渡辺明九段(左)と藤井聡太七冠

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 将棋の藤井聡太七冠(21)が絶体絶命のピンチから相手のミスで先勝した。7月6、7日の両日、愛知県名古屋市の日本庭園「徳川園」で行われた王位戦七番勝負(主催・新聞三社連合)の第1局。藤井七冠に挑戦するのは、タイトル戦としては昨年6月の名人戦以来となる渡辺明九段(40)である。【ジャーナリスト/粟野仁雄】

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4タイトルを奪われている渡辺九段

 棋王戦10連覇といった大記録を持ち「魔王」とも呼ばれる渡辺だが、これまでは「藤井聡太を最も引き立ててしまった棋士」でもあった。2020年7月には初タイトルとなる棋聖、昨年6月には史上最年少での獲得となった名人など、約3年で4つのタイトルを藤井に奪われている。

渡辺明九段(左)と藤井聡太七冠

 そんな渡辺が王位戦に登場するのは意外にも今回が初めて。先手は藤井。1日目は遅いペースで展開し、駒がぶつかり合って戦端が開かれることがないまま午後6時を迎え、藤井が45手目を封じた。

 2日目になってもペースは変わらなかった。局面は「千日手」含みで進んでゆく。千日手とは同じ局面が4度現れて指し直しとなること。連続王手で千日手となると、王手をかけた側が反則負けになる。

指し直し局は渡辺が優勢に

 どちらが堂々巡りを打開するかが鍵だったが、午後3時44分、渡辺が80手目に「4三金」としたことで千日手が成立。30分後、先手後手を入れ替えての「指し直し」となった。持ち時間の消費はそのまま引き継がれ、渡辺より持ち時間が1時間以上も少ない藤井はかなり不利な状況に。守りに徹した隙のない渡辺に対し、藤井は先に仕掛けることができなかった。

 ABEMAの中継で小山怜央四段(31)は「本当は、藤井さんは『8五桂馬』と跳ねたかったと思いますが、打開できなかったのでは」と解説していた。AI(人工知能)の勝率は2日目の午後になっても渡辺が52%と、まったく不変だった。これだけ長く変わらないのはめったになく、聞き役の加藤結李愛女流初段(21)が「AIが壊れちゃったのかなあ」と不思議がるほどだった。

 指し直し局は激しい展開になった。先手の渡辺は21手目と早い展開で「6六」に角を出し、ぶつけた藤井の「8四」の飛車を7筋によけさせると、25手目の角交換で手にした角を27手目に敵陣の8筋に打ち込んだ。渡辺の差し回しは終始光り、優勢を築いていった。

AIの勝率も99%に達したが

 終盤も敵陣の角がうまく玉頭を守る形になっていた。一方、大きく差があった持ち時間は縮まっていく。先に8時間の持ち時間を使い切った藤井が1分将棋になると、すぐに渡辺も1分将棋に。それでも渡辺が攻め続け、AIの勝率も99%に達したが、そこに「魔物」が現れた。

 119手目、渡辺は「3二銀」で藤井玉に王手をかけた。すると勝率が逆転し、渡辺は20%台に下がってしまった。やはり1分将棋は怖い。絶望状況でガクッとうなだれる場面もあった藤井だが、辛抱強く耐えるうちに渡辺のミスを誘ったともいえよう。

 対局後、渡辺は「いきなり最終盤になって(詰み筋は)読めてはいなかった。詰みがわからなかったですね。詰まさなきゃいけなかった。見えなかったですね」と悔しがった。感想戦でも「いやー、分かっていなけりゃ当然引くもんなあ」「ああ、それしか詰まないのか」「『2四桂』で詰むかなとも思ったけど」など盤の上に手をかざして盛んに振り返っていたが、時折、天井を見上げるなど悔しさを隠せない様子だった。

内容は反省するところが多い

 渡辺は以前から藤井に対しては「いいとこなし」の状態が続いていた。名人戦以来となる今回の対局では、見事な差し回しによりほぼ手中にしていた勝利を土壇場で逃した。渡辺は「まだ始まったばかりなので気を取り直して頑張りたい」と誓った。

 藤井は千日手になった局について「仕掛けていく機会を失った」と話し、指し直し局については「粘り強く差そうとしたけど、竜を作られて苦しかった。結果は幸いしたけど、内容は反省するところが多い」と語った。

 藤井は王位5連覇、さらに棋聖に続く2つ目の永世称号獲得に向けて好発進となった。王位の永世資格は最も難しいとされる連続5期、または通算10期が条件だ。王位戦第2局は7月17、18日に北海道函館市のホテル「湯元 啄木亭」で行われる。
(一部敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件』(ワック)、『検察に、殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)、『アスベスト禍』(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部