIRAI代表の山粼 裕佳子氏が、事例をもとに検証します。

老後は田舎で…定年後、地方移住の夢を叶えた68歳夫婦

石河さん(仮名)は昭和31年生まれの同い年(68歳)の夫婦です。

知人の紹介で26歳の時に結婚、共働きを続けながら2人の子どもを育て上げました。30年前に横浜市に購入した分譲マンションの住宅ローンは完済し、2人の子ども達もすでに独立しています。

夫婦の憧れは「田舎暮らし」。セカンドライフは都会を離れ、新天地でスタートしたいという希望を持っていました。というのも、石河家はアウトドア好きの一家。子どもが小さい頃の夏休みは、山や海へキャンプに出掛けるのが恒例でした。

家族とバーベキューをして一息つく夜、決まってこんな会話になります。

「将来は、こんな場所でゆったり暮らせたらいいね」

実は、さまざまな地方を訪れるうち、移住先の候補はいくつかあがっていました。そして、退職を機に夫婦は地方移住を決心します。

退職時の石河家の資産は、預貯金1,000万円、退職金3,000万円(2人分)と自宅マンション(評価額1,200万円)です。妻は60歳から、夫は62歳から老齢年金を受給します。夫が62歳になるまでの2年間は、妻の年金16万円と夫のパート収入を生活費に充てる予定です。

夫が年金を受け取るようになると、2人合わせて月35万円(夫19万円、妻16万円)の年金が入ります。

自然に囲まれて理想の暮らしを始めた夫婦

夫婦が移住先に選んだのは長野県。キャンプでよく訪れた自然豊かな地域です。

2,000万円で購入した物件は、暖炉のある本格的ログハウス。市の中心部からは少し距離がありましたが、築10年という比較的築浅であったためリフォームの必要もありません。孫たちが宿泊できる十分な広さも確保できました。

敷地も広いため、ご近所を気にせず庭でバーベキューもできます。庭の一部を畑に改良して野菜作りにもチャレンジするつもりです。

新たな生活のスタートは順調でした。夫はバイクで30分の場所にある「道の駅」に週3回のパートに出るようになり、妻は庭で野菜作りに勤しむ毎日です。週末には2人で近くの温泉入浴施設に通うという、まさしく思い描いていた理想の暮らしです。

田舎暮らし満喫から一転→都会にUターンのワケ

平穏な日々が6年続いたある冬の朝。いつものように夫を職場へ送り出して家事をこなしていた妻のもとへ、知人から1本の電話が入ります。

知人「落ち着いて聞いてね。旦那さんがバイクで転倒して怪我をしているわ。救急車で○○総合病院に向かっています」

どうやら凍結した路面でスリップしてしまい、単独事故を起こしてしまったようです。夫に意識はあったものの、頭を強く打っているようで検査が必要なうえ、右足も骨折していたようだとわかり、しばらく入院することになりました。

そんな折、自宅近くでイノシシが頻繁に目撃されるようになりました。畑を荒らし、時には人を襲うような素振りを見せるため、夫不在の家に住む妻は、外出することが怖くなっていました。畑へ出ることもできないため、畑の作物は収穫できず荒れ放題です。

夫は1ヵ月ほどで退院しましたが、骨折の予後が芳しくないため、しばらくリハビリが必要とのこと。仕事再開は当分先になる見込みです。妻のほうも、事故後の病院通いやイノシシ騒ぎで体調を崩してしまい、日常の買い物もままならなくなっていたそうです。

順調な生活はガラガラと音を立てて崩れていきました。実は、資金計画にも誤差が生じていました。移住後の生活費を低く見積もり過ぎていたようです。家庭菜園やご近所からの差し入れで食費は減ったものの、移住前より多くかかる費用もあり、1ヵ月の合計支出は移住前後でさほど変わりませんでした。

【移住後の石河家の収支】※1ヵ月あたり

◎収入合計:42.5万円

年金収入(年金2名分):35万円

夫のパート代:7.5万円
 

◎支出合計 28.4万円

住居費(固定資産税、修繕費):2万円

食費:5万円

日用品:1.5万円

交通費(ガソリン代):1.5万円

通信費:0.6万円

水道光熱費:2.5万円

その他(レジャー費など):10万円

税・社会保険料:5.3万円
 

◎収支(収入➖支出):14.1万円
 

2人の年金と夫のパート代で月の収支が赤字になることはないものの、今回の入院にかかった医療費、交通費(ガソリン代)、雑費などで預金の一部を取り崩していました。

夫婦は心身ともに疲れてしまい、「1日も早く引っ越したい」と考えるように。そして、移住から7年後、田舎暮らしにピリオドを打ちました。結局、長年住んでいた土地勘のある場所へ戻ることにしたそうです。

とはいっても、マンションは売却してしまっていたので戻る家はありません。今は、家賃8万円の賃貸マンションに暮らしながら、年金の範囲で生活をしています。長野のログハウスは売りに出しますが、最終的にいくらで売れるのかは未定です。

憧れの暮らしを手放すことに…ライフプランの立て直しが必要

退職金を手にしたことをきっかけに地方移住を決心するシニア世代は増えていますが、調査・情報不足により、憧れの暮らしをあきらめざるを得なくなる人も一定数いるようです。

順調に見えた石河さんの田舎暮らしも、想定外の出来事が重なったことで心身ともに疲弊してしまい、住みなれた場所へ戻る決心をしました。石河さんには預金と十分な年金があったため、取りあえずの生活は成り立っていますが、一生、家賃を払い続けるとなると不安は残ります。

多くの場合、老後の生活費の大部分を年金でまかなうことになります。共働き夫婦の場合、年金が潤沢にあることが強みであることは間違いありませんが、夫婦のどちらかが亡くなったときに遺族厚生年金が満額支給されないことによる収入減に直面する懸念があります。

石河さんは、そのことも念頭において、今後のライフプランを立て直していく必要があるでしょう。
 

デュアルライフで無理なく田舎暮らしをスタート

ここからは、田舎暮らしを考える場合の一般論です。

生活費を下げる目的で都心から地方への移住を希望する人もいますが、移住先によっては、生活費がさほど下がらないケースがあります。

移住後の生活費の内訳は、食費こそ減少しているものの、通信費、日用品費は移住前と同程度、逆に、地域によっては水道代が移住前より高くなったり、交通費(ガソリン代)が増えてしまったりするからです。

また、移住後の暮らしの満足度という観点でいうと、生まれ育った地域でない、ゆかりのない場所を移住先に選ぶ「Iターン型移住」の場合、満足度が低くなるというデータが出ています。地域の特性を知らないまま移住してしまうことが主な要因のようです。

特にシニア世代では、移動手段の確保、医療や介護へのアクセスの悪さは、QOLの低下につながります。

そこで、「田舎暮らしをしてみたい」と思ったら、いきなり完全移住をするのではなく、その地で本当に暮らしていけるのか、まずはお試し期間を設けてみるといいかもしれません。

ただ、生活拠点が2つになれば、固定費や維持費が増えて経済的負担が増すことがネックになります。しかし、持ち家を賃貸に出して賃料を得ながら地方暮らしをするなど、工夫次第で負担を軽減することもできるでしょう。移住・住みかえ支援機構のマイホーム借上げ制度の利用も、選択肢のひとつです。

「完全移住」ではなく「ゆる移住」から田舎暮らしを始め、地方暮らしがライフラインを含め肌に合うと判断すれば、完全移住に踏み切っても遅くはありません。もし違うと思えば、戻る選択もできる、デュアルライフを検討してみてもいいかもしれません。

セカンドライフのスタートは、資産の棚卸と家計の見直しをする良い機会です。不安がある場合は、専門家への相談を検討しましょう。

〈参考〉

・パーソル総合研究所 「地方移住に関する実態調査」(Phase1)

・「地方移住」で気になるお金の話

・移住・住みかえ支援機構

山粼 裕佳子

FP事務所MIRAI

代表