「僕たちを排除するのではなく、個々の差を認め合ってほしい」と訴えるジュンイチさん。その意見に異論はないが、では具体的にどんな差があるのか、ともに生きるにはどんな支援が必要なのか――(編集部撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「障害者雇用で働いても配慮なしの状態になって、結果としてキツくなり辞めてます」と編集部にメールをくれた30歳の男性だ。

たいてい「ひとつの結論」にたどり着く

発達障害なんて周りに迷惑をかける“社会毒”」

「障害年金をもらって生かされてるだけなら、国益のためにも消えちゃったほうがいい」

「医者から障害は遺伝すると言われたので、私は結婚もしないし、子どももつくらない」

「不幸は僕らの代で終わらせないとね」

ジュンイチさん(仮名、30歳)が趣味を通して知り合った、発達障害のある友人たちとの会話である。ジュンイチさん自身も発達障害の診断を受けている。最初はたわいのない話題から始まる当事者たちの集まりは、次第に厭世的な方向へと流れていくのが常だという。そしてたいていひとつの結論にたどり着く。

「安楽死を合法化してほしい」

ジュンイチさんによると、友人たちはSNSやネットの掲示板などに書き込まれた障害者を差別するネットスラングをたびたび口にする。個人的には傷つくことがわかっているなら、便所の落書きに等しいヘイトスピーチなどわざわざ読みにいく必要はないのにとも思うが、当事者にしてみるとそうはいかないのだという。

ちなみに発達障害と遺伝との関係については、遺伝的な要因が関係しているという報告はあるものの、いまだ研究途上のテーマである。

また、安楽死については欧米の一部の国で認められており、中には難病や重い病気以外にも精神疾患のある人がそうした選択をする国もあるという。しかし、日本では安楽死をめぐる問題は議論の入り口にすら立っていない。少なくとも発達障害については、法制度化よりも、なぜ彼らが安楽死を望むまで追い込まれたのか、まずは社会のあり方を考えるのが先ではないか。

しかしながら友人たちはネット空間で自分たちに向けられた憎悪に絶望。一足飛びに「希望は安楽死」となる。

ジュンイチさん自身は仲間たちのこうした主張をどう思っているのか。

「僕は……、半々でしょうか。安楽死は極端だと思いますし、(発達障害は遺伝と言う)医師もひどいですよね。でも、国や政治、周囲の人も助けてくれないなら、早く死なせてほしいと思うことはあります」

高校を卒業後、5回以上転職を繰り返す

ジュンイチさんも地元の高校を卒業後、すでに5回以上転職を繰り返している。自ら辞めることもあれば、解雇、雇い止めにされることもあるという。

ジュンイチさんには長い時間をかけて話を聞いたが、退職や雇い止めなどを繰り返す理由については、いまひとつ理解できない部分もあった。

まずはジュンイチさんの言い分に耳を傾けてみよう。

高校卒業後は正社員として自動車関連の精密機器メーカーに就職したものの、ここでは上司や先輩のパワハラに遭ったという。

「有休を取ろうとすると、僕だけが上司から『なんで休んでばっかりなんだ』と文句を言われました。書類を丸めた紙を投げつけられたこともあります。現場の先輩からは部品をぶつけられたり、『お前がどの通路を通ってきたか、だれと会ったか、どのトイレに何分入っていたのか、全部ばれてるからな』と脅し文句のようなことを言われたりしました」

結局、5年ほどで退職。その後は派遣やパート、障害者雇用で働いたが、いずれも1年ほどしかもたなかった。

派遣で働いた大手自動車メーカー系列の研究施設は「覚えが遅い」という理由で契約期間の途中で解雇された。ジュンイチさんによると「覚えなければならないマニュアルの量が膨大でした」。

ハローワークから紹介され、障害者雇用で働いた公務職場では「日を追うごとに仕事を減らされた」。手持無沙汰の時間が増え、任用期間が満了する前に自ら辞めた。

ジュンイチさんは「ハローワークの相談員には、マルチタスクが苦手という障害特性や、残業がある職場は難しいなどの希望を伝えているのに、まともな仕事を紹介されません。職場は配慮なしの状態で、最後はキツくなる」と訴える。6月にも倉庫内での運搬作業の仕事を雇い止めにされてしまった。

私自身は、発達障害のある人が直面する生きづらさの原因は、定型発達が多数を占める社会の不寛容さにあると考えている。また、パワハラはどのような理由があったとしても、加害者が100%悪い。

ジュンイチさんが経験した、有給休暇の取得を阻むような態度は労働者の権利侵害だし、紙つぶてをぶつけたり、行動を逐一監視しているかのような脅し文句を言ったりといった行為はパワハラとみなされても仕方ない。

ただ取材では、ジュンイチさんが犯したミスや失敗についても話を聞かせてもらう必要がある。例えば、なぜジュンイチさんだけがパワハラのターゲットにされたのか、仕事を減らされることになったきっかけは何だったのか、「覚えが遅い」とは具体的にどの程度のもので、そのことが職場にどんな影響を与えたのか――。

具体的にどんな支援や配慮が必要なのか

それは発達障害も定型発達も「どっちもどっち」という結論を示すためではない。ジュンイチさんの不得手な分野や、その程度を知り、具体的にどんな支援や配慮が必要なのかを考えるために必要だと考えるからだ。

わかりやすく伝えるためにあえて「被害」という言葉を使うのだが、取材で出会う発達障害のある人は、自らが受けた「被害」の詳細は語るものの、自らが周囲に与えた「被害」については説明できない、説明しない人が少なくない。

ただそれが説明できるなら、そもそも生きづらさも感じないだろう。そんな矛盾を自覚しつつも、周囲に与えた「被害」について繰り返し尋ねる私に対し、ジュンイチさんはこう答えるにとどまった。

「臨機応変な対応ができないというのはありました。仕事以外のこと、例えば彼女の話を振られたときにうまく答えられなかったとか。でも、共通しているのは、職場の側に問題が多かったということです」

ジュンイチさんは同居している両親との関係も良好とはいえないという。最も意見が食い違うのは働き方をめぐる問題である。

両親からは、相談員と直接面談できるハローワークを通し、正規雇用の仕事を探すよう言われているという。

これに対し、ジュンイチさんはハローワークへの不信感から仕事探しは主にネットの転職サイトなどを利用している。加えて、将来は正社員やパートといった雇用ではなく、「好きな車に関する研究開発の仕事を、フリーランスとしてやってみたい」。

ジュンイチさんは家庭内のすれ違いについて「両親は『給料は嫌な仕事でもこなすことでもらう我慢料』という価値観。僕のことは『夢見る夢子ちゃん』と言います」と語る。フリーランスになるなら、家を出ていくよう迫られているという。

もし、ジュンイチさんの希望が、好きなことだけを仕事にして生きていきたいという意味ならば、私としては両親の意見も一理あるように思う。折り合えないなら1人暮らしをして、場合によっては生活保護を利用するのもひとつの方法ではないかと促すと、ジュンイチさんは「生活保護は惨めじゃないですか」と拒絶する。

私が、生活保護の利用は国民の権利ですと重ねると、「生活保護になるくらいなら、野垂れ死んだほうがいいです」。

排除されるのは発達障害のある人


「生活保護は惨めじゃないですか」と拒絶するジュンイチさん(編集部撮影)

ジュンイチさんから聞いた話で印象に残ったことがひとつある。それは、2016年に神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた、元職員の男(植松聖死刑囚)が入居者19人を刺殺した事件をめぐるやり取りだ。

当時、ジュンイチさんが働いていた職場でそのニュースが話題になった。ジュンイチさんがある同僚に「ひどい事件ですね」と話しかけたところ、こんな答えが返ってきたという。

「そうか? 俺は植松を賞賛するよ。だってあいつらに金を使うなんてもったいないだろう。そんな金があるなら、俺に回してくれよって思うもん」


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診断前ではあったものの、このころから発達障害の特性があるという自覚があったジュンイチさんが「もし僕が障害者だったらどうするんですか」と尋ねると、「ここから排除する」と言い放たれたという。

ジュンイチさんの友人たちが口にするという障害者に向けられたネット上のヘイトスピーチは、ここで記すことがはばかられるほどおぞましい。そして、そのむき出しの憎悪はすでに現実社会をもむしばんでいる。

私は、発達障害のある部下や上司を持ったことでメンタルに不調をきたしたという人たちがいることも知っている。ただ排除されるのはマイノリティの側、発達障害のある人であるケースのほうが圧倒的に多い。

安楽死を口にするまで追い詰められた発達障害の人たちと、障害者を排除しろと主張する一部の人たち。両者の間にある“緩衝地帯”が崩壊したとき、その先に待つ未来はどんなディストピアなのか。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

(藤田 和恵 : ジャーナリスト)