世界に274店舗、とんこつラーメンの一風堂が世界中で顧客を魅了し続ける“期待不一致モデル”の戦略とは
とんこつラーメンで有名な博多一風堂は、世界中で愛されながら成長を続けている。1985年に福岡で創業された同店はいまや日本国内に145店舗、15ヶ国・地域合計で274店舗を展開するグローバルなラーメン店へと進化を遂げている。ここではマーケティングの視点から、一風堂が愛される秘密に迫りたい。
女性も利用しやすいとんこつラーメン店
一風堂はラーメン業界のいくつもの常識の壁を壊してきた先駆者だ。
それまでラーメン店といえば、店内には独特の匂いが充満し、床や壁が脂っぽかったり作り手もお客も男くさかったりするのが当たり前だった。特にとんこつラーメンの匂いを苦手にしている人は少なくないはずだ。
しかし一風堂は、創業当初から店内は清潔感が保たれ、BGMにはジャズが流れ、臭みを感じさせないマイルドなとんこつラーメンを提供し、女性も利用しやすいラーメン店の先駆けとなった。
創業者の河原成美(かわはらしげみ)氏は、関東エリアへの出店を開始すると、1997年にテレビ東京系の人気番組『TV チャンピオン』のラーメン職人選手権で優勝、その後同番組で3度の優勝と殿堂入りを果たし、一風堂は一気に全国区の知名度を獲得していった。
2000年には、業界初となる店名入りのカップ麺を日清食品と共同開発して発売、さらに2008年に海外1号店「IPPUDO NY」を出店すると、この店は全米レストラン投票サイト「Yelp!」で第1位(2010年度)に輝く繁盛店になった。
その後も国内外で出店を加速させ、創業から39年で世界に274店舗(2023年12月時点)を展開するグローバルなラーメン店となり、2024年にはスペインとドイツに子会社を設立して欧州エリアでの更なる店舗拡大を進めたり、福岡県・柳川高校では学食提供をスタートさせるなど、さらに新たな挑戦を続けている。
看板メニューの味が変わっていく
ラーメン店としての常識を変え続けるいっぽう、ラーメンの味そのものを更新し続けてきたことも大きな特徴だ。実は一風堂はラーメンの味を毎年少しずつ変化させており、さらに10年を目安に大きな変化も加えている。※1
創業30周年を迎えた2015年には、それまで同じ麺を使用していたアッサリ味の「白丸」とコクのある「赤丸」で、それぞれのスープにより適した細さ・切り方・形状の異なる麺の採用に踏み切った。
さらに、麺の長さを通常よりもわずかに短くすることで食べやすさを追及したり、チャーシューに使用する肉の種類を増やしたり、スープの元ダレの製法をリニューアルしたりと、看板ラーメンに大きな変化を加えたのだ。
ちなみに2023年秋にも、麺・スープ・チャーシューなどを大幅に更新している。※2
こんなにも味を変え続けてしまうのは、「あのラーメンが食べたい」と思う消費者にとってマイナスに働いてしまわないだろうか?
先に答えを言うとNOである。
なぜなら、基本的にはラーメン店の既存客は減っていくものだからだ。
私たち消費者には、「期待通り」を求める気持ちと、「うれしい驚き」を求める気持ちがある。「期待通り」を求める気持ちと「うれしい驚き」を求める気持ち……両者は相反するものでありながら、間違いなく消費者の心に共存している本音であり、多くの人が時々で使い分けている。
「期待通り」を求める気持に応えるうえでは、ラーメンの味を変える必要はない。
しかし、その裏返しで、変わらない味に「飽きた」と感じて離れていく人は必ず出てきてしまう。
「うれしい驚き」を求める気持ちは、前回とは異なる驚き、変化や進化、感動を求めるものである。こちらの気持ちに応えるには、ラーメンの味を変えていく必要がある。
ただし、変わっていく味に「裏切られた」と感じて離れていく人も出てくるだろう。
だがマーケティングの観点から考えると、消費者を真の意味で満足させ続けるためには、後者の「うれしい驚き」を追求する選択の方ほうが適切といえるのだ。
一風堂の期待不一致モデル
これは「期待不一致モデル」と呼ばれる考え方で、消費者は、実質値(実際の商品・サービス)が期待値(主観的な期待)を超えるときに初めて満足してくれる。つまり満足度は絶対評価ではなく、相対評価となる。
いい商品やサービスが、必ずどんなお客でも満足させられるわけではない。消費者1人1人の頭の中の期待値が高すぎれば、いいモノでも物足りなく受け止められ、不満を招いてしまう。
味が変わらないラーメンは、初めて食べたお客を1回目は満足させることができたとしても、その味は「次の期待値」の基準ラインになる。だから、期待値が高まっている状態で2回目に食べるとき、同じ味を食べたお客は、「1回目は感動したんだけど」と拍子抜けすることになりやすい。
また、「変わらない味」を提供し続けても、好みが変化したり、住まいやライフスタイルの変化で来店しなくなったりと、一定数の既存客は離れていくものだ。
そもそもラーメン店は設備投資を抑えられ、小規模での開業が可能だからこそ他の専門料理店より参入障壁が低いと言われている。業界には次々と新たな味が生まれてくるのだ。
ちなみに2023年のラーメン店の倒産、休廃業数は過去最多だった。※3 競合の多さもラーメン店という業態の特徴だ。
同じ価値を提供しても既存の顧客を繋ぎ止めておくことが難しいラーメン店という業態においては、進化によって「新しい価値」を提供し続け、離れていく既存客以上に、新規客を呼び込んでいく攻めの姿勢こそが、長期的に重要なのである。
付け加えると、看板メニューの味の進化だけでなく、期間限定メニューの新鮮味、気の利いた接客、ポイントサービス、店内やトイレの清潔さ、行列時の対応、商品の提供スピードなど、ありとあらゆる要素で新しい価値を作り、お客にうれしい驚きを届けることが求められる。
ラーメン店にとって最高のほめ言葉は、「来るたびにおもしろいことをやっている」「この店は進化が止まらない」になる。
変わり続ける一風堂は、その進化を通じて、お客に感動を提供し続けている。だからこそ、世界中で愛されるラーメン店としての成功を実現しているのである。
文/永井竜之介
写真/shutterstock
参考文献
※1 東洋経済オンライン「一風堂のラーメン「飽きられない」本当の理由」
https://toyokeizai.net/articles/-/93389?display=b
※2 一風堂「NEWS 【10/16(月)~順次】看板ラーメン 白丸・赤丸・からか麺をリニューアル!」
https://www.ippudo.com/news/231016-ramen-renewal/
※3 東京商工リサーチ
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1198316_1527.html