どこまで許容範囲?どこからパワハラ?(画像はイメージです)

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 パワハラに関する話題が世間を揺るがしています。ただし、言動のどこまでが許容範囲で、どこからがパワハラになるかは微妙なところです……。ここでは昭和の名曲をひも解きながら、人間関係の機微を考察。シンガーソングライター・音楽評論家の中将タカノリと、シンガーソングライター・TikTokerの橋本菜津美が、ラジオ番組で語りあいました。

どこまで許容範囲?どこからパワハラ?(画像はイメージです)

※ラジオ関西『中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス』2024年7月26日放送回より

【中将タカノリ(以下、中将)】  誰がどうとは言いませんが、最近パワハラが世間で問題になっています。そこで今回は昭和の名曲たちをひも解き、いろんな言動のどこまでが許されて、どこからがパワハラになるのか検証していきたいと思います。

【橋本菜津美(以下、橋本)】 今だからこそみんなに聴いてもらいたいテーマですよね。私も何がパワハラになるのか厳密にはわかっていませんでした。世代によってもOK、NGの線引きが違うと思いますし、難しい問題だなと思います。

【中将】 だいたいの加害者は「自分はそんなつもりなかった」って言うんですよね。厚生労働省によるとパワハラの定義とは「優越的な関係に基づいて行われること」「業務の適正な範囲を超えて行われること」「身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること」だそうです。

【橋本】 けっして会社の上司、部下の間に起こることだけじゃないんですね!

【中将】 その通りです。この定義で言うと、恋する男女の間にもパワハラは存在するのではないでしょうか? まずはこの曲でOKかNGか判断していただきましょう。美川憲一さんが歌う『お金をちょうだい』(1971)。「別れる前に お金をちょうだい」……最近話題のワード「おねだり」にも通じる内容ですが、いかがでしょうか……。

【橋本】 別れを告げられた女性がお金を工面して欲しいとお願いしているわけですよね……夫婦なら慰謝料が発生するケースはあるんでしょうけど、普通に付き合ってるだけなら私はNGですね。

【中将】 できればお金が介在しないほうがいいとは思いますけど、最近は“頂き女子”なんかも話題になりましたからね。肉体的な暴力ではないけど、あれも恋愛関係の優越性をかさに着たパワハラかもしれません。

【橋本】 あれは女性側のパワハラだし確実に悪いと思います。でも、この曲の場合はタイトルほど圧がなくて、「その方があなただってさっぱりするでしょう」とか、ちょっと強がりを感じちゃうんですよね。実際にお金を渡したら「そうじゃないの!」って怒られそうな(笑)。

【中将】 難しい女心というわけですね(笑)。では次の曲に進みます。沢田研二さんで『カサブランカ・ダンディ』(1979)。ダンディな魅力で知られた往年のハリウッド俳優ハンフリー・ボガードの時代が懐かしい、といった内容の歌詞です。

【橋本】 「ききわけのない女の頬を一つ二つはりたおして」……この番組を始めてから知った曲ですが、初めはすごく衝撃的でした(笑)。何をやってもカッコいい沢田さんでも許されないパワハラですね!

【中将】 最近では男性が女性に手を上げる歌なんてあり得ませんもんね。

【橋本】 時代の変化だと思うんですけど、最近は男性から女性への暴力は絶対NGだし、カッコ悪いこととされていますよね。

【中将】 「悪い時はどうぞぶってね」の奥村チヨさん『恋の奴隷』も近いベクトルの曲ですが、発売された1969年当初から批判はあったみたいですね。ただ1990年代頃までは“愛情がある”という前提でビンタくらいまでならカップル間、夫婦間の暴力をギリギリ容認する風潮があったように感じます。

【橋本】 そんな近い時代まで許容されていたんですね……ちょっと怖く感じてしまいます。

【中将】 お次は教師によるパワハラを歌った曲です。桜田淳子さんで『叱られてから』(1975)。

【橋本】 「あなたは本気でぶってくれたわ」……!

【中将】 非行に走りかけた女子生徒を教師がしばいて更生させたというわけですね……。今40歳ですが、僕たちの世代までは暴力をふるう教師っていっぱいいましたね。「お前を殴る先生の手はもっと痛い」とかいう迷言も何度も聞きましたが、「じゃあ僕が先生を殴ったほうがいいんじゃないですか?」って話だよね(笑)。

【橋本】 (笑)。私は学生時代、陸上部だったんですが、体育会系って先生や監督に厳しく叱られたり体罰受けたことを大人になっても感謝している人が多いと感じています。今は絶対NGだとはわかってるんですけど、そうなる思考は私も半分理解できちゃうんですよね……。

【中将】 部活や校則ってパワハラの温床になりやすいですよね。男女間の暴力に置き換えるとそのヤバさがわかりやすいと思うんですが……。

 一方で、最近は歌舞伎界や落語界のような伝統芸能の世界でもパワハラが取り沙汰されるようになりました。オールドスタイルの師弟関係もまたパワハラの温床になりやすい。お次は美空ひばりさんで『越後獅子の唄』(1950)。「親方さんに芸がまずいと叱られて撥(ばち)でぶたれて」……。

【橋本】 越後獅子ってどんなものなんでしょうか?

【中将】 新潟県の郷土芸能で、子どもを使った獅子舞の大道芸のことです。親方が貧しい家の子や孤児を買い取り、暴力を交えて稽古をさせるなど環境が劣悪だったことで知られ、すでに明治時代に警視庁から禁止令が出てるんですね。1933年には「児童虐待防止法」により子どもを使った金銭目的の大道芸自体が禁止され、いったん滅びています。

【橋本】 なるほど……ここまでひどくないにしても、今でも芸事の師弟関係ではパワハラや暴力が起こっているって聞きますよね。劇団とかのお芝居でもよくトラブルになってますもんね。中将さんは古い世代の方たちとご交流が多いと思うんですが、どう思われますか?

【中将】 ちらほら聞くことはあるけど、あまり巻き込まれたことはないんですよね。加賀テツヤさんはじめ紳士的な方たちばかりにお世話になりましたから。立場をかさに着る、年齢をかさに着るとか最低だと思っています。

 さて、お次で最後の曲ですが、パワハラと言えば戦前の軍隊もその温床でした。ここで紹介するのは、春日八郎さんで『月月火水木金金』(1970)。原曲は1940年の内田栄一・ヴォーカルフォア合唱団。海軍軍人には土曜、日曜はないという、今ならたいへん問題のある内容です。

【橋本】 軍人さんは土日も休めなかったんですか!?

【中将】 実際はお休みはあったけど「そのつもりで働け!」ってことですよね。当時の軍隊では上官による暴力やいじめ、個人的な意図による配置転換などなんでもアリ。こういう経験をした人々が戦後に社会復帰し、パワハラを蔓延させたということもあるんじゃないでしょうか。

【橋本】 日本人のパワハラ気質の根源はここにある気がしますね……。

ラジオ関西『中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス』収録風景 番組パーソナリティーの中将タカノリ(右)と橋本菜津美