スウェーデンのファッションブランドH&Mで四半世紀もの実務経験を持つヘレナ・ヘルマーソン氏が2024年1月、CEOの座を辞した。2023年のホリデーシーズンは売上が芳しくなかったが、同氏は2022年にはすでに、新型コロナ後を見据えた1500人におよぶ人員削減のリストラ計画に着手していた。本人による正式な辞任声明は、企業幹部としてはめずらしく本音で書かれていたが、どうやら、リテール業界に星の数ほど存在する女性たちの心を揺さぶったようだ。

「個人的には、これまでも非常に厳しいことは度々ありましたが、今がCEOの役割を降りるタイミングだと感じている。もちろん、簡単な決断ではなかった」とヘルマーソン氏は記した。

ヘルマーソン氏の退任はほんの一例に過ぎなかった。このところ、ドラッグストアチェーン、ウォルグリーン(Walgreens)のロザリンド・ブリューワー氏、動画共有プラットフォームYouTubeのスーザン・ウォシッキー氏のように、注目の女性リーダーが数多く職場を去っている。女性支援団体リーンイン・ドット・オーグ(LeanIn.org)と最大手コンサルティング会社マッキンゼー(McKinsey)の新しい調査によると、女性役員の辞職率はこの数年でもっとも高く、女性1人の役員昇進に対して、2人の女性役員が辞職している。

人種や民族を考えると、役員クラスでは多様性の欠如がさらに深刻だ。役員4人のうち女性はひとりだが、それが有色人種の女性になると、20人のうちひとりという状況である。

米DIGIDAYの姉妹サイトのモダンリテールは、リテール企業で働く数名の女性役員にインタビューし、なぜ女性は役員を辞めるのか、また、リーダーとなる多様な人材の供給体制(パイプライン)を構築するために、企業はどのようなステップを取ることが可能なのかを尋ねた。いわく、女性役員が直面しているダブルスタンダードには、「妊娠を隠さなければならない」「アシスタントに間違えられる」「給与が低い」「投資家に覚えてもらいにくい」などさまざまな問題があり、それが男性陣よりも短い任期、予期せぬ辞職、企業トップを務める白人男性の圧倒的な多さや優位性につながっているという。

化粧品会社ジュレップ(Julep)の元CEOでギフト用エコバッグブランド、トッキ(Tokki)の創業者でもあるジェイン・パーク氏は、ここまで進歩が見られないのは、女性起業家にとってつらいと話す。また、リテーラーはインフレやコロナ禍で変わった新たな消費習慣といった経済的課題に直面しており、その状況は過酷になるばかりだとも説明した。

「経済が風邪をひくと、経済界の女性は肺炎にかかる」とパーク氏は指摘する。

トップの座に就くということ



女性リーダーに見られるこうした自信の欠如は、起業時から始まる場合がある。取引追跡サービスのピッチブック(Pitchbook)によると、ベンチャー向け投資が女性のスタートアップ企業に届くのはわずか2%だという。これは主に、ベンチャーキャピタリストのなかでも年間に取り扱う件数が多くて1件程度の人たちは、なじみのあるものに投資する傾向があるからだと前述のパーク氏は分析する。「一般的な男性ベンチャーキャピタリストが、女性に影響を及ぼすことに熱心である確率は非常に低い」。

しかしながら、ゆっくりであるものの、着実に変化は生じている。パーク氏はトッキの資金調達で、ベンチャーキャピタルのグラハム・エンド・ウォーカー(Graham & Walker)から支援を受けたが、同社が注目するのは女性起業家である。

米モダンリテールが取材した複数の情報筋によると、新たなCEOを見つける場合、男性が「無難」な選択肢なのだという。元ニーマン・マーカス(Neiman Marcus)のバイヤーで、経営コンサルティング企業ザ・ファッショニアリング・ラボ(The Fashioneering Lab)の創業者ケイト・シェルダン氏は、2007年にファッションや小売業の企業顧客向けのコンサルティング会社を立ち上げた。企業のトップには、ビジネスリーダーの中には、女性や若者、有色人種とのネットワークをそれほど持っていない人たちがいると考えたからだとシェルダン氏は言う。同氏が目指す女性の経営進出は、いわゆる「自己成就的予言」につながる。ただし、女性CEOがジョンという名前の付く男性CEOの数を超えるのは、2023年まで待たなければならなかった。

企業内で女性の昇進が少ないのも同じ理由だ。リーンインとマッキンゼーの調査では、これを「ブロークン・ラング」(壊れたはしご)と称した。男性100人が中間管理職に昇進するのに対して、女性は87人、有色人種の女性は82人だという。そうなれば必然的に、上位の管理職に就く女性の数は男性よりも少なくなる。

さらに、たとえ候補に能力のある女性がいたとしても、その多くは子育てや親の介護、もしくは両方の板挟みになる年齢、いわゆる「サンドイッチ世代」に属する可能性がある。雇用の判断を下す側が、「家庭で大きな責任を担いながら、仕事に100%の力を発揮できるのか」と考えるのは当然で、そこには「悲しい現実」があるとシェルダン氏は指摘する。

化粧品会社コパリ(Kopari)のCEOスーザン・キム氏は、複数の美容関連企業で経験を積んだ。美容業界では、女性の経営者はほかの業界よりも一般的で、ビジネスの世界では男女という性別の二元論的アプローチは徐々になくなりつつある。とはいえ、キム氏の周りには現在でも、家族の世話をするために役職を辞退している女性や、しばらく職場を離れた後に復帰するのに苦労している女性が数多くいる。「この合流車線に入るのはなかなか厄介だ。明確なルールなどない」とキム氏は指摘する。

一方、企業のリーダーになるのなら、そもそも一から自分で築きあげればいいのではないかと考える女性たちもいる。たとえばステファニー・スプレイレゲン氏は、10年間デジタルマーケティングで経験を積んだ後、自らパフォーマンスマーケティング会社スプレイレゲン(Sprayregen)を立ち上げた。しかし自分の会社でも、経営を始めて最初の2年ほどは私生活を隠していたという。顧客には妊娠を隠し、それを明らかにしたのは、息子が生まれてから3週間経過し、リモートで働いていたときだ。

「女性は、直面している状況を隠さなければと感じている」とスプレイレゲン氏。「残念ながら、偏見があるのは周知の事実だ。きっと仕事に集中できなくなるに違いないとか、対応できないと思われてしまう」。

経営陣のダブルスタンダード



役員になったらなったで、別の問題が生じる。パーク氏はこれまで自身のブランドで5000万ドル(約75億円)を超える資金調達を実現したが、同氏いわく、企業の役員は女性に対して男性よりも高い水準を求め、早く結果を出すように要請する傾向が見られるという。「ジェフ・ベゾスほど長い期間損失を出しても許される女性CEOはまずいない」。

「知り合いの女性役員のあいだでは、私たち女性が手にできるチャンスは難局にあるというのが常識だ。物事が計画通りに進みそうにないと察知すると、忍耐力やセカンドチャンスが少なくなる」とパーク氏は指摘する。

メディアやeコマースの企業でCEOやCMOを歴任してきたエグゼクティブ専門のコーチであるデニス・コンロイ氏の分析によると、女性CEOにもともと権限が少ない場合がよくあると分析する。コンロイ氏自身、CEO時に業務や人事の決断で、ほかの役員から自分たちの許可を得るように促されていたが、後任の男性CEOはそのような許可を求められていなかったという。

こうした動きはフラストレーションがたまるもので、女性たちのなかには、許可を求める日々の戦いを続けるよりも、退職する方が楽なのではないかと考え、実際に経営から身を引く人たちもいるとコンロイ氏は明かした。

「トップの頂点にようやくたどり着いたと思ったら、そこには……肩書もあるし、役割もあるし、多くの人が死ぬほど欲しがっている高給もある。しかし、本来ならパートナーであるはずの人たちから、まったく支援を得られないのだ」。

ある合併でも一悶着あった。合併後、コンロイ氏が相手のCEOに対して報告することに同意しない旨を示すと、プライベートエクイティ投資の投資家が驚きを見せたのだ。

「最終的に合併はうまくいき、私はそのエグジットをかなり友好的にまとめることができた」とコンロイ氏は言う。「でも、私から権力を奪い取るのはそもそも無理だと彼らに理解させるのは一筋縄ではいかなかった。そんなこと、土台無理に決まっているのに」。

女性のリーダーたちを支援する環境を作るためには、役員の多様性がカギだとコンロイ氏は指摘する。「数多くの役員会で、女性役員は自分一人だけという体験をしてきたが、どの役員会も、女性は象徴的な存在でしかなく、声もあげられず、会議室の隅に追いやられて、『面倒くさいヤツだ』と言わんばかりの扱いを受ける始末で、こうしたレベルでは、ガバナンスのダイナミックスがうまく機能しない」。

しかしコンロイ氏は、果たして多くの企業がこうした変革を率先して行うのだろうか、欧州に存在するような政策が必要になるのだろうか疑問を呈している。

ザ・ファッショニアリング・ラボのシェルダン氏は、役員会に多様性のあるブランドとしか仕事をしないように努めている。「購買力の80%以上は女性にあるのは間違いない」とシェルダン氏は言う。「役員が多様な顔ぶれで、経営陣が顧客をよく理解していることがいかに重要なのかを認識すべきだ」。

これからの時代に変革をもたらす



多くの女性リーダーは、CEOになれば、組織的な変化を推し進める重要なチャンスを手に入れられる。再販プラットフォームのトロウブ(Trove)のCEOゲイル・テイト氏は、前職の化粧品メーカー大手ロレアル(L’Oreal)で何人かの女性役員たちの働く姿を見てきた。その当時は意識していなかったが、後になって考えてみると、彼女たちが仕事と家族を両立している姿をを間近に見られたのは大きな意味があった。

テイト氏自身、子どもが生まれたあとのキャリア構築について特に心配していなかったという。というのも、先輩の女性リーダーたちが同じことをしてきたのを見ていたからだ。同氏はその後、Googleで、欧州・中東・アフリカ地域を担当する女性初のディレクターになった。

「自分に女性のリーダーとしての能力があると強く信じられたのは、ロレアルの女性先輩たちの影響だが、その影響がどれほど大きいものだったのか気づいたのは、Googleに入り、背の高い同僚たちに囲まれてからだった」。

しかし最近では、テイト氏の話では、同僚の男性役員の多くが、女性役員と同じような優先順位のつけ方をしているという。つい先日、テイト氏が夜7時にある役員に質問のメールを送ったところ、その男性は、今、家族と食事中だから、そのあとで構わないかと返事をしたという。「彼の反応がとても嬉しかった。これまでの固定観念に固執しないことが重要だと私は思う」。とはいえ、まだまだ偏見を感じることはあるという。初めてメールを送る相手に、男性アシスタントの名前を含めて送ると、その相手は同氏がCEOであることに気づかないことが時折あるのだ。

テイト氏は、職場で新たな優先順位が確立されていくにつれて、女性CEOの存在が普通になっているように感じると話す。「これまでのCEOというのは、リーダーは男性的で強くあるべきという考え方で定義づけられたのではないかと思う。馬車馬のように働く人、たとえばイーロン・マスクのようなタイプの人だ。とてもつらいのは当然で、睡眠をとるのは負け犬のためのものという考えだ」とテイト氏は語る。「しかし、そんな厳しい仕事や立場も、バランスの取れた考え方に代わってきているのではないだろうか。自分自身を大切にするのは、仕事をするうえでとても大切なことだ」。

テイト氏の場合、メンターや友人、家族のサポートがあるおかげで、忙しい毎日でも、しっかりとうまくバランスが取れているという。

同氏は社内で、多様性に富んだスタッフの配置に努めている。自社スタッフの半分はBIPOC(黒人・先住民・有色人種)で、42%は女性もしくはノンバイナリー(自分自身を男性にも女性にも当てはめない人)である。トロウブでは雇用を判断する際に、ルーニー・ルールを採用している。これは米国のナショナル・フットボール・リーグ(NFL)で制定された、要職にはマイノリティの候補者を含めなければならないという規則だが、「多様な考え方は、クリエイティビティやイノベーションを促進するうえで、非常に重要だ」とテイト氏は話した。

コパリのキム氏は、CEOになることは「私の選択肢に含まれていなかった」と明かした。しかし、フーダビューティー(Huda Beauty)やベネフィット(Benefit)のような美容ブランドで経験を積んだ結果、チームをまとめて、スタッフの能力を伸ばすことがとても好きだと気づいたのだ。

本社がカリフォルニア州サンディエゴにあるコパリは、ハイブリッド型リモートワークを実施しているが、離職率は低いほうだ。これは、社内でキャリアを伸ばす選択肢が与えられているからだとキム氏は分析する。「スタッフの業績や可能性、忠誠心を高く評価することは、私にとってとても重要だ。すばらしい仲間たちのことを考え、彼らのために時間を使う。コパリでのキャリアだけでない。スタッフのその先の人生も視野に入れなければならない」。

キム氏によると、半年ごとにリーダーシップチームが顔を合わせ、スタッフのキャリアについて話し合い、能力開発の支援金や指導の是非を検討する。マーケティングであれ、サプライチェーンであれ、営業活動であれ、どの分野も隈なく人材をチェックするので、昇進の対象となる候補者が幅広く挙げられる。その中には、今後、会社のトップを担う可能性のある人々も含まれる。

「誰に次のリーダーを任せてもいいほど、このチームは人材が豊富だ。何が起ころうと問題ない」。

[原文:Why women in retail are leaving CEO positions]

Melissa Daniels(翻訳:SI Japan、編集:戸田美子)