会議あるある「反対するなら代案を出せ」は本当に正しいのか? SNS賛否「反対だけなら誰にでもできる」「発言がしにくくなる」
会議やミーティングに限らず、仕事上ではさまざまなシチュエーションで意見のすり合わせや議論が行われます。そんなときによく聞くのが、「反対するなら代案を出せ」という言葉。もっともらしい考えのように思えますが、SNSでは賛否両論の意見が上がっているようです。
「ただ単にやりたくないから反対してるように思える」
まず、「反対するなら代案を出すべき」と考える人からは、「代案ナシで反対するのは無責任だ」との声が。「反対するだけで終わったら議論が先に進まない」「ただ反対するだけなら誰にでもできるからね」など、厳しい意見がみられます。
主体性や当事者意識のなさを指摘する人も多く、「『どうすればいいか分からないけど反対』と言われると、どの立場で言ってるんだって思う」「外部の評論家じゃないんだから、違うと思ったらどうすべきかまで考えるべき」「ただ単にやりたくないから反対してるように思える」などの声がありました。また、特にミーティングなどでは自分以外の人の時間も拘束しているため、中身の薄い意見に時間を費やしたくないと思う人もいるようです。
逆に、「代案がなくても反対してOK」と思う人からは、「『代案を出すこと』がルールになると、発言がしにくくなるよね」「反対と代案がセットだと活発な議論になりにくい」といった意見が。「何かしっくりこない」「もうちょっといい案があるんじゃないかと思う」などのフワッとした状態であっても、「まずは意見して周囲に投げかけることが大切」という意見が上がっていました。
ちなみに「代案を出すべき」と考える人も、大部分は“完璧な代案”を求めているわけではないようで、「反対しているということは、何かしら理由があるはず。それをしっかり話すだけでも代案になる」「反対する根拠をしっかり示した上で、具体的な代案じゃなくてもいいから『こういう方向が良いと思う』くらい言ってくれればいいよ」「きちんと考えた上で代案が出ないなら仕方ない。どのように考えたのかを伝えるだけでも、他の人のヒントになるはず」といったアドバイスも多く寄せられています。
いずれにせよ、有意義な議論のためにはそれぞれが主体的に参加することが大切。より良い結論を出すために、責任感を持って話し合いに臨みたいところです。「反対するなら代案を出せ」、あなたはどう思いますか?